9-2.
「ば、ばあちゃん……?」
驚きながらも、ボウガンをヒョイっと奪い取る。
ギョロリと力強い目元をしたばあちゃんが、肩をすくめて「なんだ、アンタだったんかい」と、酒焼け気味の掠れた声で言った。
「だったんかいじゃない! なに物騒なもんぶっ放してんだよ!? 死ぬとこだったぞッ!」
「こんな時間にアンタが帰ってくることなんて、殆どないからね。空き巣だと思って、扉越しに頭ブチ抜いてやろうとしたのさ」
どうやらガラス窓から見えた2人の影が、なかなかノックもせずにいたのを不審に思った様子。それにしたって過激にも限度があるだろと。
「……カスカリーノ家にいたのが“ばあちゃんじゃなくて良かった”って、本気で思うわ」
眉間に皺を寄せたばあちゃんから「何の話だい?」と疑問を投げられ「なんでもないっす」と即答する。
「んで、そこのお嬢さんは?」
背後でずっと俺のコートの裾を握っていたマエルがビクッと反応し、ゆっくりと姿を現した。
「も、ももももも申し遅れました。スティーブさんとお付き合いさせて頂いている、マエルと申します!」
「なッ……!」
おーい、何を言い出すんだ!
マエルを凝視して石像みたく固まると、彼女がウィンクで合図を送ってきた。全く意図が掴めないまま、ばあちゃんが目を細めてテーブルに頬杖をつく。
「ほ〜う、何とも可愛らしい娘じゃないか。ワタシの若い頃の方が断然可憐だったがね」
「冗談キツいって。マエルはボウガンなんて撃たないし」
「ふん、自分の身を守るのに、可愛いもへったくれもあるかい」
マエルが少し怯えつつ、ばあちゃんにマドレーヌを手渡す。
「あ、あの! こここ、これ、マドレーヌなんですけど、お近づきの印にどうぞ!」
「……マドレーヌ? しかもメゾン・シュクレのじゃないか。どうせアタシの好み聞いて用意したんだろうが、無難ゆえに面白みがないね」
「も、申し訳ございません……」
マエルがしゅんとした顔で、俺の後ろに半分隠れた。
始まったよ。素直に喜べばいいのに。
「ばあちゃん、よせって。せっかく用意してくれたんだ、好きなもの貰えたならいいだろ?」
「……モグモグ」
「いや食うの早いって。それと、彼女にはちょっとした事情があってさ。3日間だけここに置いてあげたいんだけど、いいだろ?」
「モグモグ……ング、別に構わないよ」
俺を見上げたばあちゃんが意外とすんなり承諾してきた。しかし。
「だがちょいと待ちな、今宿泊料を計算――」
「金とんなしッ!」
痛たッ……!
また余計に力んじまった……!
腰痛がとっくに限界突破しているのに、こんな茶番に付き合っている暇はない!
ばあちゃんのことはさておき、薬をまとめている棚で鎮痛剤を探す。ところが、あるはずの鎮痛剤がいくら探しても見当たらない。
「あれ? ここに置いてあった俺の薬知らない!?」
「鎮痛剤のことかい? それなら――」
焦った俺は、すかさず「わぁぁぁいッ!」と大声を上げて、ばあちゃんの言葉をかき消そうとした。しかし、マエルが「スティーブさん、鎮痛剤って何のこと?」と尋ねてくる。
ばあちゃんがニヤリと不気味な笑顔を浮かべた。
「こいつは車運転する仕事柄、腰痛になり易いんだよ。鎮痛剤を探してるってことは、アンタまた爆裂したね。カッカッカ!」
マエルがハッとした表情をし、両手で口を覆う。ついにバレちまったことに、肩を脱力させた俺は大きな溜息を吐いた。
「はぁ……爆笑してないで、早くどこにあんのか教えてくれよ」
そういうと、ばあちゃんは別の棚から痛み止めと座薬を取り出し「ほらよ」と手渡してきた。俺が探す場所を普通にミスってた――。
落ち着きを取り戻した俺らは、玄関に刺さっていた矢を抜きがてら、ばあちゃんを置いて一旦外へ出ることに。
陽が傾き始めていた空の下で、改めてマエルに嘆息しつつ話しかける。
「マエルがいきなり変なこと言い出すから、ビックリしちまったよ」
「テレさんを安心させるためだよ。それに私が泊まる話するなら、その方が何かと便利かなって思ってさ……」
安心?
「え〜? ん〜、まぁいいか! それで、ばあちゃんあんな感じだけど、大丈夫そう?」
「全然平気! とってもユーモアなお婆様じゃん! 思ってたより、ずっと元気そうで良かった」
「パッと見はね。ホントは不安なはずなのに、強がってるだけさ」
苦笑いとも取れる微笑みを浮かべたマエルに、やれやれといった感じで両手を広げる。すると彼女が「……それより、腰痛の方はどう?」と話題を変えてきた。
「うん、鎮痛剤飲んだから、もう大丈夫だよ」
「どうして黙ってたの……? 海に行く時から、ずっと我慢してたんでしょ?」
「ま、まぁね。でも、雰囲気的に言い出せなくてさ、ごめんな」
マエルが神妙な顔で「謝ることないよ……」と俯く。空気が読めないばあちゃんのおかげで、カッコつかなくなっちまった。
「あ、さっき言ってた“気になること”って、何だったんだい?」
「そうだった! あのさ、暴落しちゃった銘柄の株券ってある?」
「株券? 何それ?」
「う、うそでしょ!? そんなのも知らなかったの!?」
目が点になったマエルに「見たこともないっす」と告げたら、彼女は呆れるように首を横に振った。
「はぁ……やっぱりね。話聞いてて怪しいなって思ってたんだ。それってさ、買ったフリされて預けたお金使い込まれちゃってない?」
「ど、どういうこと?」
「“騙されてるんじゃないか”ってこと! もし本当にそうなら、失ったお金……返して貰えるかも」
だ、騙されてる?
え、誰が? ――。




