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友達の妹が、入浴してる。(短編)

作者: つきのはい

「モテ自慢はもういいって」


 県立三條(さんじょう)高校に通う二年、藤堂(とうどう)夏弥(なつや)はその日の昼休みもうんざりしていた。


 ため息まじりにそう応えたのは、彼の唯一の友達、鈴川洋平(すずかわようへい)の顔面偏差値の高さを重々理解しているからだった。


 この洋平という男子は、夏弥と小学校からの幼馴染で、もう十年近い付き合いになる。


「いやー、そんなつもりで話してんじゃないのにな~」


 軽い口調。ナチュラルパーマでオシャレにヘアアレンジしたその茶髪を、洋平は片手でさり気なくいじっていた。


 洋平は、いわゆる一般的な学力偏差値の方でも高い水準をキープしていた。

 けれど、校則の緩い高校だからという理由でこの学校を選んだらしかった。


 一方の夏弥はといえば、お世辞にも高い学力を持ち合わせているわけじゃない。

 ただ自分に相応だろうと選んだ高校が、たまたまこの三條高校だったというだけだ。


 その上何の腐れ縁か、結局また二人は中学時代と変わらず同じクラスメイトとして日々顔を向き合わせる事になっていた。


「なぁなぁ、夏弥さー」


「……何? 今度は誰にコクられたんだよ? あ、それかストーカー被害か?」


 夏弥としては、その手の話題の前振りにとても敏感である。


 この色っぽいイケメンの口から、いつ非モテの自分に対する精神攻撃が始まるのか常に警戒心を張っていた。

 それはもうサバンナを生き抜くトムソンガゼルもかくやというほどに。


「違うってー。うちのアレの話だよ、アレの」


「アレ」


 幼馴染だし腐れ縁だし、唯一の友人という事もあって、洋平の用いた代名詞が何を指しているのか、夏弥にはおおよその見当がつく。


「ああ、美咲(みさき)ちゃんか?」


「そう、それ」


「いやもうさすがに慣れろよ。俺の方はすっかり慣れたぞ?」


「俺にはちょっと無理っていうか……それに、妹と同居だなんて知られたら、モテ度に影響するし、彼女出来ても家に呼べないっつーか」


「そうか……? 俺の妹なら全然干渉して来ないし、問題無いと思うけど。そっちの妹は違うのか?」


「お前んとこの秋乃(あきの)はいいよなぁ~。基本、我関せずって感じじゃん。美咲の奴、ほんとに女子連れ込むとうるさくって……」


 そう。美咲というのは、このイケメン高校生、鈴川洋平の妹であり、秋乃というのは、こちらの今ひとつ冴えない高校生、藤堂夏弥の妹の事である。


 夏弥と洋平は、高校二年に上がってから間もなく、それまで一人暮らしだった家でそれぞれ自分の妹と同居する事になったのだ。


 進学先の高校選び。一、二年のクラス分け。

 さらにはプライベートの境遇に至るまで、どこまで似つけば気が済むんじゃいといったシンクロっぷりだった。


「まぁ、これに懲りてあんまりホイホイ女子を家にあげないこったよ」

「そんなぁ~。夏弥様……ぐぐ……この世界に、神はおらんのか……?」

「居てもイケメン君には手を差し伸べません」

「なぜじゃあ! なぜ神はイケメンに優しくないんじゃ!」

「スタートからベリーイージーモードだろうが! こっちはノーマル、いや若干ハードモードだぞ? 遠慮を覚えなさいよ遠慮を」

「なんとかこの窮地を脱せないのか」

「まだ言うかね……」


 さすがの夏弥も、妹を疎ましく思い過ぎている洋平に辟易しつつあった。


 夏弥自身、洋平のように妹と暮らし始めているが、今のところ特に問題は無かった。

 強いて問題をあげるなら、夜の自家発電の頻度が減った程度である。

 一人暮らしなら余裕だった。


 いや、発電行為に限らず、好きな時に晩御飯を食べ、好きなテレビ番組を観て、好きなタイミングでお風呂に入れる。それらが全て叶っていた。


 だがそれも、妹の秋乃と同居をスタートした事で全てぶち壊しになってしまった。


 夕食の時間も、テレビ番組も、お風呂に入る時間さえも、二人暮らしには二人暮らしの気遣いというものが発生する。


 ただ問題にあげるほど困っているわけじゃない。

 さっき彼は洋平に「すっかり慣れたぞ」と発言したが、つまりそれを問題と認識するほどの嫌悪感は抱いていないのである。


 そんな風に、夏弥が高校一年の時の暮らしぶりを思い返していた、その時だった。


「――あっ、そうだ」


「うん? どうしたんだ、イージーモードの洋平君」


「交換してみない?」


「は? ……何、ん? どういう事だ?」


 夏弥は、目の前でウキウキしている洋平が、何を提案しているのかさっぱり理解できなかった。


「妹の事だよ。俺達、お互いに一つ年下の妹がいるだろ?」


「ああ。奇しくもな」


「だから、お互い妹を交換して、同居してみようって言ってんだよ! 俺は秋乃と生活するから、夏弥は美咲と暮らしてみてくれないか?」


「はぁ?」


 夏弥の生まれてこの方一番の「はぁ?」が口から出る。


 景気の良い屁のようなその返しに、至って洋平は真面目ですと言わんばかりの瞳をしていた。



◇ ◇ ◇



 洋平と夏弥の妹達もまた、偶然県立三條高校に通う一年生だった。


 四者全員同じ学校という好都合を活かし、洋平はすぐに行動に出た。


 その日の昼休み、洋平は夏弥の首根っこを掴むと、廊下を引きずり回す勢いで一年生の教室を回った。無論、二人の妹を説得するためである。


