第1章 第3話 死ぬということ
「世売様ー、早く殺してくださいよー」
「無茶言うなよ。見ての通り僕はこんなに非力なんだよ?」
「ぁぁ……ぅぅ……」
地面に横たわる茶髪を見下ろしながらリムに言葉を返す。
「なんで……お前みたいな陰キャがこんなに……!」
いまだに強気な瞳が俺を睨みつけているが、もうこいつにまともな抵抗はできないだろう。別にたいしてボコったわけでもないんだけどな……たぶん殺し慣れしてないんだろう。いや、普通喧嘩慣れか。わずかでも身体が動くなら抵抗しなくてはいけないのに、こいつにはその気概がない。死んでも生き残ろうという覚悟が感じられない。僕は殺すって言ってるのにな。
「どうして……俺があんな奴に……!」
「きゃはははは! まーだわかってないんですねこの人。誰に喧嘩売ってるのか」
「おい……」
人の心を持たないリムが傷つき倒れた茶髪に近づいていく。
「永瀬世売様は総勢1000人のデスゲームを勝ち抜いた超最悪の殺人鬼なんですよ?」
「デス……ゲーム……?」
「過去最高人数の1000人で行われた第51回デスゲーム。ゲームの内容は様々。頭を使ったものや、シンプルな殺し合い。欺き裏切りたった一人の生者を決める最高にリアルでスリリングなゲームですよ!」
「なに……言って……!」
「世売様の活躍はすごかったですよ? なんと約3割! 345人もの人間を殺した最強の殺人鬼! 身体能力はよくて下の上。頭脳も特筆すべき点はない。それでも世売様は勝ち残った。生き抜いた! まさに天性の才能っ! 殺人に一切の躊躇がなく、生き残るためには親友や彼女すらも殺す冷徹さ。きゃはは! そんな最低最悪の殺人鬼に喧嘩売っちゃったんですよぉ? かーわいそ! さ、世売様。その腕前を見せてください!」
「…………」
……はぁ。喧嘩売ってんのはどっちだって話だよ。
「気が変わった。殺すのはやめだ。僕の邪魔をしないのなら見逃すよ」
「はぁ!? どうしてですか世売様! 私デスゲームのことしゃべっちゃいましたよ!?」
どうしてって……人を怒らせるようなことを言っておいてよくそんなことが言えるな。
「あのな、僕はいくら怒っても人は殺さない。ましてや君を殺したところで代わりのスタッフが来るだけだしな。僕の邪魔をしなければ殺さないよ。でも自分の立場は弁えろよ。誰が誰を殺すのかを決めるのは君じゃない。全部僕が決めるんだ」
「そ……そんなぁ……」
リムががっくりと項垂れるが知ったことではない。別に僕とリムは友だちでもないし助ける義理はない。僕の敵のデスゲーム運営側の人間だ。どうして肩を持つ必要がある。
「史郎はな……いい奴だったんだよ」
リムに視線を向けていると、足元から声がした。
「いつも明るくてみんなを笑わせて誰からも好かれて……俺の親友だった……! お前みたいなクズに殺されていいような人間じゃねぇんだよ!」
茶髪が立ち上がり、僕を睨みつける。そのみんなに僕は入ってないんだななんて思うより先に疑問が浮かぶ。どうしてこいつはまだ喋ってるんだろうな。動けるなら殺せばいいのに。
「で、君は僕の邪魔をするの? しないの?」
「するに決まってんだ……」
「あぁそう」
言い終わる前に茶髪の首に拳を叩きこむ。その衝撃で後ろに倒れた茶髪は苦しそうに喉を抑えながら悶える。だから喋る前に僕に襲い掛かればよかったのに。まともに喧嘩したら僕なんかが勝てるわけないんだから。
「本当なら今すぐにでも殺してるところだけど、今はリムに腹が立ってるからな。もう一度聞く。死にたいか、死にたくないか。選べよ」
「史郎は……史郎はなぁ……!」
「あのさぁ……その史郎くんが僕のことを殺そうとしたんだよ? だったら殺すしかないわけじゃん。僕だって死にたくないんだから」
「あんなの……普通に考えたら冗談だってわかんだろ……!?」
普通……か……。普通のことはよくわからない。普通になるために僕は今ここにいるんだから。まぁでも……。
「気が変わった」
僕は茶髪の髪を掴んで転がす。史郎が入った死体袋の前に。そして見せつけた。鼻が折れ、眼球に砂が入り、歯が欠けた史郎の死体を。
「おえぇ……!」
「死ぬってことはこういうことなんだよ。冗談だかなんだか知らないけど、人に死ねって言うってことは、人にこうなれって言ってることなんだ」
なぜか吐き気を催している茶髪の前で、死体袋から完全に史郎を取り出す。そして顔を踏みつけてみせた。何度も、何度も。
「やめ……ろぉ……!」
「なんで? これは君の知ってる史郎じゃない。ただの動かない死体だ。もう終わった命なんだよ」
「人の死を……何だと思ってんだよ……!」
「死んだ後のことを考えても仕方ないだろ。こうなったら終わりなんだから」
そう。こうならないために僕は勝ち抜いたんだ。生き残ったんだ。
「デスゲームでたくさんの人を見てきたよ。有名な社長、小学生、現役アイドル。どれだけその人の人生に価値があったとしても関係ない。死んだらただの物だ。社長は銃弾の盾にされたし、小学生は食糧にされたし、アイドルは性欲の捌け口にされた。尊厳なんてあるわけない。なんせ死体には人権がないんだから」
ああなったら終わりだ。死んだら全部おしまいなんだ。
「君にとって史郎はいい奴だった。でも僕にとっては敵だった。それだけの話だ。個人の善悪や倫理観なんてゴミ同然。生きるためには殺すしかない。それがデスゲームだ。それがこの世界だ!」
最後に力強く史郎だったものの顔を踏み潰し、告げる。
「人に死ねって言うってことは、こうなる覚悟をしろってことだ。死ぬ覚悟も殺す覚悟もない奴が無責任んに死ねなんて言ってんじゃねぇよ」
「やったー! 助かったー!」
僕の言葉にかぶせるように、リムが声を上げる。
「それ、殺さないなら私にください。次のデスゲームの参加者にします。その許可取れました!」
「好きにしろよ。僕の邪魔ができなくなればそれでいい」
茶髪の顔面を蹴り飛ばし、リムへと引き渡す。その瞬間にはリムの隣に何人ものスタッフが並び、茶髪を確保しようと待ち構えていた。
「……覚えてろよ」
スタッフたちに連れられながら、茶髪は小さく。それでいて強く口を開く。
「必ずお前を殺してやる。絶対に……絶対にだ!」
「デスゲームに優勝して帰ってこれたのなら。僕が相手してやるよ」
そしてまた一人、僕の前から邪魔者が消えた。