第1章 第7話 親友
「ようこそ、デスゲームへ!」
目を覚ました僕の眼前を覗き込みながらそう口にしたのは黒タイツにオレンジのマントをつけたカボチャ頭の男、ギル。夢に出るほど脳裏にこびりついたデスゲームの司会者だ。
だが会場は初見。体育館のような広いフロアで、障害物は何もない。代わりのように二階の観覧席にはたくさん人がいる。僕でも知っているような国際組織の首脳陣に、テレビでよく見る有名人。様々な著名人が、僕の姿を見下ろしていた。そして僕の目の前には……。
「よぉ、永瀬」
一週間前僕が徹底的にシメた茶髪のクラスメイトがいた。
「第52回デスゲーム最終戦! その名もデスマッチ! ルールは簡単! 武器も何もないこの会場で、どっちかが殺されるまで続く単純な暴力! 勝者にはあらゆる願いを叶える権利が! 敗者には底知れない死が待っている究極決戦! さぁ、勝つのは345人を殺した伝説の殺人鬼か、はたまた期待の新鋭か! それじゃあゲームスタート~~~~!」
ギルの宣言にオーディエンスが一斉に沸き立つ。なるほど……確かに普段隠している拳銃は没収されている。その他武器になりそうなペンすらない。だからこそこんな至近距離で、何の防護壁もなくVIPが観戦できているのか。普段はカメラ越しかガラス越しだったももんな。リムが言うにはこれまでのゲームはあまり盛り上がらなかったようだし、急遽の打開策なのだろう。
「世売様ー! クラスメイトだからって躊躇しないでくださいねー! あんまりふがいない戦いしてるとギルの持っている拳銃で撃ち殺されちゃいますからねー!」
「…………?」
そしてそのリムは観覧席からオーディエンスに紛れて僕に声をかけていた。まぁ何にせよ……。
「よそ見してんなよ!」
「ぐっ……!」
迫ってきた茶髪の拳を受け流し、一度距離をとる。そう、何にせよ殺さなければ生き残れない。それはいつもと同じだ。
「聞いたよ、お前のこと。本当にデスゲームを優勝したんだな」
これまでのゲームで負ったのだろう。左目の下に大きな傷を作った茶髪が僕に声をかけてくる。そしてたった一度殴りかかられただけでわかった。あの躊躇のなさ、弱点への的確な攻撃……。既に人を殺したことのある奴の動きだ。
「俺も同じだよ。たくさん人を殺した……5人も。殺したから……今生きてる」
「桁が違うな。僕はプラス340人だ」
「命は数じゃねぇよ!」
「ごもっとも!」
茶髪の拳を、蹴りを。避ける避ける避ける。一週間前はそれでよかったし、反撃する隙もあった。だが今は……。
「悪いな、これでも昔空手習ってたんだよ!」
「っ……!」
茶髪の蹴りがみぞおちに入り、僕の身体は大きく後ろに吹き飛ぶ。痛い……苦しい……死ぬ。こんなのは初めてだ。
「おいしっかり戦え永瀬世売! 俺はお前に賭けてんだぞ!」
どちらが勝つか賭けてるのだろう。オーディエンスの一人が罵声を浴びせてくる。だが無茶を言わないでほしい。僕が前回のデスゲームで優勝できたのはルールがあったからだ。武器があったからだ。一方的に先手で殺せたからだ。こんな生身だけの殺し合いなんて初めてだし、まともに身体的ダメージを受けたのも初めて。それにただの陰キャが体格も上の武道経験者に勝てるわけがないだろう。
「こっちはクラスメイトの惨めな殺し合いを楽しみにしてたってのにここまで一方的だと興覚めだ」
「まったく……まさかクラスメイトだからって手加減してるんじゃないだろうな」
「あの永瀬に限ってそれはないだろう。自分が生き残るために親友を手にかけた冷徹な男だぞ?」
「確かに。じゃあなんであそこまで劣勢になってるんだ?」
戦局も何も読めてない、素人の観客が好き勝手に物を言う。単純にスペックで押し負けてるだけなんだけどな……。
「……お前も、親友が死んだのか」
攻撃が止み、茶髪が僕を見つめる。単純な敵意でも、純粋な殺意でもない。様々な感情が入り混じった瞳で。
「お前と一緒にすんな。死んだんじゃない。殺したんだ。僕が、殺した」
