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八月の紫陽花  作者: aqri
答え合わせ
13/19

東風晴海 3

 ファンの望むことをやらせてやれば順位がある程度入れ替わる。だが一位には絶対になれない。十位が九位になったら八位くらいにはなる。でも一位にはなれない、絶対に。頑張ってもトップになれないなら良い意味で諦めがつく。嫉妬の矛先をギリギリでかわせていた。


 ミヤさんとやら、体が不自由な人は当てはまらないな。物理的に無理な体ならそもそもバラバラにするのだって無理だ。こういうのは自分の手でやりたいだろうからな。

 一応まともな精神してるコイツにバラすのを任せたら精神おかしくなって鬱とかになってそうだ。俺と一緒に仕事してる時はどう見ても普通の奴だった。

 ミヤって奴はアイドルにのめりこみすぎて引きこもりになったパターンかな。一位が東風晴海に決まったようなもんだったから症状が悪化していったんだろう。


「つまりお前たちはどっかの誰かが殺した、アイドルじゃない東風晴海をせっせとデコレーションしたわけだ」

「そんな、そんなこと……」

「ミヤさんによろしく言っといて。無駄な作業お疲れ様でした、って。実は仕留め損ねてたってわかってお前に八つ当たりは行かなきゃいいけどな」


 最後の言葉に添田はびくりと体を震わせる。やっぱ《《そう》》か。精神を病んでいるなら、過剰な八つ当たりは周囲にいくはずだ。暴力まではいかないにしても、罵詈雑言は言っているかもしれない。東風晴海を刺してやろうと思うくらいには、こいつも精神的に追い詰められてたわけだし。……もしかしたら、下手するとこいつの片思いってだけの可能性もある。一方通行の方がこじれやすい。ファンの真理そのものだ。相手の機嫌を損ねたくない、もっと自分を見て欲しい。だから、強く言えない。相手の言いなりになるしかない。ミヤちゃんはこいつにとって「推し」、とかな。


「もうやめてくれよ、なんなんだよ! 六年だ、六年経ってやっとまともになってきたのに! 会話だって増えた、部屋から出るようになってくれた! この間は笑ってくれたんだ!」


 俺の知ったことか、そんなの。


「誰なんだよ、東風晴海を殺したのは一体誰なんだよ!?」

「だからさっきそう言っただろ。お前心当たりとかないの? お前の行動が全部監視されてたってことだろ。っていうかほんとにいたのかもな」

「え」

「噂の死神。願った人の望んだ通りの殺し方はしてくれない、ひねくれた奴みたいだけど」

 そう言うと怯えたように周囲を見渡し始める。逃亡者の真理って一回こびりついたら落ちないものなんだな。今こいつ、いやこいつらの犯罪を知ってるのは俺と「死神」だけだ。俺をどうにかすれば全てが終わると思っていたのに、正体がわからないやつは俺以上に詳しい状況を知られている。どこにいるのかわからない。


 ここらが潮時か。死神の正体なんて俺にもわかるわけない。誰が何の目的で、なんでそんな回りくどいことをやったのかも別に知りたいと思わない。

 俺は死にかけた、でも生きることを掴み取った。あのまま日本に残っていたらどんな惨めな目にあっていたか。世間やメディアにオモチャにされていたし、晴海は絶対俺が無様に落ちるシナリオを考えていたに違いない。そう考えれば俺の取った行動は間違ってなかった。

 だからこの件は本当はもう終わってるんだ。だけど一応ケジメはつけておきたい。加害者がのうのうと生きてるなんてさ。


 許せるわけないだろ。


「お前が俺をつけ回した証拠の写真は風間さんも持ってくれてる。ボイスレコーダーもスマホと連動させてデータが入ってるから、クラウド上に保存すれば俺しか開けられない」


 完全に挙動不審になった添田に近づく。尻餅をついている添田に俺もしゃがんで顔が正面に来るようにした。俺の顔がまともに見れないみたいだ、あちこちいろんなところを見ている。


