6-2.
遠くの方まで飛んでいった小石が、ポチャンッと海に沈む。
「あはは、ちょっとやめてよ〜!」
あまりのドンピシャさに、思わず吹き出してしまう。お腹を抱える私を見たスティーブさんがキョトンとする。
「そ、そんなに笑われるほど、変なこと叫んだか俺?」
「違う違う! 想像通り過ぎて笑っちゃったの!」
「えーッ! まさか当たっちゃった感じ!?」
「うん……もう涙出ちゃいそう」
目頭を押さえながら返したら、スティーブさんが苦笑いで首の後ろに手を回した。
「なんだよチクショ〜。タクシー客のこと想像してると思ってたのになぁ。仕方ない、ココア奢るよ!」
「え、本当にいいの?」
「へ? 全然いいよ?」
負けを認めちゃうところが純粋というか、可愛いというか。
「よし、次はマエルの番だね!」
「私も叫ぶの? えーやだやだ、恥ずかしいよ……」
「何でよ? 誰もいないじゃん」
貴方の前で叫ぶのが恥ずかしいんだって。
「そうじゃなくて……あ、ほら! もう投げるものも見当たらないし!」
きめの細かい砂浜には小石や貝殻が殆どなく、さっきスティーブさんが投げた小石を最後に、周辺には何も落ちていなかった。
「投げるものなら、ここにあるよ」
彼が差し出してきたのは――私があげたティアラとネックレスだった。
「石なんかより、これ投げる方がスッキリするっしょ」
「ちょっと待って……それはダメだよ。スティーブさんの損を埋めてもらうために、あげたんだから」
一歩後退りする私に、彼は真剣な面持ちで首を横に振った。
「いいんだっつの、そんなこと気にしなくて。マエルの気持ちの方が大事なんだから」
私の手を取ったスティーブさんが、ティアラとネックレスを強引に手のひらへ置いてくる。
トクン……トクン……。
「ほら早く、一思いに投げちゃえって」
「……う、うん」
スティーブさんは後ろに下がると、どこか未練を感じさせるように、大きく深呼吸して空を仰いだ。
「や、やっぱりやめようよ……他に石とか探せば――」
「いいって、それじゃなきゃダメなんだ」
躊躇う私を後押しするスティーブさん。
「自分を苦しめてくる想いなんて、ここで断ち切っちゃえよ。精一杯叫ぶんだ、いいね?」
「……う、うん……わかった」
ゴクリと唾を飲み込み、手のひらに乗る2つのアクセサリーを見つめてたら、キリアンの言葉が脳裏に蘇ってきた。
『素敵なティアラありがとう! 結婚式でこれ付けるの、すっごい楽しみ!』
『そうだろ。愛してるよ……マエル――』
そして――思い出したくない記憶まで。
『俺が大学で必死に勉強してた時に、お前は抜けぬけと他の男に抱かれてた訳だ。そんなにこの男と身体の相性が良かったのか? ――』
『写真は嘘を吐かないだろ? ――』
あの日、応接間を出る際に私が惜しむように振り返っても、キリアンは黙ってまま目すら合わせてくれなかった。
それからは、毎日が虚無感に蝕まれる、地獄のような日々を送り続けた。
腹の底から込み上げてくる、深い混沌とした悲しみ。それを怒りへ変えるように、深呼吸する。
私は……浮気なんてしてない!
「キリアンなんか……キリアンなんか、汽車に轢かれてくたばっちゃえーッ!」
渾身の力を込めて投げたティアラとネックレスは――大きな放物線を描いてパシャンと海面に飛沫をあげて消えていった。
「はぁ……はぁ……」
落ちた場所は、スティーブさんが投げた半分にも満たない距離。それでも、今の私が投げられる限界だったと思う。
途端に涙が溢れ出てきて、目の前の風景がどんどん滲んでいく。
力尽きたように、その場にペタンと座り込む。
気付けば、自分でもビックリするくらい声をあげて泣いていた。
拭いても拭いても、涙が止まらない。
人前で泣けない私ですら、一人でここまで泣いたことなんて、あっただろうか。
すると――しゃがみ込んだスティーブさんが、私の横にぴったりと寄り添って、背中を摩り始めた。
何か声をかけられるのかと思ってたけど、彼は黙ったままひたすらに優しく、ゆっくりと摩り続けてくれた――。