そう……あれはセミファイナル。生き残った30人での殺し合い。必ず一人殺さなくてはいけないルールで……僕は親友を殺した。
「秀吉って言ってな……いい奴だったよ。いつも明るくてみんなを笑わせて誰からも好かれて……僕なんかにはもったいない親友だった」
森の中でのサバイバル。僕は徹底的に避けられていた。誰もが当たりたくないジョーカー。誰かと出会うことすらできなかった僕が最後に見つけたのが秀吉だった。もう既に一人殺していて条件を達成していた秀吉は僕を手伝おうとしてくれた。そんな秀吉を、僕は撃ち殺した。
「永瀬……お前、本当は誰かに裁いてほしかったんじゃないのか?」
無機質な床に雫が垂れる。それを零したのは僕ではない。僕を殺さなくてはならないはずの茶髪だった。
「殺さなきゃ殺されるとか言い訳をして……自分を殺してもいい理由を作って……殺されたかったんじゃないのか? 罪悪感に耐えられなくて……とっくに心が壊れてたんじゃないのか……?」
静かに涙を零しながら語る茶髪の姿が、あいつと重なる。最期まで僕のことを気にかけてくれたあいつに。
「お前に何がわかるんだよ……」
「俺だからこそわかる。デスゲームを生き抜いた俺だからこそ……。ずっと言いたかったことがある。デスゲームに参加した時からずっと……。俺は知らなかったんだ。人が死ぬっていうのがどういうことか、死ねって言うのがどれだけ残酷なことか……。何も知らずに、俺はお前を虐めていた」
茶髪の頭が、垂れる。
「虐めていてごめんなさい」
心からの謝罪と共に。
「俺はお前を殺すよ。生き残るために……お前を許すために。もう疲れただろ。お前の気持ちは全部俺が受け取った。お前の分まで生きるから。だから……!」
「……気が変わった」
茶髪の蹴りを身体で受け止め、僕は大きく吹き飛ぶ。
「ぐえっ」
こんな殺し合いを強要するギルの元へと。
「ちょっとー! 蹴り飛ばす方向は考えてほしいなー!」
「いや俺……そんな方向には……」
俺の身体とぶつかり床に倒れたギルがカボチャ頭を直しながら文句を言う。
「感動的なくだらない話はいいからさっさと殺し」
「ああ、お前をな」
そして僕はその頭を、拳銃で撃ち抜いた。
「ルールはどっちかを殺すまで終わらないデスマッチ。それって茶髪かギルのどっちかって意味だろ? だって僕が殺されるわけがないし」
銃声の後静まり返るフロアにちょっと苦しい言い訳を述べる。当然それに納得するわけがない。
「ふざけんな! これはお前ら二人の」
初めに怒鳴ってきた大手携帯会社の社長の頭を撃ち抜く。ステゴロに自信はないが、エイムはちょっとしたものがある。ここから誰でも好きな奴を殺すことができるだろう。
「何をやってるスタッフ! 早くあいつを殺せ! 奴隷が主人に逆らっていいと思ってるのか!?」
「きゃははっ。いいんですかー? そんなこと言って。殺意を向けたら殺されても文句言えないですよー?」
突然の命の危機に狼狽えるオーディエンスがリムにそう命じたが、彼女は従わなかった。そもそもギルが拳銃を持っていることを教えてくれたのがリム。おかげでギルとぶつかった時に拳銃をくすね、このゲームを終わらせることができた。
だがおかしい。リムはデスゲームのスタッフ。デスゲームのために生まれ、デスゲームのために育てられ、その意志はデスゲームのために捧げられるはずだ。当然僕が武器を手に入れたらこうなることはわかっていた。それなのに伝えたってことはこれが運営の目的なのかはたまた……。いや、今はどうでもいい。
「どっちかを殺した以上僕が優勝。ゲームは終わり、あらゆる願いを叶える権利を二つ手に入れた。そしてその内の一つを今使う。僕がいいと言うか死ぬまでこの無人島から出ることを禁止する」
さて、有言実行。僕を邪魔したんだ。その責任は取ってもらわないとな。
「ただいまより第53回デスゲームを開始する。参加者はこの場にいる全員だ。死にたくなければ僕を殺してみろ。お前ら傍観者ができるもんならな!」