伯爵令嬢は、いいね を使いまくる。全ては愛する騎士団長様の為に
マリリア・レディアルク伯爵令嬢は、優雅に街中のカフェで紅茶を飲んでいた。
町行く人を見ながら飲む紅茶は、とても美味しい。
「マリリア。本当にお前は馬鹿だな。私と婚約解消するなんてな」
しつこい男が声をかけてきた。
そう、元婚約者のフリッツ・カストル公爵令息である。
カストル公爵家と政略で、フリッツと婚約を結んだマリリアだったが、このフリッツと言う男酷かった。
婚約を結んでいた2年間、色々な令嬢と浮気をし、マリリアに会う毎に小言を言ってくる。
「お前のような女が私の婚約者になれたのだ。感謝するのだな。本来ならお前のような地味な女。私の婚約者としてふさわしくない。だから、私は華やかな花たちと共に戯れているのだ。当然の事であろう」
と、色々な女性達と浮名を流した。
フリッツは顔だけは良い美男である。女性達が婚約者がいても関係ないとばかり、いくらでも寄って来た。
こちらから断ることの出来なかった婚約。だが、フリッツから先日断って来たのだ。
「お前のような地味な女、婚約を継続する価値はない。解消だ。解消っ」
両家を巻き込んで、さんざんごたついた挙句、息子に甘かったカストル公爵家の意向により、解消されたのだ。
マリリア、16歳。まだまだ、次の相手を探すに、遅くない年頃である。
こんな自分勝手な男と結婚したなら、不幸まっしぐら、大歓迎なマリリアであった。
しかし、何故か婚約解消したというのに、フリッツが付きまとってくる。
「お前は私を愛していたはずだ。私はこの通り、美しい」
「え?わたくしは貴方の事なんて愛してはいませんでしたわ」
「照れ屋なのだな。なんだ?お前が反省するなら再婚約をしていいぞ」
「わたくしが何を反省すると言うのです?」
「愛人を認めろ。私のような男は両手に花を沢山、愛でたくなる。私に婚約解消されて悲しいだろう?私は立派な器の大きい男だ。だから、再び婚約してやると言うのだ」
マリリアは思う。
この人、馬鹿なの?せっかくこの男から離れられてほっとしているのに、何を考えているのかしら。
頭に来た。だから、魔法を使う事にしたのだ。
今まで使う事を避けてきた。魔法を使うと言う事は、悪い事である。見つかったら罪に問われる程の。
でも……もう、耐えられない。
マリリアはこっそり魔法を発動させた。
― ブロック -
「マリリア?マリリア、どこへ行った?今、そこに居たよな???」
初めて使った魔法だけれど、相手を弾き飛ばすのではなく、わたくしを認識できなくなる魔法みたいね…
「マリリアっーー」
マリリアを探してフリッツはいなくなったようだ。
マリリアは安心してカフェで紅茶を楽しむことにした。
大好きな街中のカフェ。
最近、気になる人が出来たマリリアである。
それは……
王国のジェルド・フィセル騎士団長。
口ひげの生えた黒髪の彼は平民に人気がある人情味溢れる男だ。
本人曰く、職務が多忙で28歳になっても、結婚する暇がないらしい。
一度、困っている所をジェルドに助けて貰った事があった。
うっかり人通りの少ない道に迷い込み、男数人に絡まれたのだ。
見回りをしていたジェルドに助けて貰った。
その時から、ジェルド騎士団長の事が忘れられない。
ジェルドの顔を思い浮かべ、宙に指先をさまよわせる。
「ブックマーク」
彼をブックマークに入れて、その彼の下にあるハートマークを指先で押せば、いいね とぴかっと光った。
馬に乗った彼が部下達と共に現れた。
「ジェルド騎士団長様っ」
呼び止める。ジェルド騎士団長は馬から降りて、こちらに近寄って来た。
「そなたは以前、街で男達に絡まれていた伯爵令嬢殿ではないか」
「お久しぶりです。この前は助けて頂き有難うございました」
「いや、伯爵令嬢たるもの、一人で出歩いては危ないのでは?」
「もう、人が沢山いるところにしか行きませんし、迎えが時間になったら来るから大丈夫ですわ」
こっそりと、心に思い浮かべたジェルドのハートマークを指先で押せば、ジェルドは。
「心配だ。そなたを送って行こう」
部下の騎士団員達が、
「団長。街の見回りは如何しますか?」
「急用ができた。後で合流する」
「かしこまりました」
ジェルドが馬に乗せてくれて、
「馬で送られるのは嫌か?」
「いいえ、とても嬉しいですわ」
魔法を使うのは悪い事だけれども、気になる人と急接近出来てとても嬉しいわ……
