大好きな親友で大好きな幼馴染の君へ
「あんたさぁ、幼馴染かなんか知んないけど、マジで目障りなんですけど。」
「釣り合わないにも程があるよねぇ。自覚無い訳?」
「ブッサイク。キャハハ!」
一方的に浴びせられる悪意のこもった言葉達にはもう慣れっこで、心が沈んでも戸惑うことはない。
特に反論はせず、短くて長く感じるその時間が過ぎ去るのをただ黙ってじっと待つ。
釣り合わない自覚、あるから。
だから反論はしないし、できない。
最終学年、春なんてあっという間に過ぎてしまう。
夏がもうすぐそこまで来ている。
去年は軒並みイベントが中止で、夏祭りも夜市も無くて。
だからだろうか、思い出が欲しいと思った。
長い人生であとから振り返ったときに、あの頃は楽しくて幸せだったなぁって思えるような、少女漫画みたいにキラキラした、青春の一コマ。
今だって君との思い出はもちろん沢山あるけれど、当たり前にあったようなそれらとは違う、一秒一秒にときめくような、鼓動の一回一回が耳に残るような、胸が苦しくなるくらいにキュンとなる思い出が欲しい。
時間は有限。
リミットまでに、しなければならないことが複数ある。
やり方がさっぱり分からない大きな1つの課題と、やり方は分かっているこまごました沢山の課題。
何から手をつけるのが正解か。
隣に座りゲーム画面に集中している親友に相談する。
「んー、考えてる時間が勿体無ぇーから、取り敢えず出来ることからさっさと片付けていけばいいんじゃね?」
さも当然みたいに、適当に簡単に言わないでほしい。
でも、君が言うならきっとそれが正解なのだろう。
腹筋、背筋、腕立てに、縄跳び。
ぬるめの水を、1日に2リットル。
サラダ、青汁、海藻、フルーツ、マグロの目玉。
隙間時間に単語帳をめくり、ラジオ英会話を聞き、購入したファッション雑誌をめくり、爪を整え眉を整え、美容液に日焼け止めにハンドクリームにリップクリームにファンデにチークにマスカラに。
「……お前、最近どうした? 服も化粧もケバくね? 微妙に香水臭せぇーし。んで、ここんとこずっと顔が死んでんじゃん。なんで? どっか体の調子でも悪ぃーの? 生理か? 生理なの? ギャハハ」
マセた中学生みたい。バカ、アホ、チビ……もう全然チビじゃないけれど。黙っていればかっこいいのに。
ゲスい笑い声は聞いていて恥ずかしいからやめてほしい。ハリセンでスパンと頭をかち割ってやりたい。頭をスイカにすげ替えて竹刀でかち割ってやりたい。そうしたら君の頭から溢れる真っ赤なスイカジュースを、私が一滴残らず全部飲んであげるのに。
でも、君は優しいね。
私のことを本気で心配してくれているの、ちゃんと分かっているよ。
多分、訊きにくいけれど心配で訊いてくれていて、でも私の心に負担をかけないように、少しでも雰囲気を軽くするために下品に茶化して笑ってくれているのも、ちゃんと分かっているよ。
そんな君が好きだと思う。
大好きで。
人は急には変われない、でも、努力はできるから。
今よりもっと近付きたかった、君に。
あの子達に言われたから、だけじゃない。
自分の見た目も、性格も、きっと君には釣り合わない。
女子達からモテる君に近付くことを、恥ずかしいと自分自身が感じるようになったから。
それでも、今も、これからも、君と並んでいたいと思ったのは私の意志で、私のワガママで。
そのワガママを叶えるために、君のそばにあるために、私にできるこまごまとした課題。
体形、美容、勉強、できることからコツコツと。
けれど、自分なりに努力した結果はむしろ逆効果だったみたい。
好きな人からの「ケバい、臭い」は流石に凹む。
じゃあどうすれば今までみたいに、ずっと君と一緒ににいられるの?
