第1章 第5話 声を上げろ!
「あれが君をいじめた奴らか」
さっさと弁当を食べ終え景色坂と共に隣のC組に行くと、下品で大きな笑い声が聞こえてきた。僕の席と同じ窓側最後尾の机に腰を掛け馬鹿みたいに笑う女三人。見るからに一軍。見るからに陽キャ。見るまでもなく、僕や景色坂のような陰キャをいじめているようなタイプだ。
「うん……。いつもあの私の席を占拠してて……居場所がないの……」
屋上の柵の外にいた時よりも暗い表情をした景色坂がそうつぶやく。なるほど、状況は理解できた。こういう状況は、よく知っていた。
「じゃ、がんばれ」
「た……助けてくれないの……?」
「僕が全部終わらせていいのなら」
「全然……いいけど……」
「いいんだな?」
「ぅ……わ……私が……がんばります……」
C組に入ったところで立ち止まった僕を置き、景色坂がギャル共に近づいていった。
「その席……私の席だから……どいてください……っ!」
景色坂の絞り出したような裏返った声が教室に木霊する。焚きつけた僕も驚くような大声。しかも絶対に大きな声を出せないような景色坂が出したんだ。昼休みの喧騒に溢れた教室が一気に静まり返り、全ての視線が声の主を見つめる。
「でさー!」
「マジ!? 笑えんねそれ!」
「やっばー!」
だが当のギャル三人が景色坂を無視して会話を再開したことで、また喧騒が元に戻る。
「どいて……ください……!」
「そうそうそんでねー!」
「私の……だから……」
「やばすぎ! 超ウケんね!」
「おね……がい……」
「だりー! んでさぁ!」
景色坂の行動は無意味だった。どれだけ大きな声で、何を言っても。ギャルたちは一貫して無視を続ける。初めこそ大きかった声も無意味さを知ると次第に小さくなり、もう既に彼女たちの笑い声にかき消されてしまっている。
「ねぇ……かわいそうじゃない?」
「しょうがないよ……話しかけたら私たちまでいじめられちゃうもん」
景色坂の無様な敗北を黙って見ていると、廊下側の席で眼鏡をかけた二人の女子が小声で話しているのが聞こえた。おそらくこの二人が元いた景色坂の友人。あいつらに脅され、景色坂を見捨てた奴らだろう。
「そうだね……しょうがないよね。桜ちゃんには悪いけど……」
「それに無視とかなら大丈夫でしょ……いじめにはならないって」
「コンコーン! 言われたもの持ってきましたよー」
依然変わらず黙っていると、この学校の制服を着たリムが頼んできたものを持って僕の背中を叩いた。
「にしてもこんなの何に使うんですかー?」
「これを使う理由なんて一つだろ」
諦めて戻ってこようとしている景色坂に、僕はこれを投げ渡す。そしてそれを受け取った景色坂は、再び叫ぶ。
「その席私の席だから! どいてーーーーっ!」
拡声器で通した超爆音で。
「ぎゃーーーー! な、なにやってんだクソが!」
無視を貫き通していたギャルたちだが、これにはさすがに反応せざるを得なかった。
「人間の五感の中で一番大切な感覚は聴覚だ。視覚は目の前のものしか見えないし、嗅覚は遠くの匂いまでは嗅ぎ分けられない。その点聴覚は全方向の情報を、瞬時に確実に手に入れられる」
それを実感したのはデスゲーム初戦。活かしたのは2回戦の出来事だった。
デスゲーム2回戦。その内容は、サバイバル。五日間無人島の中で食糧すら与えられない状態で生き抜けというものだ。ただし人を殺せば、一人につき一日早くクリアできる。
誰も殺さなくても命かながらクリアできるゲーム。だが殺せばその分早く、確実に生き残れる。僕はこのゲームを一時間でクリアした。一時間で五人を殺害したのだ。その時の何よりの武器が音だった。
殺す必要のないゲーム。だが誰が裏切るとも知れない。神経は過敏にならざるを得ないだろう。そこに発砲音。逃げる。動きをコントロールできる。逆に追い詰めることができた。そして何より……。
「そうだ……叫べ」
いいんだよ、叫んだって。声を上げたって。僕も景色坂も陰キャなのかもしれない。クラス中からいじめられて当然の人間だと思われているのかもしれない。だがそんなこと、関係ない。
「マジなんなんあいつ……」
ギャルの内の一人が仲間を置いて教室を出ようとこちらに近づいてきた。
「入口に突っ立ってんじゃねぇよじゃまくせぇ!」
「邪魔で何が悪い?」
耳元で爆音を聞かされ気が立っているのだろう。僕を口汚く罵ってくるが、相手が悪い。
「邪魔だから排除するか? したいのならすればいい。力ずくでな」
「っぜぇな陰キャが!」
幸いにも状況は一週間前と同じ。注目は声の主、景色坂へと集まっている。故にこれは、誰にも見られていない。
「悪いけど僕は男女差別しない主義なんだ。老若男女関係なく、邪魔なら殺す」
「がっ……!?」
僕を突き飛ばそうとした女の手を払い、無防備な腹に蹴りを入れる。僕が非力とはいえ相手は女子。非難は必至だろう。知ったことじゃないがな。
「……うっざ! 格を考えろクソ底辺が! あたしはカースト頂点! お前も景色坂もいじめられてるような最底辺なんだよ! 身分の差を考えろボケカスがぁ!」
「だったら殺してみろよ女王様。できないのなら僕の勝ちだ」
どれだけいい人でも。どれだけ身分が高くても、人は殺されれば死ぬ。生死において貧富の格差など存在しない。どこまでも平等だ。
「お前がイキれてるのは周りを黙らせてきたからだ。でもこれからは違う。景色坂は叫び続ける。黙らせたいなら全力で殺せ。じゃなかったら殺されるぞ。こんな風に」
「もうこれ以上……いじめないでくださーいっ!」
「っ……!?」
僕に蹴り飛ばされ床に這いつくばる女の耳元で景色坂は叫ぶ。言葉の内容なんてどうでもいい。暴力的な爆音が奴の耳を突き刺し、そのまま顔を伏せて動かなくなる。つまり景色坂の勝利だ。
「そうだ。叫んでいい。抗っていいんだよ。僕たちだって、生きていいんだ」
僕も景色坂も、虐めに屈していた。暴力に負けていた。だがそれは当然のことではない。勝ち残れば生き残れるんだ。
「がんばったな、景色坂」
「……うん。私……がんばった……っ」