伯爵家の前まで送り届けて貰えば、マリリアはジェルドに、
「お茶をご馳走しますわ。中に入っていきません?」
ジェルドは首を振って、
「私は見回りが終わっていないので、また、機会がありましたら」
あまりにもハートマークを押しすぎて、相手に不信感を持たれたら大変である。
ここは、一旦引いておくに限るわ……
ああ、でも……
「ダイレクトメッセージ」
夢でわたくしの事を見るように、マリリアは、自らの映像をジェルドの夢の中に送り込んだ。
夢でマリリアの事を見たのなら、彼は意識するはずである。
じわじわと、不自然にならないように……
王国の騎士団長に魔法を使ったのなら、ばれたら大変である。
翌日、会いたくない男が怒鳴り込んで来た。
「マリリアに会わせてくれ。私が会いに来てやったのだ」
マリリアは仕方がないので、自分が出て行って追い返すことにした。
「わたくしと貴方は婚約を解消したのです。まだ用があるのですか?」
「だから、昨日も言っただろう。許してやると」
「貴方様の耳はついていないのですか?」
屋敷の中でブロックを使う訳にはいかない。他に人がいるのだ。使用人たちが集まって来た。
マリリアは困った。
心の中でジェルドに助けを求め、ハートマークを何回も押した。
お願い助けて。ジェルド様っーーー。
フリッツがマリリアの腕を掴んで、
「ともかく私と一緒に来るんだ」
「嫌ですっーー。離してっ」
執事が慌てたように、
「お嬢様が嫌がっておいでですっ。離してくれませんか」
フリッツは叫ぶ。
「煩い。私に逆らう気か」
バンと音がして、扉が開いた。
ジェルドが背後からフリッツの腕を掴んで、
「マリリア嬢が嫌がっているだろう」
「何故、騎士団長が???」
「マリリア嬢に対して胸騒ぎがしてな。すっとんで来た訳だ。じっくりと騎士団事務所で話を聞こうではないか」
「いや、私は公爵家の息子でっ」
「私の家も公爵家だが?」
「私は偉いんだ」
「偉いからって嫌がる女性に無理強いはよくない」
フリッツは連れていかれた。
マリリアはジェルドに向かって頭を下げた。
3日後の事である。フリッツは厳重注意の上、カストル公爵家に帰されたと、騎士団員が報告に来てくれた。
ジェルド自ら報告に来た訳ではない。
寂しかった。ジェルドに会いたい。
マリリアはブックマークを開き、ジェルドのハートマークを押した。
しかし、ジェルドは来なかった。
何故?どうして?わたくしはジェルド様を愛しているのに。
魔法が効かないの?
部屋にふいに人が現れて、
「私は王宮魔術師長だ。違法な魔術がジェルド騎士団長にかかっている事が判明してな。犯人はお前か。拘束させてもらう」
「わ、わたくしはただ……」
魔術師達に両側から拘束されて、マリリアは連れ去られてしまった。
王宮に連れてこられれば、数人の魔術師達と共に、ジェルドが、こちらを見つめていて。
「マリリア嬢。君は私に魔法を使ったのか?確かにここ数日の私の行動はおかしかった」
「わ、わたくしはただ……ジェルド様とお近づきになりたかっただけなのです」
「だから魔法を使ったのだと?」
「ごめんなさい」
「魔法を使った事は違法だ。私は王国を預かる騎士団長だからな。君の思うままに操られた事は問題だ。だが、私は、夢で君が出てくる程に君の事が気になって仕方がない」
魔術師長が、
「それもその女が魔法で、夢にイメージを送ったと思われますが」
「それでも、こんなに胸が高鳴って…これが恋というものか、28歳になるまで知らなかった。これが恋……これがっ」
他の魔術師達が呆れたように、
「騎士団長を杖で殴りますか?」
魔術師長は首を振って、
「恋の病は殴っただけは治らないから」
魔術師長はマリリアの手首に腕輪を着けて、
「これは魔封じの腕輪だ。お前の使った魔法は危険なもの。本来ならなんらかの罪に問われる。だが、今回は……見逃そう。二度と使ってはいけない」
「解りましたわ」
ジェルドが、マリリアの手を握って、
「送って行こう」
「わたくしは貴方に魔法を使いました。それなのに」
「もう、手遅れな程にマリリア嬢に私は惹かれている。結婚してくれないか?いや、その前に結婚を前提としたお付き合いを。婚約だな。」
嬉しかった。
マリリアは頷いた。
「喜んでお受けしますわ」
「だなんて事もあったわね……」
マリリアはドラゴンの背中に乗って、空を飛んでいた。
涙が溢れて止まらない。
王国に狂暴なドラゴンが現れた。
どうして?何故?
