東風晴海 2
新しい職を探すのには苦労した。何せ家もないし保証人もいない、っつーかそもそも戸籍だってない。パスポート作るのに裏のルートで手に入れたから金はすっからかんだった。どうするかなって思ってたら公園で鳩に餌をやってる男がいて、腹減ってたからそれもらってもいいですかって言ったら。それこそ鳩が豆鉄砲食らったような顔をして次の瞬間大爆笑してた。そりゃそうだ。
その人がたまたま人材派遣会社の社長で、身元がわからなくても雇ってくれるっていう話だった。ただし何か秀でたスキルがあることが条件だった。即興でその場で演技をして見せたら、一発合格した。
いくつか仕事をこなしながら、すれ違った時間に同じ場所にいたらまたこいつが通った。通勤路か、と後をつけたら仕事先はすぐにわかった。派遣会社通じてそこで人の募集してないか調べてもらったら、とんとん拍子で派遣が決まった。アメリカでやってた編集作業が評価されたんだけどパーソナリティもどうかという流れだった。
「俺だって人間だしやっぱり腹が立つわけよ。だって傷害事件が成立してないからお前は今普通に生活してるわけだろ。どうしてやろうかなっていう気持ちにもなる」
東風晴海の声で電話でもしてやろうかなと思っていた矢先だった。
「お前らと晴海が死んだっていう話をした時、心臓吐き出すんじゃないかってくらい驚いた」
顔に出なかったのは驚きすぎて現実じゃないような感覚だった。興味なかったからカンパネラがどうなったか、とか全然調べてなかったからな。
「連絡なんてとってないからあいつは今でも活動を続けてるんだろうなって思ってた。おかしいよな、本当にその通りだよ」
暗くなってきて街灯がつく。それがまた俺の真上にあったもんでなんだかスポットライトを浴びている気分だ。六年前の「東風晴海」のように。
「晴海を殺して、俺が刺された場所にわざわざ置いていったのは一体誰なんだ。俺が着てた服と同じものまで用意したってことだろ、お前が気づかなかったなら。お前が俺を刺しに行くことも全部知ってなきゃ不可能だ」
理解が追いついていないらしい添田はガタガタ震えている。
「あ、え? だって、なんでだよ。そんなの、ミヤには無理だ」
「ミヤさん、ね」
その言葉にびくりと大きく体を震わせた。感情が高ぶったら口を滑らせるのは誰でも同じなんだな。普段はあれだけ帝王みたいな晴海だって俺の思った通りのことを言ってくれたくらいだから。
――君は人の心をつかむのが上手いね。
風間さんの言葉が蘇る。そりゃそうだ、晴海から心理学を徹底的に学ばされた。どんなことをすれば相手が喜ぶのか、何十種類のパターン全て。ソクラテス・ストラテジー、ミラーニング、カリギュラ効果、ペーシング、リーディング。数えたらきりがない。
いやでもあの時は東風晴海じゃなかった、どちらかというと結構素の自分だった。天性のもののような気もするけど、とも言われたっけ。才能があったのかな。
「お前が俺を刺した時、ご丁寧にお前さえいなければ、とか言うから。他の奴のファンかなと思ったら」
お前さえいなければ、ミヤはおかしくならなかったのに!
そこで聞いた名前、さっきも同じ名前を言った。
「東風晴海の頭を切り落として紫陽花の近くにデコレーションしたのは、ミヤさんってことでいいのかな」
「違う!」
「あっそ、図星ね」
出来事は全部シナリオとして考えろ。世の中の出来事なんて全部作り出された偽物だ、驚くような変わったことなんて起きはしない。突発的に起きたと思われることも、人間の深層心理を理解すれば簡単にわかる。予測もできる。
うるさい位いつも言われていたことがこんなところでも役に立つとは。本当、すげえ奴だったんだな。晴海。
俺を刺して添田は逃げ出すくらいには動揺した。ミヤ、とやらに泣き言を言ったら自分で好きにしたいと言い出したわけだ。おかしくならなかったのに、という事はそれだけ頭がおかしくなってたんだもんな。
行き過ぎたファン、それも東風晴海じゃなくて別の奴の。東風晴海はほっとけば一位をとってドラマを演じていたんだ、わざわざバラして紫陽花のところに置く意味は無い。それは明らかに皮肉だ、「お前はその姿がお似合いだ」ってな。
体は見つかっていないから残りの処理とか大変な作業は全部こいつだ。「ミヤには無理」という言葉からも無理な事情があった。ミヤ、普通に考えたら女だ。車椅子など人ひとり殺すのには無理がある体か、入院などしていてその場に行くことができないのか。
『まるでプロファイリングだな』
『そのままプロファイリングだよ。指示は全部俺がやるが、お前も自分の頭で考えて行動しろ。何回も言わせんな、人間が作り出した社会構造なんて人間の心理がわかれば100%コントロールできる』
晴海の言葉は本当だった。カンパネラのメンバー全員で企画会議をした時もはっきりわかった。同じメンバーの奴らは何を考えて会議をしているのか。ファンに喜んで欲しいと思って喋ってるやつとあくまで自分の人気を上げるために喋ってるやつ。本当にきれいに分かれていた。
相手の心理がわかればコントロールがしやすい、本当にその通りだった。不動の一位は嫉妬の的だ、でも当時の俺はそれを全てうまく利用することができていた。なぜなら俺より下の順位の奴らのファンの心理を擁護したからだ。




