10-2.
「あ、カレーだったんですね!」
海外から国内に流入したのは食材だけでなく、それに伴って料理レシピも多く伝来しつつあった。カレーもその1つ。
伝統的料理を食べることに重きを置く家庭はそうでもないけど、一部の家庭では海外の料理に興味を示して実践している。
テレさんも好奇心からか、初めてカレーに挑戦してみるつもりだったらしい。美味しいという噂は聞いていたけど、私もまだ食べたことがない。すごくワクワクする。
「これを適量入れてみな。味見忘れんじゃないよ」
「はい!」
カレーパウダーの他にも、コリアンダー、クミン、ターメリックなどを加えて炒める。食欲をそそる独特な香りが漂ってきたところで、一口すくって味見してみる。
スパイスの辛さ、甘さ、苦味が絶妙に調和していて、野菜や肉の旨味がとても良く引き立てられていた。
「やだ、美味しい〜! テレさんもいかがですか!?」
衝撃を受けながら振り返ると、彼女はいつの間にか杖をついて椅子に座っていた。立ち仕事が辛かったみたい。そこへ、小皿に持った具材を手渡す。
「ふむ……案外イケるじゃないか。じゃあ、そこのブイヨンを鍋に入れて煮込んでみな」
ブイヨンとトマトピューレを加え、ゆっくりと煮込む。テレさんの「もう少しとろみが欲しいね」という要望に応え、小麦粉とバターを混合させたルーを作り、とろみを追加してみる。そして、仕上げに塩や胡椒で味を調えた。
最後に味見をしたテレさんの口元が、フッと綻ぶ。
「うん……上出来だね。後は煮込むだけだ。お茶でもしながら待とうじゃないか」
「あ、いいですね!」
キッチンにある木製のテーブルでお茶をすることになり、テレさんの指示を煽りながら、棚からティーポットを取り出して紅茶の支度をする。
スティーブさんを誘うか訊いてみたら「いらん。どうせまだ車イジってんだろ」と一蹴された。
終始私の動きを目で追っていたテレさんの前に、紅茶を注いだティーカップとソーサーをそっと置く。
緊急しながら席に着くと、彼女はゆっくりと背もたれに身を預けた。
「……料理、好きなんかい?」
「あ、はい! 母に教え込まれた感じですけど、けっこう好きですよ!」
テレさんが「ふーん」と言って、ティーカップに口を付ける。私もソーサーを持ちながら、香り豊かな紅茶を啜った。
えっと、なんか話題探さないと……!
そう悩む私を舐めるように見つめていたテレさんが――目を細めた瞬間だった。
「それよりアンタ、国立公園でハンカチ落としてたカスカリーノ男爵の一人娘だろ? 何で『スティーブと付き合ってる』なんて、見え透いた嘘ついてんだい?」
お、覚えてらっしゃるーッ!
しかも嘘バレてるーッ!
思わず紅茶が気管に入り「ッゴホ、ゴホ!」と、思いっきり咽せる私。
「き、気付かれていらしたんですか!?」
「んなもん、スティーブの反応みりゃ一目瞭然だわ。ワタシを嵌めるなら、アイツの演技もちゃんと仕込んどくんだったね」
「騙すような真似をして、申し訳ございませんでした……。でも、彼に頼まれたとかじゃなくて、私の独断でしたから……」
「さしずめ、病気のワタシに気を遣ったってとこかい?」
「お察しの通りです……」
「カッカッカ、それも建前だね! アンタ、スティーブに惚れてんだろ?」
突然笑い出したテレさんから、持っていた杖の先を向けられ、ドキっとして慌てて両手を振る。
「ちょちょ、声が大きいですよ……! それに、惚れてるわけないじゃないですか! きちんと話したのだって、今日が初めてなんですよ?」
「隠しても無駄だね。アンタ色白だから、頬の赤みですぐ分かっちまうんだよ」
「うッ……」
「そもそも男の家に泊まるってことは、少なくとも『満更じゃない』と言ってるようなもんじゃないか」
「それは、その〜」
痛いところを突かれ、言葉が淀む。
だって、一緒にいたかったんだもん。
カレー鍋の蓋がコトコトと音を奏でている。そんな中、指をモジモジと絡める私に、テレさんが続けた。
「大体、貴族令嬢がウチに来ること自体おかしいやろがい。詳しくは訊かないが、それ相応の事情があると見たね」
得意げに不敵な笑みを浮かべるテレさん。威圧的な視線に負けまいと、口をムッと結んで黙り込んだ。
「……まぁいい。ひとまず、恋人のフリがバレてること、スティーブには黙っときな」
突飛な言葉に、瞬きを繰り返して「え、宜しいんですか?」と聞き返す。
「当たり前だろ? あの馬鹿がどんな演技を続けるのか、見ものだからね! カッカッカ!」
「は、はぁ……」
この人には敵わないなと観念し、溜息にも似た返事が溢れた。
予想以上に曲者だったテレさん。強がってるなんてとんでもない。恐らく彼女は素でこんな感じの性格なんだ。
ど、どうしよ、3日間も持つかな……。
一抹の不安を抱きながら“スティーブさん早く戻ってきて!”と切に願いつつ、テレさんへ愛想よく微笑みかけた矢先。
「な、なんこれ!? すげぇイイ匂いがするーッ!」
玄関の方から、待ち望んでいた彼の叫び声が聞こえてきた――。




