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「全然違う。何でもやってやろうっていうのは前向きなチャレンジ精神の話。何やっても許されるのっていうのは、そうだな。自分の為なら何でもするっていう、何をしでかすがわからないヤバさってところか?あとは予想できないからわくわくする」
「なるほど。絶妙に痒いところに手が届く返答しちゃったんですか」
「類は友を――」
「それ以上言ったらフォークで目ん玉刺しますよ」
「おっかねえ。悪かったって」
くっくっく、と笑う風間さん。目は、マジだけどな。射抜くような瞳、こっちが竦むくらいに。さっきの俺の言葉が本気だってわかってるからか。やっぱりこの人は凄いな。
絶対にお友達にはなれない。
「お待たせしました~、こちらグリルチキンになりまあ~す」
ちょっとアホっぽい高い声で料理を運んできたのはバイトの女の子だろう、高校生かな。顔で選んだっぽい。作った高い声、動画配信とかやってるんだろう。さっきの店長の意向じゃないな、新しい経営者の方針だ。たぶん長続きしないなこの店。
食事を終えて会計に行く。俺のボーナス記念なので風間さんの分は奢った。「じゃ、ごちそうになるわ」と言ってくれるあたり気持ちがいい。日本人だといやいやここは俺が私が、とか始まるからな。マジウザい、この風習。好意は受け取ればいいのにって思う。会計は…‥‥店長だった。軽く会釈してくる。
「あ、コーヒーはつけといてください」
突然風間さんがそう言う。なんだ?と思っていると店長も不思議そうな顔をしている。
「次、まとめて払うんで」
その言葉にはたくさんの意味が込められているのがわかる。どうやら彼もそれを理解したらしく、何かを言いかけたがやめた。そしてレジにあったメモに何かを書くと俺たちに一枚ずつ手渡してくる。
「とりあえず、一年待ってください。いろいろ準備するので」
「遅いなあ、半年だな」
半年ってアンタ。新しい店出すの大変だろうに。つけてくれって言ってる人の言うことか。
「一年もダラつかれたら、飲みたくなくなる」
「……なるほど。わかりました。死ぬ気でやってみます」
コーヒー代を引いた値段で支払いを済ませた。メモには「la oss ta en pause」と書かれている。新しい店名だろうな。これで検索してくれってことか。
ありがとうございました、という言葉を背に店を出た。美味かったと笑う風間さんに俺はどうしても言いたい事がある。
「天然タラシじゃないですか」
「違ぇわ、背中押してほしそうだったからそうしてやっただけだろ」
「押すって言うか蹴飛ばした感じですけど」
「いいんだよ。一年も準備したら迷いが生じる。ああやっぱいいかなって思う瞬間が必ず来る。飲みたくなくなるんじゃなく、飲めなくなっちまうからな」
それは……会いたくても、会えなくなる。すでにそれを経験している人の言葉は説得力が違う。……また考えがかぶった。まあいいか。
「ところでなんて書いてあるんだこれ?」
「わかりません、英語じゃないですし」
「まあ、出だしがlaなあたりヨーロッパの方っぽい。いや、ノルウェー語か」
「そうなんですか?」
「コーヒーが美味い国なんだよ、ノルウェー。ちなみにブラックコーヒーやたら好むのは日本人くらいらしいぞ。味もめちゃ濃い。普通はもっと薄いからな」
「そうですね。アメリカ行ってびっくりしました。出涸らしかと思いましたよ。アイスコーヒーって頼んだらアイスクリームのったコーヒー出てくるし」
「アメリカーノなんだよなあ」
「知らなかったんですよ当時。あっちのアイス歯が溶けそうな程甘いから死ぬかと思いました」
そんな当たり障りない会話をしながら、俺たちは歩き出した。……天然のタラシって、聞こえは悪いけど。無自覚に、時には自覚しながら相手の望んだことを言ったりやったりする人のことなんだな。
あの死神と、同じように。
<了>