第1章 第4話 虐げられてきた者たち
「……くんと……史郎くんが行方不明になりました。何か知っている人がいたらすぐに教えてください」
朝のホームルームで教師が行方不明になった二人の名前を口にする。だが遅すぎる。二人が消えたのは一週間前の出来事。そして茶髪はデスゲームに参加させられ、史郎はもうこの世に存在しない。そのことを知っているのはこの世でわずか。デスゲームの運営とオーディエンス。そして犯人の僕だけだ。
そう。元の世界に帰ってから一週間が経った。その間特に何もなかった。朝起きて学校に行って放課後はマンションに帰ってリムと一緒に夜の時間を過ごす。その繰り返し。ある種退屈な日常。だがこれが、僕の求めていたものだった。
普通の人生。そう、普通の人生だ。僕が復帰した途端二人が消えたことに何かを感じたのかいじめはパッとやんだし、友人はいないが図書室の本は暇を潰すとはとても言えないくらいに魅力的だった。
殺されなくていい。殺さなくていい。その当たり前で、普通な生活が何よりの幸福だった。
「……あ」
「こ、来ないでください……!」
そんなある日の昼休み。リムが作ってくれた弁当を食べるために屋上の扉を開けると、女子生徒がいた。転落防止の柵の外側に。
「……自殺か」
「……私は永瀬くんみたいに強くない。もう……限界なんです……っ」
飾り気のない長い黒髪を風になびかせながらそう吐く女子生徒。僕の名前を知っている。だが名前は当然わからないにしても、顔も見たことがない。うーん……。
「ごめん、君は誰?」
「そうですよね……私のことなんか知らないですよね……」
危険な場所に立ちながら暗くため息を吐くように自嘲する女子生徒。そして自分の素性をつぶやくように語りだした。
景色坂桜。僕と同じ2年生で、隣のC組の生徒らしい。
彼女は元々目立たない生徒だった。いつも教室の端で本を読み、友だちは数人、話す程度。地味ながらも普通な学生生活を送っていたようだ。
それに陰りが見えたのは進級時。新たなクラスになった時のことだった。何も変わっていない。何もしていない。だがいつも隅で本を読んでいる彼女の姿が、新しいクラスメイトの1軍女子の琴線に触れたらしい。
そこから始まったいじめ。陰口を叩かれ、物を隠され。数少ない友人も無視するよう強要され、望まない孤独の日々。
「元々一人は好きだったけど……でも一人でいるのと一人にされるのは違う……。全然……違うんです……!」
その日々が3ヶ月続き、ついに限界に達した景色坂は決めたそうだ。この人生を終わらせることを。
「永瀬くんはすごいですよね……私よりずっとひどいいじめを受けてるのに戻ってきて……。私には……無理です。メンタルがクソ雑魚なんですよ。ほんとどうしようもない……ゴミみたいな人間なんです。だから放っておいてください。もう全部捨てて……楽になりたいんです……!」
ここで僕も死にたかった。僕も死のうとしていた。そう真実を教えることに意味があるのだろうか。意味はあるだろう。君より辛い僕がそれでも生きようとしてるんだよ。だから君もがんばろうって、自虐風マウントを取ることができる。くだらなすぎてする気もないが。僕にできることはただ一つ。
「死んでも楽にはならないよ」
もう一つの真実を教えてあげることだけだ。
「いや、実際は楽になるのかもしれない。死んだことはないからわからないけど。でも死にそうになったことは500回以上あるし、実際に死んだ人は1000人近く見てきた。だから言える。みんな、苦しそうだったよ」
「なにを……言ってるんですか……?」
「自虐風マウントだよ。偉そうに好き勝手に自分が満足するためにマウントを取っているんだ」
遠くにいる景色坂にゆっくりと近づく。至近距離になってようやく気づいた。彼女の脚が震えていることに。涙の跡が顔に残っていることに。鏡で見た昔の僕と同じ顔をしていることに。
「はっきり言う。僕は君が死のうが生きようがどうでもいい。僕の人生には関係ないからな」
「ですよね……だから……!」
「でも自殺という行為は気に入らない。人は屋上から落ちたら簡単に死ぬ。でも命はそんなに軽くない。泣き叫んでも、仲間を売っても、尊厳を捨ててでも守るべき一番大切なものなんだ」
「だ……だから死ぬんじゃないですか……。私が死ぬことで……私をいじめた人たちが苦しんでくれたら……」
「死ぬことに意味を見出してんじゃねぇよ!」
「ひっ」
思わず飛び出た叫び。それに驚いた景色坂がバランスを崩す。
「たすけ……」
「……死ぬのは怖いだろ」
地の底へと傾きかけた景色坂。強く伸ばした彼女の手を掴み、引き寄せる。生き残る世界へと。
「もう一度言う。君が死のうが生きようがどうでもいい。僕が手を貸すつもりはない。だから死にたくないなら勝ち残れ。他人を殺してでも」
これは強がりではない。本当にどうでもいいんだ。僕以外の人の生き死になんて。
だから放っておけなかった。1ヶ月前の。デスゲームに参加する前の僕と同じ顔が自ら死を選ぶのは。
「私……死にたくありません……。でも私一人じゃ……なにも……」
「だから言ってんだろ。他人を殺してでも勝ち残れって。誰かに迷惑をかけてでも生き抜けって」
「……私を助けてください。ううん……助けなかったら……殺す……!」
「そりゃ怖い。殺されたくないから教えてやるよ。この世界っていうデスゲームの生き残り方を」
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