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八月の紫陽花  作者: aqri
後日談 生と死の輪舞
17/19

「ただいま混雑しておりまして、お一人様ずつ相席でもよろしいでしょうか」


 前々から行ってみたいと思っていたカフェに入ってみると、昼時ということもあって少し客の数が多かった。相席に全くこだわっていないからいいか、と思ってそれを店員に告げる。


「別にいいですよ」


 見事に俺と声がハモった。相席のお相手なのは間違いないけど、この声ってもしかして。


「偶然ていうか、奇遇っていうか。また会うと思ってなかった」


 本当に楽しそう笑いながらそう言ったのは風間さんだった。




 席は窓際、歩道が目の前なので人の通りが多い。店内は混雑しているのもあり、女性が多いのもあり。イイ感じに雑音が多いな。人の声を雑音って言うのも失礼かもしれないけど、子供の泣き声とかじゃなくおしゃべりの声ってスルーできる「音」として認識できるから気が散らない。


「カフェとかあんまイメージないなあ、定食屋とか行ってそうだ」

「基本は自炊です。貯金ないし、節約してますから。今日は人生で初めてボーナスをもらったので、まあ、お祝いに」

「いいことだ、自分へのご褒美ってやつは。ここは美味いぞ」

「風間さんこそ、カフェってよく来るんですか。会員制のバーとかレストランとか行ってそうですけど」

「外食は糖質と脂質の塊だ、食わない。でもここは全体のPFCバランスがいいからたまに来る。あとコーヒーが美味い」


 そう言ってメニューを広げて見せてくれた。俺もコーヒーが美味しいってネット記事見たからコーヒーしか飲まないつもりで来たけど、昼時に来てコーヒーだけってのも何だな。何か食べるか。相場より少し高めだけど、確かにバランスは良さそうだな。

 注文を取りにきた店員にメニューを告げる。大手チェーン店はタッチパネルとかだけど、個人経営はやっぱり店員か。注文が終わって店員が厨房へと向かうのを見送る。直接会話をしていても、風間縁だと気付いていないらしい。気配の消し方凄いな。


「それにしても、本当に気づかれないんですね。女性が多い店だし窓際なのに」

「自然と身につくもんだろ、こういうのは」


 確かに。俺も誰に習ったわけでもないができていた。

「そういえば」

「おう」

「死神に会いました」

「……。予想の斜め上過ぎて言葉が出なかった」


 はあ~、と大きくため息をつかれた。


「せっかく会ったので、風間さんには伝えておこうかなって」


 友人を亡くしているなら話すべきじゃないのかもしれないけど。この人は物事を客観的に見れるかなと思う。それに、死神を憎んでいるとかそういう雰囲気じゃなかったからな。


「マジでいたんだ」

「ええ、まあ。質疑応答の内容次第と、タイミング悪かったら死んでたと思います」


 俺の答えがお気に召したみたいだったが、気にいったから生かされたというわけじゃなさそうだった。たぶんぎりぎりまで俺を殺すつもりではいたと思う。

 漫画の世界だけだと思っていた、気配や雰囲気を感じるってやつ。明らかにアイツは俺に殺意があった。殺気じゃなく、殺してもいいかなっていう気軽な感じの。


「生き残った理由は?」

「これからも派遣会社で働くのか、って聞かれて。他人を演じ続けられて、短期間で場所が変えられる派遣社員って俺の生き方そのものだって答えたんです。あと、添田……昔俺と揉めたやつが俺の目の前で飛び込み自殺したんで。それがなかったら線路に落とされてたかな」


 そっか、今思えば添田のところにもアイツ行ってたのか。いろいろ話をしたんだろうな。噂の死神に会ってしまって、どうせくだらない問答をしたのだろう。あの添田の精神状態じゃ追いつめられて終わりだったんだ。


「本当にそれだけか?」

「はい?」


 風間さんの顔は思いのほか真剣だった。


「君の答えに、楽しそうに返事した質疑はなかったか。それが気に入ったから『生かされた』んじゃないかなって気がするが」


 そう言われて思い返してみると、確かにあったな。


「役者にならないのかって聞かれましたね。否定しましたけど」

「その答えは俺も知りたいな、才能あるだろ。何で嫌なんだよ?」


「ファンっていう名の何十万人の敵がそこら中に撒き散らされてると思うと反吐が出る、って答えました」

 そう言うと、風間さんはスッと目を細める。獲物を前にした豹みたいだ。顔立ちが整っているから無茶苦茶迫力がある。きゃーかっこいい、っていうのじゃなくて。あ、これ命を守る行動最優先にしないといけないやつじゃない? って感じだ。


「なるほどね。そりゃ納得せざるを得ないな。ちなみにさ、今それ言った時の自分の雰囲気、どんな感じか自覚あるか」

「いえ、まったく。どんな感じだったんですか」

「殺し屋みたいだったぞ」


 そう言う風間さんはようやく表情を崩して苦笑する。ああ、俺に気を張ったからさっきの表情か。


「死神の美学のどこかにひっかかった、ってことですか」

「今までにいないタイプだったんだろうな。死神が思っている以上に」

「ファンだそうですよ、俺の」

「はあ~、それはそれは。なんかすげえわ。まあいいんじゃねえの? 話聞いてると究極の気まぐれで気分屋みたいだし。お前が殺されることはないだろ」


 それは確かに。それに嗅ぎまわるのやめろって言ったから、もう会うこともないだろう。ふっと突然湧いて、気づいたらいなくなってるみたいなやつだ。


「ちなみにどんなツラ?」

「顔は見てません、真後ろだったので。振り返れませんでしたし」


 振り返ったら間違いなく突き落とされてたからな。そういうつまらない事をする奴、嫌いだろうから。


「……。ああ、なるほどな。だからか」

「はい?」


 何を言っているんだと思っていると、風間さんの気配が急に変わった。まるで真剣を持ってこれから死合いでもするかのようだ。


「確かに振り返れねえわ」


 その言葉に場の空気が凍る。……全然気づかなかった。風間さんの後ろ、彼と背合わせで座って食事をしている男。


「いや何でいるんだよ」


 緊張というよりも呆れて俺がそう言うと、向こうも呆れたように言った。


「失礼だな、俺だって外食くらいするよ。それに俺の方が先に入ってたんだけど?」


 まあ、そうだろうな。飯食ってるみたいだし。


「風間さんいつから気が付いてたんですか」

「死神の美学、のあたり」

「……負けた、全然気がつかなかった」

「張り合うなよ」


 俺達の会話に死神はくすくすと笑う。


「美学、のあたりの話がちょっと面白かったから。つい自分を出しちゃったみたいだ。それより何頼んだ? この店でおいしい料理が食べられるの今週ぐらいまでだから、いろいろシェアして食べるといいよ」

「閉店でもするのか」

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