10-1.お見通し(マエル)
十中八九、スティーブさんは騙されている。
友人から、株券すら見せられていないと聞いた私はそう思っていた。
「まだ調べる必要はあるけど、詐欺の疑いがあるのは確かだと思うんだ」
彼が真剣な眼差しで、フンフンと数回頷く。
本来、株を購入したら株式証券もしくは株券を証明書として発行される。株主は会社が利益の一部を配当金として受け取れたり、他にも株主総会で投票する権利を与えられるはず。
けど、そんな株主優遇についての事すらも、スティーブさんの話からは一切出てこなかった。彼が騙され易そうなのも相まって、その友人がどう考えても怪しいと感じていた。
「そういうことか……」
長い間、スティーブさんは下を向いて思い悩むように立ち尽くした。無理もない。まさか信頼していた人から『騙されてたのかも』と思えば、ショックを隠せないんだろう。
ふと顔を上げた彼が、真面目な面持ちを私に向ける。
「つまり、エンゴロに詐欺の疑いがあるのは確か……てことだよな?」
あれ?
「えっと、うん。そうなんだけど……それ、さっき私が言ったことだよね?」
「へ?」
まだちゃんと理解できていなかったスティーブさんに、もう一度順を追って丁寧に説明する。すると、やっと自分の置かれている状況を察してくれたのか、彼は愕然としたように目を見開いた。
「マジかよ……! ヤバくないそれ!?」
「確証はないけどね……でも、私はエンゴロさんって人のこと、よく観察した方がいいと思うんだ」
「う〜ん……」
どこか納得いってない様子のスティーブさん。彼曰く、エンゴロさんとは昔からの馴染みで、物知りな彼からは色々と世話になっていたという。
「信じられないって気持ちはわかるよ? だからこそ、エンゴロさんの疑いを晴らすためにも、探るべきなんじゃないかな」
「そ、そうだな……」
しんみりとした表情を浮かべ、彼が頷く。
すでに夕刻が迫っていたこともあり、ひとまずエンゴロさんの詮索は明日から、ということになった。
テレさんに対しては、余計な心配をかけないよう、空き巣の件も含めて内密にすることにした――。
スティーブさんと一緒に家へ戻ると、どこからかトントントンという軽快なリズムで、何かを切るような音が聞こえてきた。
「あれ? ばあちゃん、もうメシの支度始めたのかな」
「え、うそ!? はわわ……スティーブさん、エプロン貸して!」
「ど、どした!?」
「いいから早く!」
受け取ったエプロンを大急ぎで被り、戸惑うスティーブさんを残して、そそくさとキッチンへ向かう。
暖色の灯りに照らされる、少し狭いキッチン。
あちこち壁に吊るされた鍋や調理器具の数々は、ちょっと手を伸ばせばすぐに届きそう。包丁で野菜を切るテレさんの後ろ姿が目に入る。私はエプロンの紐を結びながら声をかけた。
「テ、テレさん! 私がやりますから、休んでいてくださ――」
「遅いわッ! とっとと鍋を火にかけんかい!」
ひ、ひーッ!
ビクッと背筋が伸びて「す、すみません……!」と謝り、慌てて鍋を取る。それを、すでに着火済みの木炭が火を上げる台に乗せた。
「お、俺も何か手伝おうか!?」
後からきたスティーブさんを、テレさんがジロリと睨みつけた。
「アンタなんかキッチンに居てもガラスの盾くらい役に立たんわッ! 邪魔だから失せな!」
「ッだよ! んじゃ、車の修理してきまーす」
戦力外通告を受けた彼が、不貞腐れるように口を尖らせ、踵を返して去っていく。
えぇー、行っちゃうの!?
私は心細さに苦笑いしつつも、テレさんが何を準備していたのか確認していた。
彼女が切っていた食材は玉ねぎ、にんにく、人参、ジャガイモ。今は鶏もも肉を処理している最中だった。さらに寸胴鍋の中には、ブイヨンらしきスープもあった。
「あの、ポトフかラタトゥーユですか?」
食材から作る料理を予測して尋ねてみる。テレさんが、一口大に切り終えた鶏もも肉をトレイに移した。
「出来てからのお楽しみってとこかね」
「な、なるほど……」
「じゃ、肉から順番に炒めておくれ」
テレさんの指示通りにもも肉を鍋に入れて炒め、軽く色をつける。肉の香ばしい風味が引き出されたところで、玉ねぎやにんにくを加え、透明になるまで炒める。
ん〜、やっぱりポトフとかじゃないのかな。
そう思っていたら、テレさんが紙袋から“粉末の入った小瓶”を取り出した。そして、フタを開けて香りを嗅ぐと「カーッ、やっぱすごい匂いだね」と若干眉を顰めた。
「な、何の粉ですか、それ?」
「“カレースパイス”ってやつだよ。なんだ、アンタ知らんのかい?」




