第1章 第6話 流行
「どうして……助けてくれなかったの……?」
暴力的な爆音でクラスを支配した景色坂が詰め寄ったのは、僕のすぐ近くにいたメガネの女子生徒。元々の数少ない友人で、ギャルたちに無視を強要され従った二人。もう拡声器は必要ない。彼女の声で充分届いている。
「ごめんね……でも……しょうがないじゃん……」
「そうだよ……だって従わないと……私たちまでいじめられちゃうんだから……っ」
景色坂の言葉に無罪を主張する二人。気持ちはわかる。悪いのはいじめを強要した奴ら。この二人も被害者の側面がある。気持ちは……よくわかる。でもやられた側には関係ない。
「最低……っ。絶対に……許さないから……っ」
ここまで強気な言葉が言えたのは、ギャル共をねじ伏せて気が大きくなったからか、僕のが移ったからか、全てが本心なのか。僕にはわからないが、そう吐き捨てると景色坂は僕の方へと歩いてきた。
「……いきましょう」
「……そろそろ午後の授業始まるけど?」
「そっか……そうですよね……」
僕と一緒に教室を出ようとした景色坂は踏みとどまり、一度俯く。僕と景色坂は別のクラス。ここからは一人で生きていかなければならない。
「じゃあ……また後でね……っ」
それでも景色坂は笑った。僕に再会の言葉を告げて。
「ああ……また後でな」
僕もその言葉に作り笑顔で頷き、彼女と別れる。行き先は隣のクラスではないが。
「コンコーン。いいんですかー? 午後の授業始まりますけどー?」
「……いいんだよ」
いつものように指でキツネを作りながらついてくるリムに適当に言葉を返しながら想う。あの友人の二人のことを。
しょうがない。裏切らなければ彼女たちもまた虐められていた。そう、しょうがないんだ。生き残るために殺すのは、しょうがないこと……。
「景色坂に顔向けできないな……」
頭ではわかっていても、心が受け付けない。醜い決断を。僕も下した、友人を裏切る決断を。どうしても納得することができない。生き残るためには仕方のないことだと割り切っているのに……正しかったのかどうか、今でも……。
「景色坂さん、陰気で芋くさい子かと思ってましたけど笑うと結構かわいいですね。でも気をつけてくださいよ? ああいう男にだけはいい顔を見せるタヌキみたいな女に騙されちゃダメですからね?」
「ああ……そうだな」
「まぁ騙すといったら、キツネの方が格上ですけどね」
「……は?」
人気のない校舎裏についたところで、腕にわずかな痛みが走った。
「ずっとこの時を待ってましたよ。あなたが鈍ってくれるのを。私なんかの実力じゃあなたには敵いませんからね。あなたのトラウマが刺激されるのを……待ってました」
いつものキツネポーズをするリムの指には。既に空になった注射器があった。
「お……前……!」
「安心してください。ただの睡眠薬です。ま、普通のじゃないですけど」
次の瞬間僕はリムに殴りかかっており、それより早く脚から力が抜けて地面に倒れていた。
「きゃはははは! ダメですよー世売様。弱点そんなに丸出しにしちゃ! だってしょうがなかった! 彼女と親友を殺さなきゃ生き残れなかったですもんねぇ?」
「こ……ろす……。殺してやるぞリム……!」
「大丈夫ですよぉ、これをした時点でその覚悟はできてます。でもこれも仕事なんで。しょうがないですよねぇ?」
「ク……ソがぁ……っ」
身体に力が入らない。意識が薄れていく。完全に油断していた。警戒を緩めていた。人を殺した以上、いつ誰に殺されても仕方ないというのに。
「記念すべき第50回を終え、さらに盛り上げるために過去最高規模で行われた第51回デスゲーム。それも終わって通常の十数人規模に戻したんですけど……オーディエンス的には微妙みたいで。いまいち盛り上がりに欠けてるんですよねー。ま、自業自得ってやつです。あなたの生き様がそれだけ皆様を刺激したんですよ」
「…………」
「あなたにはこれからデスゲームの最終戦に参加してもらいます。もちろん生き残れば優勝賞品はあげますよ? あらゆる願いを叶える権利。ま、51回の願いは保留になってますけどね……きゃはは」
そう。僕は願ったんだ。普通の人生を。あいつらの……分まで。
「水月と秀吉の分まで生きるって……僕は誓ったんだ……っ」
「きゃはははは! もしかして期待してましたぁ? このまま普通に生きられるって! 景色坂さんと友だちになって、恋愛に発展したりして! そーんな普通の人生を歩めると夢見てましたかぁ?」
……相変わらずリムの笑い声は耳に響く。本当に耳障りだ。
「そんな現実恋愛誰も望んでないんですよ! オーディエンスが期待しているのは不幸渦巻く復讐の連鎖! 自業自得でざまぁな殺し合いこそが、オーディエンスの求める作品なんですよ!」
地面に倒れる僕を見下ろしながら、リムは叫ぶ。
「どうしてニュースで不幸な事件が語られるのかわかります? 人は不幸を望んでいるからですよ。どこぞの知らない誰が殺されたってどうでもいいはずなのに、連日ワイドショーでは長時間楽しそうに垂れ流す。理由は単純、それが受けるからです。不幸こそ、死こそエンターテイメント! これ以上ない最高の娯楽! 人はそういうゴミみたいな生き物なんですよ、世売様」
……そういう側面もあるのだろう。どうでもいい。どうでもいいんだ、そんなこと。今大事なのは……。
「いいんだな……お前ら運営の選択はそれで……。誰の邪魔をしてるかわかってるんだよな……!?」
僕は既に忠告している。何度も、何度もだ……!
「殺すぞ……お前ら運営を全員残らず殺してやる……!」
薄れゆく意識の中そう宣言する僕を。
「ええ……期待してますよ、世売」
何かが優しく抱きしめた。
第1章クライマックスになります。あと数話お付き合いください。
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