9-1.クセがすごい(スティーブ)
「……ち、ちょっと待てくれ! 今のは冗談で言ったつもりだったんだけど!」
「良い案じゃん。どっちにしろ、選択肢なんて全然ないんだし!」
「え〜!?」
一瞬にして冷や汗が湧いてくる。まさかウチに泊まることを本気にしてくるとは、思いもよらなかった。
さっきのマエルとの会話中、車のタイヤが道路の段差に乗り上げ、腰に尋常じゃない激痛が走った。そのせいで、変なタイミングで返事をするハメになっちまった。
それからどうにも頭が回らず、軽口で自分の首を締めまくっている。
ぐぬぬ、しかしマズい……!
冗談でも言うんじゃなかった……!
どう回避しようか試行錯誤していると、マエルが真剣な面持ちで語りかけてきた。
「図々しいお願いなのは分かってる。だから、その代わりにお婆様や家のお世話は、私がするから……」
「おー待て待て待て待て、無茶言うなって! 会ったばかりの君にそれは頼めないわ! しかもウチのばあちゃん、かなりの“曲者”なんだぞ!?」
「心配しないで。貴族の社交界なんて曲者だらけだったから、ある程度の耐性あるし」
本音を漏らしてしまったけど『耐性ある』って返されてもなぁ。その加減がどのくらいかなんて、分からないし。
「それに私、ちょっと気になることがあるんだ」
「気になること?」
「うん。あなたの家に着いたら話すよ」
どこか意味深な言い回しに、俺は「わ、わかった」とついに了承してしまう。マエルが申し訳なさげな表情で「わがまま言って、ごめんね……」と謝ってきた。
「い、いいって! マエルが来てくれたら、俺も助かるしさ……!」
彼女がウチに来るなんて、嬉しいは嬉しい。でも何とも言えない、複雑な心境なんだよな――。
しばらくして閑静な住宅街へと入っていく。レンガ造りの平屋が立ち並ぶ中、赤みを帯びた外壁の家が見えてくる。俺の生家だ。
敷地に駐車して降り立ち、小さなガラス窓が嵌められた、木製玄関の前にマエルと共に立つ。
「ばあちゃん、この時間だとまだ寝てると思うんだ。起こすと超面倒だから、静かに入ろ……」
と、声の大きさを極力抑えた。さっき変に脅してしまったせいか、マエルは緊張した顔でソワソワとしている。
彼女は、ばあちゃんの好物であるマドレーヌが入ったバスケットを持っていた。いらないと言ったけど、『どうしても』とゴリ押しされたので、有名店に寄って購入しておいた。
「う、うん……ちなみに、お婆様のお名前は?」
「テレだよ。名前は可愛らしいけ――」
言いかけた瞬間――突如バキッという音がした。
俺の顔面をスレスレに、玄関扉から“矢の先端”がなぜか飛び出している。
扉に突き刺さっている矢尻から視線を外し、ゆっくりとマエルの方へ首を向ける。彼女は目をパッチリとガン開きにしたまま、背筋を伸ばして硬直していた。
な……何が起きた?
家の内側から撃たれたぞ……。
ばあちゃんの身に危険を感じた俺。怯えるマエルを咄嗟に背後へ隠し、玄関を開錠して扉をバンッと開いた。
すると――ダイニングの椅子に座わったばあちゃんが、何食わぬ顔でボウガンを構えていた。