「一日やるよ」

「あ、な、なにが」

「自首するんだったらそこまで派手に騒ぎ立てない」

「わかるわけない、六年前だぞ! 自白なんて――」

「そっちじゃないよ。明石さんの方に決まってるだろ」


 添田が目を見開く。証拠も多く不自然な行動が多かった。警察はこいつを容疑者として捜査し始めているころだ。


「もし自首しないんだったら、俺が警察に行く。それに絡めて、動機のところで俺の件もさらっと伝えておくよ」


 ぐっと顔を近づけて、耳元に口を寄せる。女に熱を上げさせる甘い吐息のような声。晴海に一番練習させられた、それでいて何十パターンもできるようになった相手を落とす……いや、支配する甘い、甘い声。


「ミヤちゃんと、よく相談して決めな」


 はあはあと相手の息が荒くなるのがわかる。顔を見るまでもない、血の気が引いて真っ青通り越して真っ白になっているはずだ。追い詰める、警察が迫っているかもしれないという焦りを最大限に引き出して。


「自分が全部一人でやりましたっていうのか、逮捕されてミヤちゃんと仲良く刑務所生活になるのか」


 大切な人を守るために自分が犠牲になるか。まともな生活ができていないという女一人残して。


「好きな方選びなよ。じゃあね」


 アイドル「東風晴海」として、テレビでしゃべっていた時と同じ喋り方で言って俺は立ち上がった。まるで化け物を見るような目で俺を見上げる添田を鼻で笑って俺は帰路についた。



 家に帰って冷たい水で顔を洗って鏡を見る。酷い顔だ、よく見慣れた俺の素顔。東風晴海。いや違う、今の俺は。


 バシ、と頬を手で挟み込むように叩く。


「今の俺は派遣の半井宗、高卒でフリーターをしながら生きてきて、やっと派遣になれた。自分に自信がないから無口で他人との関わり合いは最低限。唯一の楽しみはスマホゲーム」


 今俺が演じている派遣男のキャラクターを目の前の自分に聞かせて頭に叩き込む。


 俺は、東風晴海じゃない。




 シャワーを浴びてベッドの上に横になる。改めて考えるとなんてバカなことをしたんだろうなって感じだ。自白まで撮ったのになんで警察に通報しないんだ。なんで余裕ぶって見せて一日時間を与えたんだろう。逃げるに決まってるだろ、一日もあれば。ドラマのワンシーンでも演じているつもりだったんだろうか。

 違うな、何をやってもすっきりしなかったから。添田が晴海を殺したわけじゃない。死んだ奴の体を好き勝手されたって別に腹が立ったわけでもない。だって死んでる奴の首切り落としたからなんだっていうんだ。紫陽花の近くに置かれたって晴海は死んでる。あの世で悔しがってるって? 馬鹿言え。


 じゃあ俺は? 俺の気持ちはどこにあったんだ。一度も関わったことのない赤の他人に殺されそうになった。殺そうとした奴は人に危害を加えておいて何食わぬ顔で暮らしている。

 平和そうなあいつの顔に腹立ったから。何かしてやろうと思って一応呼び出しには応じてみたけど。泣きそうな顔で駄々っ子みたいにギャーギャー吠える姿を見たら、なんか、萎えた。どうしてやろうかなっていうちょっとしたワクワク感みたいなものもあったけど、やる気が失せた。


 それは俺に決定打を打たれたときの晴海の顔そっくりだったから。ああ、この程度なのか、そう思ってしまった。


「お前は死んでもなお、俺につきまとうんだな」


 言いなりになり続けてペット以下の関係だった。それでも俺があいつについて行ったのは眩しくて羨ましかったからだ、あいつの才能が。リサーチのタイミングの良さと最小限の努力で結果をちゃんと残す実力。何が流行るか見つけるのが上手かった、流行らせるものを作るのも。SNSでみんなが騒いでいるものの半分はあいつが作り出したものだ。服の流行もゲームも日用雑貨もスイーツも。

 人の心を操り人間関係が壊れない絶妙なところで揺さぶりをかける。犯罪めいたこと、軽い犯罪には足を突っ込んでいた。実際ヤクザとつながりもあったしな。普通の人が臆してしまうことを怖がらずに前に進み続ける。


 間違いなく東風晴海は、俺の推しだった。



「もうお前はいないんだ」


 天井を見つめながらつぶやく。自分の声が耳から入ってきたのか骨を通じて体の中に響いているのかわからない。でもあいつが死んだという実感が今ようやく湧いてきた。涙は流さない。今でも俺はお前のことが嫌いだから。

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