第1章 第8話 天才
『秀吉……もう無理だ。お前はもう条件を達成してるだろ……安全な場所に隠れててくれ』
『なに言ってんだよ世売。ゲーム終了まであと30分もある。誰か一人でも殺せば生き残れるんだ。せっかくセミファイナルまで来たんだ。最後までがんばろうぜ』
『違う……! 僕はたぶん……いざとなったらお前を殺してでも生き残ろうとすると思う……』
『……だろうな』
『僕は死にたくない……でもそれよりもずっと……お前を殺したくない……! お前に死んでほしくないんだよ……!』
『そりゃそうだ、俺とお前は親友だからな。俺はお前に助けられた。俺もお前を何回も助けてきた。そうやってここまで生き残ってきた。優勝者は一人とは明言されてないからな』
『だから無理だって……このゲームはそんなに甘くない……』
『そうやってすぐ諦めんのお前の悪い癖だぞ。ルールの設定はギル。そしてあいつの説明は適当だ。いくらでも裏をかける。今回もそうだ。諦めなければきっと道は開ける。俺と世売、そしてお前の愛しの彼女、水月ちゃん! 絶対に三人で生き残るぞ』
なんで……今こんなこと思い出してんだろうな。言い訳でもしたいのか。
「僕が殺したくせに……」
「頼む……見逃してくれ……!」
僕の前で恰幅のいい男がそう懇願する。前のデスゲームでも見た顔だ。覚えてる奴は全員調べた。邪魔をするならいつでも殺せるように。
「岡島武……大手芸能事務所社長だな」
「あ……ああそうだ……金はやる……いくらでも金を……!」
「金って……僕は優勝賞品として10億円もらってんだぞ。他に何かないのかよ」
「だ……だったら女を……理想の女とやら」
何か喚いている岡島の頭を撃ち抜く。デスゲームにおいて会話している時間が一番の無駄だ。
「命乞いしてる暇があれば戦えばよかったのにな……」
僕が拳銃を持っているとはいえ、体格はあっちが上。怪我もしていなかった。いくらでも抵抗できたはずだ。それでもしなかった。デスゲームを楽しんでいたくせに殺すことには慣れていなかったのだろう。他人に殺し合いを強要させておいて当事者になる覚悟がなかったのだろう。
「……クソが」
遠くで何回か爆発音が聞こえる。道中仕掛けておいた爆弾が起動したようだ。一定の間隔で散りばめられた爆弾。それらから逃げるルートは一つ。
「こっちだ! こっちに逃げるぞ!」
「いらっしゃい」
僕の手口を知っているだろうにまんまと誘導されてきた七人の男女。オーディエンスの中ではかなりの若い方だ。若手実業家の鎌田陸翔に貧困な若者を救おうと働きかけている今井静香。いじめられた経験をもとに各地で講演を開いている葦原歩夢までいる。
「拳銃の弾は六発。一人は生き残るぞ」
そう教えてやると七人は醜く争いだした。女たちが髪を引っ張り合い、男が女を蹴り飛ばし、罵詈雑言飛び交う地獄絵図。
「僕を殺せばいいだけだろうが」
一番簡単なルートをさっそく放棄した奴らを一人ずつ撃ち抜いていく。宣言通り弾は六発。残ったのは身体の性別は男だが心は女だと言い、男尊女卑をなくそうと語る由衣琴乃。
「よっしゃー! 生き残ったぜざまぁみ……!?」
「おつかれ」
残った一人の首にナイフを刺し、銃弾を装填する。さて、ここまでで121人殺した。あと何人残ってるかな……。
「リム、近くにいるだろ?」
「はい、世売様」
僕がそう呼びかけると木の裏からリムが飛び出してきた。
「残りの数は?」
「答えられませんね。そんなルール設定されてませんから」
「そうか。ところでお前も参加者なわけだが」
「やめろよ永瀬!」
リムにも拳銃を突きつけると茶髪までやってきた。手には大きなチェーンソーを持ち、全身が赤く染まっている茶髪が。
「その子……お前の知り合いだろ」
「そうだな。でもこいつは僕の邪魔をした」
「じゃあなんで俺を見逃したんだよ! あの時は俺が一番の邪魔だっただろ!?」
「はぁ……勘違いすんなよ」
茶髪に銃口を向け伝える。
「僕は別にお前を見逃したわけでも助けたわけでもない。お前の謝罪を受け入れたわけでもな。謝られただけで許すと思うか? お前の虐めのせいで僕は本当に死のうと思った。お前を撃たなかったのは邪魔にならないと判断したから。それだけだよ」
そう……ずっとそうだ。ずっと僕は言っているんだ。
「僕は普通の人生を生きたいだけなんだ。殺したくも死にたくもない。普通に友だちと遊んで彼女と笑って……それだけでよかったのに。なんで人殺しなんてしなくちゃいけないんだよ……!」
どうして秀吉を殺さなきゃいけなかったんだ。どうして水月を殺さなきゃいけなかったんだ。どうして僕は幸せになれないんだ。全部……このクソみたいなゲームのせいだ。運営も……オーディエンスも殺せば全部終わる……!
「茶髪……リムを連れてどっか隠れてろ。僕の邪魔をしないなら……これ以上誰も殺したくない」
そして僕は殺戮を続ける。親友と彼女に誓った普通の人生のために。もうこれ以上誰もこんなゲームに巻き込まれないように。僕は引き金を引き続けた。