5-2.※挿絵あり
「待って、こんなところに車停めて侵入してきたのッ!?」
荷物を持ってくれたスティーブさんに案内された私は、彼が乗る少し古い型式のセダンを見て唖然としていた。道の反対側とはいえ、門のすぐ近くに置かれていたからだ。
「はぁ……もうちょっと目立たないところに置くでしょ普通」
「いや〜衝動的に忍び込んだから、何も考えてなかったんだ! あははは」
彼が苦笑いしながら後部座席のドアを開けてくれたので、嘆息しつつ車へ乗り込む。
バンッとトランクが閉まる音が聞こえた後に、スティーブさんが運転席へ座る。振り向き様に「これ、寒いから使いなよ!」と毛布を手渡してくれた。
「え? ……あ、ありがとう」
トランクから出してきたであろう毛布を広げ、膝から下を覆っていると、スティーブさんがチラリと横顔を見せてきた。
「さて! お客さん、どちらまで行かれますか?」
「何その話し方? 急になんか変」
「変とか言うなよ〜! 一応仕事的な感じで接客してんだから」
どうやら、スティーブさんはこの車で仕事をしているらしい。改めて見ると、小綺麗にされた車内に感心する。
「実は、まだ行き先とかちゃんと考えてないんだ。運転手さんなら、どっか良いところ知らない?」
「そうだったの!?」
彼は意外そうな反応をして、少し考え込むように間を置くと「あ、良いところあるよ!」と微笑んだ。勘繰るように目を細める。
「……何かやましいこと考えてない? まさか、ホテルとかに連れて行く気だったりして」
「ははは、そうしたいところだけど、残念ながら違うんだ! 今の君にとって、ピッタリな場所へ連れて行ってあげる!」
私の少し意地悪な口振りにも、冗談気味に笑顔で返すスティーブさん。本当に優しくて良い人。
「ピッタリな場所って?」
と訊いてみても「着いてからのお楽しみさ!」と濁されてしまう。
正直、若干不安ではある。けど最悪危険を感じたら、減速した時にドアを開けて飛び降りようと思った――。
しばらくして、スティーブさんの運転が上手いことに気付く。
タクシーはそれなりに利用してきたつもり。でも大体の人が急発進や急ブレーキ、ギアを変更する時のガクンッみたいなノッキングが起きたりする。でも、彼はそういった乗り心地の不快感が一切ない。
「運転、上手だね」
「そうかい? 君に褒められるなんて嬉しいなぁ〜」
逞しい腕でハンドルを握る彼とそんな会話をしていたら、急に眠気が襲ってきた。
ここ最近は夜に悶々とすることが続いていて、昨晩もあまり眠れていない。ウトウトしながらも、何とか瞼を開けて堪える。
ところが、毛布の温かさや眠りを誘う揺れ具合もあり、ついに寝落ちしてしまった――。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
道中に意識が朦朧とする中、窓越しにスティーブさんの給油している姿が見えた気がしたけど、そのまま肩をドアに寄せて眠り続けた――。
「着いたよ……おーい!」
呼び声に起こされ、ゆっくりと目を開ける。彼が「やっとお目覚めかい?」と微笑みながら、私の口元をハンカチで拭ったような感触が。
咄嗟に「はッ……」と口を手で押さえる。
もしかして今、ヨダレ垂れてたの拭かれた!?
起きて早々、めちゃくちゃ恥ずかしい思いをしたのはさておき、腕時計を確認したら12時前。どうやら約3時間近くも移動していたらしい。
そしていつの間にか、曇っていた天気が嘘のように晴れていた。
車のルーフに手を置くスティーブさんに導かれ、後部座席から降り立つ。
どこか自慢げな表情をする彼が“あっちを見てごらん”と言わんばかりに、顎をクイッと指してきたので振り向いてみる。
「うわぁ……!」
燦々と降り注ぐ太陽の光りを浴びながら、思わずそんな声が溢れてしまった。
なんと目の前には――。
真っ白に輝く砂浜と、美しいエメラルドグリーンに染まる、壮大な海が広がっていた――。




