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八月の紫陽花  作者: aqri
エピローグ
16/19

貴方の推しを殺す死神 2

「こうやって考えるとさ、東風も君の演じていた"東風晴海"のファンだったって思えるよね。プロデュースしているはずなのに、振り回されていたんだから」


 こいつが何を言いたいのか何となくわかった。本当に反吐が出る。


「つまり晴海がやっていた俺のプロデュースやマネジメント、俺への嫌がらせはすべて推し活で」

「俺がやったことも全部推し活」


 人を殺すことが? あんな面倒なややこしいことまでして。


「推しの、推しを殺すのが俺の推し活。心の支えを失った推しが絶望するのか、乗り越えていくのか。最高のドラマだ」


 推し殺しの死神はちゃんといたんだな、クッソ迷惑な形で。ってことは、こいつに《《死なされた》》人はきっと多い。たぶん俺が思っている以上の数はいる。自殺にしか見えないのは当たり前だ、最終的には自殺なんだろうから。こいつは相手に指一本触れてないんだ。ただ、言葉を紡いだだけ。例外は晴海だけだ。

 推しの推しがターゲット。風間さんが言っていた「自分の中でやり切ったと思った人が死ぬ」は間違ってなかったんだ。そういう人は間違いなく推しは自分だ。俺のように、演じている偶像の自分。推しの推しは自分。


「君があのまま死んでも俺にとっては記憶に残るし、生き残ったら俺の推し活が長引くだけ。どっちでも良かった」


 果たして一体誰の推し活が一番狂ってるんだろう。自分の嫌いな奴を猟奇的にさばいた馬鹿女か。その女を守るため全部その女のためになると信じて無駄なことをした馬鹿男か。嫉妬しているからこそ嫉妬の原因を増長させることをしていた東風晴海か……いやでも、やっぱりそれらをひっくるめても。こういったことを平気でやってしまうこいつが一番頭のおかしい推し活だと思う。


「ダイヤ調整の為回送列車が先に参ります。黄色い線の内側までお下がりください」


 電車が近づいてくる。今こいつが俺の背中を押せば俺はぐちゃぐちゃになって死ぬんだろうな。何せ推しが生きてても死んでても全てが嬉しいっていうよくわからない奴だ。


「君はこれからもあの派遣会社で働くの?」


 嘘をついたところでこいつには全部ばれる。身の安全確保のために言いつくろうのは時間の無駄だろうな。


「クビにならなければ働き続ける。ハキハキ仕事ができる奴が欲しいって言われればそうするし、一人作業が多いのが苦にならないやつって言われたら口数少なめに演じる。相手の要望に合わせてキャラを使い分けていく」

「派遣先で仕事しているのと、演技の仕事を続けるってことか」

「アイドルは懲りた。でも誰かが望む都合のいい『誰か』はやりたいんだよ」

 死ぬんじゃないかっていう目にあっても、死にたくないとか怖いとかそんな感情はあまりなかった。頭にあったのは渡米して演技の勉強をしなきゃ。それだけだ。アドレナリンが出まくっててそれしか考えられなかったってだけかもしれないけど。


 俺にとって生きている理由みたいなものは、アイドル活動じゃなくて演じ続けることだったから。六年前、「アイドル東風晴海」を演じていたのに「役者である東風晴海」というキャラも演じなきゃいけないという歪み。頭が破裂しそうだった。


 でもアメリカで少人数の演劇をやって、やっとわかった。俺は演じるのが好きで、ガス抜きができていなかっただけだ。晴海がいなくなるだけでこんなにメンタルが楽になるのかと思い知った。

 役者になりたかったわけじゃない、テレビやSNSに上がるのもまっぴらだ。でも俺のやりたい演技もできて一つの場所に固定されない人材派遣という働き方。これはある意味、東風晴海としての生き方以上に俺に合っている。


「あらためて役者っていう道もあるけど?」

「ファンっていう名の何十万人の敵がそこら中に撒き散らされてると思うと反吐が出る」

「敵、かあ。ふふ、そうだね」


 ファンは決して味方じゃない。自分が思い描いた「推し」という幻の味方であって、俺自身の支えでも宝物でもない。

 電車が近づいてくる。こいつ俺の背中を押してくるかな、そんなことをぼんやり考えていると意外にもクスクスと笑い声が聞こえた。


「さて、くだらないオチになったみたいだ」


 何のことだと思っていると自然と、不自然な行動をする奴が目に入る。一つ隣の人の列、数メートル右にいる最前列に並んでいる男女。

 添田、それに小ぎれいな格好した女。なんで不自然だったって、女があまりにも挙動不審だったからだ。最前列に並んでそわそわして何度も添田をチラチラと見ている。添田の顔は……不気味なくらいに無表情だった。女はミヤちゃんだろうなと思った瞬間、添田が女を抱き抱えて線路に飛び込んだ。


「ひっ!?」


 明らかに女のあげた悲鳴だ、同意してないことくらいわかる。まるでスローモーションのようにゆっくり見えた。添田は勝ち誇った顔で俺を見る。次の瞬間二人は列車にぶち当たった。血肉があちこちに飛び散って一気にパニックになる。

「すごいドヤ顔だったね。意味わかんないけど」


 ギャーギャーと騒がしい周囲の中に紛れることなく、やけにはっきりと俺の耳に入ってくる。何だ今の? 俺は推しと死ぬことができて、お前とは違うんだぜ一人勝ちだぜ、って言いたいのか? 意味不明だ。……こいつと感想かぶったし。


「感想は?」

「特にない」


 その答えがお気に召したらしくケラケラと笑って、たぶんその場を後にしたんだと思う。周囲を見れば騒いでいるわりにみんな一斉にスマホのカメラを向けて写真を撮っている。その光景があまりにも気持ち悪くて俺もその場を後にした。

 急いでエスカレーターや階段を駆け上っていく奴は一人もいない。こんな狂った日常があるのが今俺が住んでいる国、日本ってやつだ。


 「八月の紫陽花」のラストはハッピーエンドだった。これも、ある意味ハッピーエンドだった、のかな。主演はあいつらで俺はエキストラ。……やっと終わったか。誰かギャラくれよ、まったく。苦笑しながら帰路につく。

 俺の住むアパートに行く道に紫陽花が植えてあるもんだから、皮肉もいいところだ。酸性なら青、中性からアルカリは赤。日本は酸性土壌が多いから青い紫陽花が多い。


「もともと赤い紫陽花だったのに、青い紫陽花に変わったら。もしかしたら地面に埋まっているかもしれませんよ、東風晴海が。なんつってな」


 ひっでえオチだな、まったく。





「始まりました毎週水曜のアイドル推し活の時間です。今回のテーマは今のりにのっている韓国アイドル『throbbing heartbeat』について。なななんと! throbbing heartbeatからメッセージをいただいてるんです、すごくないですか!? ウェブラジオカーストのほぼ地面にいるような我が番組にメッセージですよ。ぜひスキップせず最後まで聞いてくださいね。あとパーソナリティ交代時期も近づきましたので、僕の担当はあと三回となりました。思い出に残る回にしていけるよう頑張ります。じゃあさっそく始めていきましょう!」


 貴方の推し、推しちゃってください!


<了>

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