貴方の推しを殺す死神 1
特急列車が目の前を通過していく。ほんの一秒、間があった後突風が吹き抜けていく。生ぬるい風に全身をさらされる、髪もぐちゃぐちゃだ。髪を切っていなかったから横の毛まで目にかかってウザイ。直すか、と手櫛をしようとした時だった。
「面白かった?」
真後ろから声がした。キイン、と耳鳴りがする。まるでこの駅の構内に俺と後ろの奴しかいないかのように静まりかえる。そんなことないのはわかってる、耳の奥にはざわざわと人の話し声が響いている。俺の意識が全て後ろのやつに集中しているだけ、それだけの話だ。
誰か、なんて考えるまでもない。声は若い男の声だ、聞き覚えはない。振り返ることなんて出来ない、それは絶対にやってはいけない気がした。
「……」
「頭のイカレた女と、女に惚れこんだ男と、そいつらに巻き込まれたアイドルと。映画にしたらB級もいいところだけど」
「……」
「それでも六年前のあの状況だけじゃ中途半端だからちゃんとオチをつけておいたよ」
「……」
「ねえ、なんかしゃべってよ。それにさっきの質問にも答えてないでしょ、面白かった?」
君の為にやったんだけど、と囁くような声。俺が昔よく使っていた、人を虜にするしゃべり方。こいつはわざとテクニックを使っているんじゃない。たぶん、素だ。
「面白いかどうかなんて知ったこっちゃないな。そういう評価は晴海の役目だ」
「確かにね。アイドルの東風晴海はプラスの評価しかするな、マイナスの評価を言ったら少しでも悪いイメージがつくから絶対に言うなって言われてたね」
後ろからゆっくりと手櫛で髪を整えられる。その手つきは美容師みたいに優しい。男が後ろから男に手櫛で髪を整えられる、おかしな光景だと思うがそれをチラ見するやつもいない。
みんな誰もが他人には興味関心がない。興味関心があるのは自分の好きな人、推し。要するに推しを好きな、自分自身。それだけだ。
「とりあえずな」
「うん?」
「俺を嗅ぎまわるのやめろ、気持ち悪い」
ピタリと髪を整えていた手が止まった。この手が俺の首に移動したらいよいよ俺は死ぬんだろうなと思う。頭がイカレた殺人鬼なんてこの世に腐るほどいる。逮捕されなかった奴はもちろん、気づかれてもいない奴らを入れるとそりゃもう大量に。
ウジャウジャと。
そういった奴らが一体何に興味を持って何に腹を立てるのかなんて、俺にわかるわけがない。今の言葉も気分を害したら殺されるだろうか、なんて考えるだけバカらしい。
「わかった」
そこはすんなり聞くのか。まるで心を読んだように後ろの男は楽しそうにアハハと笑った。
「聞かないわけにはいかないでしょ」
「あ?」
「ファンっていう名の大群じゃなくて、俺個人だけにお願いされるなんてまずないじゃん」
ファン。
「推しからのお願いだ、喜んで受け入れるよ」
……推し。
「東風晴海が別人になったのはすぐに気づいたよ。デビューした時と、有名になったタイミングでは明らかに歌唱力もトーク力も笑顔も違った。俺がファンになったのは君だ。東風晴海じゃなくて、《《きみ》》」
それはそれは……なんとも迷惑な話だ。死神は晴海のファンだった、くらいは考えてたんだけど。
「東風は明らかに君に嫉妬してた。アイドル活動するよりマネジメントが面白いなんて建前だ。まざまざと実力の差を見せつけられて、マネジメントする方に縋るしかなかったんだ」
それは……なんとなく俺も気づいていた。アイドルとして売り出して、なんかつまらないから。金を動かす仕事の方が面白いと思ったからそっちに徹したかった。あいつの言っていたことは嘘じゃない。要するにアイドル活動がパッとしなかったから、数字で見える金という方にシフトチェンジをした。
そして身代わりである俺という小魚を見つけて泳がせたらあっという間に鯛になった。何をやっても金を稼ぐ存在となって面白かった反面、自分には絶対できないことだと見せつけられていた。だから俺に対するアタリだけ強かったし嫌味も多かった。
ドラマなどの役者に関する仕事を取らせようとしていたのも俺を潰すためだ。演技で弱音を吐こうもんならそんなこともできないのかと堂々と言える。
俺が東風晴海を演じることに苦しんでいたのを見抜いていたから。