誰かが、ドラゴンが封じ込められている神殿の封印を解いてしまったとの事。
ジェルドが、騎士団員達を引き連れて退治に出かけた。
そこに居たのは、
「まさか、こんなドラゴンが眠っていたなんて知らなかったんだ。私はただっ……」
「フリッツ殿。ともかく、逃げなさい」
ジェルドはフリッツとその護衛達を急いで逃がして、自ら、ドラゴンへ剣を持って突っ込んでいった。
婚約中だったマリリアは、ジェルドの事を心配していた。ドラゴンを倒しに行ったのだ。
それも狂暴なブラックドラゴンを。
急いで、王宮の魔術師長に面会を求める。
「魔術師長様。お願いです。わたくしの封印を解いてください。でないと、ジェルド様が死んでしまいます」
「封印を解いてどうする気だ?」
「わたくしが王国からドラゴンを引き離しますわ」
魔術師長は腕輪を外した。
マリリアは巨大なブックマークを開く。大きく出来るだけ大きく広げて。
ドラゴンのイメージを浮かべる。
魔術師長が魔法でドラゴンの映像を送ってくれた。
ブックマークをし、ドラゴンにいいねを押した。
ドラゴンが王宮に向かって来る。
一直線に、マリリアの元へ。
マリリアは、王宮の上階のテラスに出ると、ドラゴンが飛んでくるのが見えた。
外は大雨が降って来て、凄い嵐の中、真っ黒なドラゴンが王宮の庭に下り立ち、マリリアを見つめて来た。
燃えるような赤い目。
マリリアは叫んだ。
「わたくしを連れて行きなさい」
ドラゴンはぐおおおおおおおっーーー。と空に向かって吠えると、マリリアを背に乗せて、連れ去った。
ドラゴンにいいねを押し続ける。
ドラゴンを出来るだけ遠くへ、王国の外へ……人のいないところへ……
海の上に出た。そろそろ自分の魔力も尽きるだろう。
小さな島が見えてきた。
マリリアはドラゴンに向かって語り掛ける。
「さぁ、お休みの時間よ。あの島に下り立ってお眠りなさい」
「眠るつもりはない」
ドラゴンはふわっと人の姿になって、マリリアをお姫様抱っこしながら降り立った。
長い黒髪で、黒い鱗に覆われている、逞しい身体。瞳だけが燃えるように赤い。
「貴方は……」
「人型を取る事も我は出来る。お前が仕掛けてきた魔法。面白かったぞ。責任を取って貰おうか」
「一つ教えて下さいませんか。ジェルド様は?貴方と戦ったであろう、王国の騎士団長はどうなったのでしょう」
黒竜は考え込むように、
「我に飛び掛かって来た男か。奴を倒す前にお前に呼ばれたから、我は飛んでいったのだ。奴がどうなったか知らぬ」
「ではジェルド様は生きているのですね」
涙がこぼれる。安堵の涙だ。
もう、二度と会えないだろう。それでも、ジェルドが生きていたらそれでいい。
黒竜は、
「そんなにその男が好きか」
「ええ。わたくしの愛する方ですわ」
「だったら魔法を使って呼べばいいのでは?」
「え?」
「お前に対する興味が失せた。お前の残っている魔力で、奴を呼べばいい」
ブックマークを開いて、ジェルドにいいねを押す。
ここは海の孤島。来てくれるのかしら……
その頃、ジェルドは騎士団員達と必死にイカダを作っていた。
「マリリアっーー。必ず見つけ出す。待っていてくれっ」
この王国にはちゃんとした船がない。
魔術師達も転移魔術なんて使えない。
皆で巨大ないかだを作り、乗り込んだ。
マリリアを救い出すために、ジェルドは騎士団員達と必死にいかだを漕ぐ。
マリリアの魔法が呼んでいる。
どこに居ようとも、マリリアに必ず会いに行く。いいね が自分を呼ぶ限り。
海はそんな二人の恋を応援するかのように、必死に皆で漕ぐいかだに、優しい追い風をマリリアのいる島へ向かって送ってくれるのであった。
無事に島に着いたジェルドと、お前には興味がないと強がりを言った黒竜が、壮絶な口喧嘩をし、マリリアに向かって愛を叫び合うなんて展開になるとは、今のマリリアには知る由もなかった。