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八月の紫陽花  作者: aqri
ファンの心理
6/19

 次の日出勤すると添田さんが来ていた。大変なことになったなと話しながらそれでも俺たちは仕事をしなければいけない。まだ時間に余裕があるけど、次の収録もしなきゃいけないからだ。


「スタッフが死んだ、ってニュースで取り上げられるわけじゃないから俺たちはいつも通り仕事を進めるからな」

「はい」


 一言返事をして仕事に取り掛かっていると、なんだかちらちらと添田さんが俺を見ているようだった。さすがに気になる。


「どうしたんですか」

「いや、気を悪くしないでほしいんだけど。意外とショックを受けている様子がないっつーか、普通っぽく見えたから」

「明石さんのことですか。何も感じてないわけじゃないですけど、俺昔から表情が顔に出ないもので」

「そっか、悪かったな」


 こちらこそすみませんね、嘘ついて。


 何も感じていないわけじゃない、というのは嘘だ。正直何も感じてない。だって別に仲良しだったわけじゃない、あくまで職場の人だ。プライベートで飲みに行ったりしたわけでもない。人が足りなくなったらまた補充するんだろうなという事しか頭に浮かばない。さすがに欠員どうするんですかって話はふらないほうがいいか。


「最近お前のファンも増えてきたよな。声優さんですかっていう意見もちらほら来る。今までこんなことなかったから、これラジオの中で言ってみたらどうだ」

「できれば遠慮したいです。そういうの読み上げると俺自身に関することを送れば読んでもらえるんだって思われます」


 半年に一回パーソナリティが変わるのはこの番組の常連なら知っている。俺はあくまで仕事でやっているだけだ、芸能活動のようなことをするつもりはない。


「今日少し残業していいですか、ラジオで話す原稿全て終わらせます。明日は収録までやってしまいましょう」


 二人になったのならできることはできるうちにやったほうがいい。そんな匂わせのことを言えば添田さんは一瞬面食らったような顔したけどそうだなと同意してくれた。……俺ってそんなに薄情だろうか。原稿チェックしていた添田さんが小さく首をかしげる。


「今回はずいぶん推し活に焦点を絞った内容にするんだな」

「はい。明石さんが亡くなる前、また東風晴海の事件について話したんです。何も知らない俺だから客観的に事件を調べてみたら、ファンの心理がちょっと何かわかるんじゃないかって」

「それ仕事に必要か?」

「単に俺が興味あっただけです。何故殺すのか、というよりも何があったら狂ってしまうのかわかるかと思って。要は物事の上限突破の真理ですよ。その一歩を踏み出すには何故、whyじゃなくて何が、whatが知りたいなって」

「じゃあ昨日は事件調べてたのか」

「ウェブ上のニュース記事はくだらないのが多すぎて役に立たないから、新聞とかで。そしたら結構いろいろ面白いこともわかりました」


 図書館に保存してあった当時の新聞記事。珍しく心理学者の取材した結果も合わせて掲載されていた。


「どんなこと?」

「好きなことを仲間同士で共有するより、自分一人だけの世界に浸ってる奴の方が頭のおかしい言動が多いです」

「……そっか。あ、この部分は削除な、時事ネタは後でリアタイで聞けない人は何言ってるのかわからん」


 原稿の指摘を受けて俺は共有しているデータからその部分を消した。黙々と作業して後は収録するだけという状態まで終わらせた。


「悪い、そろそろ終わりで頼む。深夜残業になると上がうるさいんだよ」

「わかりました、あとお願いします」


 最終チェックはやはり社員がやらなければいけない。といっても二人で相談しながら進めたのでほぼ完成したようなものだ。お先です、と声をかけたが添田さんからの返事はなかった。



 小腹が空いたので久々に夕飯でもなんか買うかな。テイクアウトで何か買うのもいいかなと思って何回か行ったことのある商店街へと向かった。大通りは商店街だが脇道に入ると飲み屋の暖簾がずらりと並ぶ。俺は酒を飲まないから飲み屋に入る気はないけど、この時間では商店街は全部閉まってる。

 飲み屋で何か適当に売ってないかなとあてもなく歩いていると、電柱に寄りかかってタバコを吸っている人が目に入った。チラリと顔を見て目線を前に戻して。そして三度見くらいしてしまった。

 いや、この人……風間縁、だよな? テレビやドラマを一切見ない俺でも知ってるめちゃくちゃ有名な俳優。そういえば六年前の八月の紫陽花の主演がこの人だった。そんなことを考えながらじっと見つめてしまっていると、彼はキョトンとした顔で俺を見て次の瞬間。

 ぶは、っと吹き出して笑っていた。……そういえば見つめっぱなしだった。


「熱い視線どうもありがとう」

「あ、いえ」

 どっからどう見てもプライベートの時間だよな、服装も結構ラフだし。芸能人だってオンとオフを使い分けたいだろう。でも有名人だし目があったし風間さんですか、とかやらない方が不自然だろうか。悶々と考えていると彼はタバコを携帯灰皿に入れた。


「最近は俺の顔見るとカメラを既に向けながら写真撮っていいですかって走ってくる奴らばっかだったから。なんか新鮮だった」

「失礼だからやらない方が良いかと思って」

「それはちょっと嘘じゃないかな? 俺に興味がなかったからだな」


 さすが役者だ、相手の表情とか仕草で何を考えているのか大体読めるみたいだ。


「あ、じゃあ俺がカメラ持って駆け寄っていい? いつもやられると何だこいつって思ってたけど。やる方の心理知りてえわ」

「ちょっと遠慮したいです」


 正直にそう言うとツボに入ったらしくケラケラと笑う。イケメンって何をやっても本当にイケメンだな。確か俺と同い年くらいだっけ。


「SNSに上げて注目されたいって奴と、人の話も聞かず自分の言いたい事だけベラベラ喋りだす失礼な輩じゃない人に会うのは久しぶりだ」

「要するに自分のことしか考えてないやつってことですか」

「ものすごく上手い要し方だな、座布団一枚だ」


 ファンとか一般人のマナーの悪さにこりごりって感じの言い方だ。彼ほど有名になればそういう人ばかりなんだろうな。芸能人というフィルターがかかると相手が一人の人間だっていうことをみんな忘れてしまう。

 風間さんがすぐ近くの店の扉を開けて店の人と何か会話するとすぐに戻ってきた。手には小さめの瓶ビールとあれはウーロン茶かな? 飲み物を何本か持っている。


「ビールとウーロン茶とコーラ、どれがいい?」

「ウーロン茶で。あの、何のための飲み物ですかこれ」 

「俺の顔見ても普通の反応してくれた人との出会いに乾杯ってところか? これが女の人だとすぐに写真撮られて熱愛発覚とか言われるから貴重な時間なんだよ」


 穏やかに笑いながらウーロン茶を差し出してくる。俺は受け取って小さく乾杯と二人でつぶやくと瓶をコツンとくっつけた。


「ていうかさ、さっきから思ってたんだけど。おたく、水曜の夜中に更新してるアイドル系ウェブラジオのパーソナリティーの声にそっくり」

「あ、それ俺です」


 思わず即答すると、風間さんは目を丸くして「ワオ、マジ?」と驚いている。この人ウェブラジオ聞いてるのか。


「まさかのご本人だった」

「聞いてるんですか」

「まあね。良い声だなあと思って。誰にも言ってないしこれからも言うつもりはないから」

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