8-2.
立ち止まったまま、少し離れたところからスティーブさんを見つめる。すると私に気付いた彼が、にっこりと笑って手を振ってきた。
もう見つかっちゃった……。
諦めて一歩踏み出し、手を振り返しながらゆっくりと歩き出す。
車へ戻ったら、スティーブさんが「ずっと座ってると、ケツ痛くなっちまうよな!」と微笑んできた。
「ちょっとね! でも、歩いたらだいぶ楽になったよ!」
「良かった。んじゃ、窓拭きも終わったし行こっか!」
「うん……」
何げなく後部座席を見遣ると、ベージュ色のクッションが置かれていた。
「このクッション、どうしたの?」
「まだあと2時間くらいかかるし、マエルに使ってもらおうと思ってさ。ごめんな、気が利かなくて」
「え、でも1つしかないんでしょ……?」
「お、俺は慣れてるから大丈夫! 遠慮せずに、そこ座って」
「……うん」
もうやめてよ、優しすぎるって――。
しばらくの沈黙が続く車内。
さっきまでお喋りだったスティーブさんも、運転に疲れてきたのか口数が少ない。
微妙な雰囲気の中で腕時計を見てみる。給油所を出発してから、あっという間に1時間以上が経過してしまっていた。
地元に戻った後の予定が曖昧な感じ。でも、それを切り出す勇気が出ない。どうしても“彼とのお別れ”が来そうな予感がして――。
「お、あと30キロか」
その声にハッとして前方を見たら、地元名の書かれた看板が目に入ってきた。
「スティーブさん……変なこと、訊いてもいい?」
「え、変なことって!? 俺、何か様子おかしい!?」
思ったより大きな声で反応されて、目をパチクリさせる。彼の横顔をまじまじ見ると、やたら大汗をかいていた。
「待って、すごい汗かいてるじゃん! 休憩した方がいいんじゃない!?」
「いや大丈夫、なんか暑くてさ〜! それより訊きたいことって、どしたの?」
そんなに暑いかなと疑問に思いつつも、畏まって呼吸を整える。
「あ、あの、スティーブさんって……恋人とかいるの?」
「へ? あーそういう話ね! なんだ、全然変なことじゃないじゃん!」
心臓をバクバクさせながら、質問したことを即行で後悔する。“どうせいるんだろうなぁ”と、保険を掛けるように心中で構えた。
「い、言いたくなかったら全然いいから! そんな“絶対知りたい”なんてわけで――」
「&@◻︎#よ」
「――もないから……ん?」
ちょっと待って。今何て言ったの?
やだ……割って入られたから、上手く聞き取れなかったんだけど。
何でこういう時に限って謎なタイミングで答えるの!?
間の悪さに戸惑い、何と返したらいいか完全に分からなくなってしまう。妙な空気が漂い、額にじんわりと汗が滲む。
下を向きながら、上目でチラリとルームミラーを見た途端――スティーブさんと目が合う。
「もし恋人がいたら、黙ってマエルとこんなデートみたいなこと出来ないっしょ?」
声に若干元気がない。その理由はともかく、今の文脈からさっき“いない的なこと”を言ったのは、間違いないと踏んだ。
「……そ、そうだよね……」
心が軽くなったように「ふぅ」と溜息を吐いていたら、なぜかスティーブさんまで深い息を漏らしていた。
そして、話を膨らませることなく会話が途切れる。本当なら“好きな人がいるのか”とか“好きなタイプ”を聞いたりしてみたかったのに――。
チラホラと人通りが増えていく外の景色。それを眺めながらモヤモヤしていたら。
「あ、地元着いたらどうしようか? 俺は一旦家に帰るけど、マエルはどこに送ったらいい?」
と、ついに避けていた話題へと突入してしまった。彼の言い回しからして、やはりこのまま行けば別行動になりそう。
「……あの、スティーブさん。私よくよく考えたら、ホテルの予約とか、何もしないで飛び出しちゃってるのね」
「よ、予約? それしないと泊まれないの?」
「うん、基本はね。下手したらどこに向かっても、トンボ帰りになっちゃうかも。でも、家にだけは帰りたくないんだ……」
「そっか〜、そりゃ困っちゃうよな〜。野宿ってわけにもいかないだろうし」
「うん……私、どうしたらいいかな?」
スティーブさんが「う〜ん」と悶えるように悩み始める。
ここまで話したんだから、ちょっとくらい察して欲しいな――そう願いつつも膝上に両手を置いて、期待薄に返事を待っていた。
しばらくして軽く肩をすくめた彼が、ミラー越しにニコッと微笑んでくる。
「んじゃ、俺んちにでも泊まるかい? な――」
「いく」
「――んちって! おぅッ!?」
目が飛び出るほど仰天する彼に、もう一度想いを告げる。
「ス、スティーブさんちに……お泊まりする」
絶句した彼は、凄まじい速度で瞬きを繰り返した――。