子供から大人に変わる私達。
性差だってあるのに、何もしないままで、今までみたいに無条件でずっとそばにいられるはずがない。
君が私に持つのとは違う感情を自分の中に押し込めて、でも君のそばにいたいから、君と同じフリをする。
大好きな親友で、大好きな幼馴染で、その好きには恋愛的な意味合いなんてこれっぽっちも含まれていなくて。
限界なんだろうか。
外見も、内面も、性別も、秘めた恋心も、全てが噛み合わなくて、ギチギチと不快音を立て、諦めろ諦めろとガンガン耳鳴りがする。
この間みたいな性格の悪い女子達には絶対に譲りたくなんてないけれど、でも、自分以外の誰かがそろそろ横に来る頃合いなのだろうか。
頬を伝う涙を止める術を自分では持たない。
恥ずかしくて情けなくて悔しくて、顔を俯ける。
「なぁ、顎クイって知ってる? 女子はキュンとするらしいよ。試してい?」
返事をしないままに顎を持ち上げられた。近付いてくる君の顔を、焦点の合わない目でぼんやりと見ていた。唇がふわりと触れて、どのくらい経ってからだろう? 最後、ぺろって舐められたのを少し湿った唇に感じて、また、離れていく君の顔と、口から少しはみ出たイタズラな赤い舌をぼんやりと見ていた。
「ど? キュンとした?」
少しだけ赤い顔で、ニカッと笑う君。
顎の下には君の指がまだ添えられていて、顔を下げさせてはもらえず、目だけを背ける。
「なぁ、こっち、ちゃんと見て? あんま泣いたらマスカラ落ちてパンダになるぞ、それも笑えっけど」
「人を勝手に見世物にしないで。こんなでも、こんなだけど……頑張ったんだもん」
「ん、知ってる。っつーか、分かるよ。頑張ってくれたの、ちゃんと分かるよ。でもお前に無理をさせたい訳じゃねぇーし。誰かになんか言われたんだろ? 俺のせいで嫌な思いさせちまってごめんな」
コントローラーは先程から放ったらかしで、テレビの液晶画面はゲームオーバーの表示になってしまっている。
抱き締めてくれる腕に、肩に、胸に、甘えてしまう。
時々耳や髪に唇が触れてくすぐったい。
「優しさ? 同情?」
「なんでそーなる……ぜってぇー俺ら、両想いだし。……愛情に、決まってんだろ」
曰く、幾ら親友で幼馴染だからといって、妙齢の男女が密室に二人きりで、連日放課後に密会を重ねゲームしまくっている状況は誰がどう考えたって両想いである、と。また、仮に、万が一にもお互いの恋心に気付いていなかったとしても、先程の顎クイからのファーストキッスの流れで、ばっちり意識させることができて胸がキュンキュンなるはずだから、既に自分たちは両想いのラブラブバカップルなのだ、と。
「え? 付き合ってるの? 私達」
「おうとも。ここ最近、告られたら俺はいっつも、彼女いるからって言って断ってる」
ドヤ顔をキメる君に呆れてしまう。
まず私に言ってほしい。他の誰にでもなく、まず私に言ってほしい。今まで全く、今日みたいな甘い空気になることなんてなかった。妙齢の男女が二人きりで連日密室で密会……していても今日みたいな空気になることなんてなかった。好意があるなら示してほしい。ゲーム三昧だった日々は一体……。
でも、私もきっと回りくどいことをした。
君に訊けばよかった、伝えればよかった。
君を好きで好きで仕方ないこと、自分から言えばよかった。
君が私に恋愛感情を持ってくれる方法が分からなくて、君に恋愛的な意味でも好かれたくて、きっと遠回りをしたから。
キスを贈ろう。
大好きな君に。
大好きな親友で、大好きな幼馴染で、恋愛的な意味で大好きな、私の彼氏の君に、この大好きな想いがちゃんと伝わるように。
「ねぇ、その幼馴染のどこがいいわけ?」
「地味だし、顔もたいしたことなくない?」
「似合わないよぉ〜。キャハハ!」
「何? 皆、苛ついてんの? あ、分かった! 生理前? 生理前だろ! か、全員性格ブス? ギャハハ」
(敢えて下品に茶化して笑ってくれた……と思いたい……)
握られた手にかかる力が強くなるから、私のために我慢して穏便に済まそうとしてくれているのだと、ちゃんと私には分かっているよ。