 意外にも説得は滞りなく進んだ。


 鈴川兄妹は互いにいがみ合っているというし、夏弥の妹である秋乃も、別に同居人が変わろうと気にしないといった様子で。


 そして、強引にも今回の馬鹿げた提案を実行するに至ったのである。


 ただし、妹達は口を揃えて「移動するのめんどくさいし、言い出しっぺが動いてね」とだけ条件を提示してきていた。


「これで万事オーケーだ。俺のユートピア復活も容易なもんだわ」


 二年の教室に戻りながら、洋平は喜びの舞をそこで披露していた。

 有頂天に服を着せたらこんな感じだろうか、と夏弥は少し冷ややかな眼差しを向けていた。


「……あのー、洋平君、悪いんだけど」


「え? 何? 俺、今とんでもなくハッピーなんだけど?」


「御三方の合意形成は出来ただろうけど、はてさて俺の意見は?」


「あ~、今日からついに美咲とお別れかぁ! 早速今日誰かと遊ぼうかなぁ~」


「あの、だから、俺のいけ――「やぁ~俄然やる気になってきたわ! 日々の活力に繋がるっていうかね? うんうん。いやぁ、感謝してるぜ相棒! イチャつくためには我関せずな妹君(いもうとぎみ)が一番さ。あんな小姑みたいな妹はいらないんだよなぁ」


 夏弥の意向より、自分の心の高ぶりに浮かれ騒ぐ洋平だった。

 もはや理性ではなく、本能にハンドルを握られてしまっているのだろう。


「はぁ。まだ五月だぞ? 進級早々プライベートでもクラス替えかよ」


「じゃ、はいこれっ」と、夏弥が手渡されたのは小さな銀色の鍵だった。


「おいおい、マジなのか?」


「冗談で昼休み妹達に会いに行かないだろ?」


 夏弥も多少見覚えがある。この鍵は、洋平が現在暮らしているアパートの鍵だ。


 鍵の譲渡により、イコール今回の話が酔狂な冗談や嘘っぱちなんかじゃないという事実が、そこにありありと現れているようだった。


「にしてもキーホルダーの趣味……」


「可愛いっしょ? 元カノのプレゼント♡」


「洋平は元カノのプレゼントを取っておくタイプと。いや? 女々しくも過去を引きずるタイプだと」


「物は大事にするタイプだと言ってほしいね。別に夏弥、クマは嫌いじゃないだろ?」


「まぁいいんだけどさ、なんでも」


 洋平の部屋の鍵は、至ってシンプルなツキノワグマのキーホルダーが付けられていた。リアル志向なのか、モン〇ンのフィギュア並みに毛並みやら牙やらのディテールが細かい。


「んっ!」


「え?」


「夏弥ん家の鍵は?」


 洋平の差し出してきた手のひらの意味を、そこでやっと理解する。


「あ、ああ……ていうか待って? いきなり鍵渡されても。服とか諸々どうすんだよ?」


「あっ、確かに」


 夏弥はほぼ無意識に質問してしまっていた。

 彼は案外自分が、この馬鹿げた思いつきに乗り気である事に気付いていなかった。


「まぁ俺と夏弥って、あんまり身長も体型も変わらないし、そのまま自由にお互いの服使うって事でいいんじゃね?」


「うーん……それはある意味合理的なんだろうけど、若干『そういう関係』のようで気が引けるんだが……」


「ぶはっ、それもそうだわ、ははっ。じゃあ、服に関しては後日バッグに詰めてちょっとずつ学校でお互い受け取る事にしようぜ? それなら出来るだろ」


「まぁ、そうするか。指定があればラインするって事で」


 洋平の突飛な思いつきに振り回されつつも、結局はなんだかんだ提案を呑み込んでしまっている夏弥だった。



◇ ◇ ◇



 服装以外にも、実は細かい問題がある。


 例えば、歯ブラシは新しい物を買わなければいけない。だとか、余分な箸が家にあったっけ? とか、枕が変わると寝付けない。などなど……。


 挙げていけば、一体いくつ生活様式を整え直さなきゃならないのか。

 夏弥の頭の中は、そのもやもやの曇り模様で一杯だった。


 第一、この同居人の交換に、果たしてどんな意味があるのか。

 その意味が大した物でなければ、この生活に際して自分が思い悩む事自体、夏弥には全てが徒労に終わってしまうように思えた。


「はぁ……」


「201号室」の文字の横に「鈴川」と書かれた簡易的な名札がプレートにさしてあった。


 今日も無事に学校を終え、いつものように帰宅――するはずだと朝の時点では思っていた。それがなぜか今は、鈴川洋平の住んでいたアパートへやってきている。


 唯一の友のくだらない思いつき。


 そんな物に付き合ってあげる自分は、なんて心優しいんだろう。自分はひょっとしたら博愛主義者だったのかもしれないと夏弥は思えてくる。


 よくよく考えてみれば、このイベント的出来事のメリットは、洋平にしかない。


 夏弥にはむしろ、このイベントは、夢で描けば美化されるが現実に落とし込んだら気まずさ必至のものにしか感じられない。


「カチャコンッ」と音を立てて、目の前にしていた扉の鍵を開ける。


 鍵が掛かっていた点から、どうやらまだ洋平の妹、美咲は帰ってきていないらしい。


 向こうは花の女子高生一年目。

 帰り道に様々な場所で油を売りまくってても不思議じゃない。


「……おじゃましまーす」


 夏弥は念のための挨拶だけをして、家の中へ入っていった。


 中は思いのほか手狭だった。


 洋平とは古い付き合いだったが、一人暮らしをしていたこの家に、夏弥がお邪魔した事はなかった。


 いつも遊びに出掛ける際は玄関先で待っていたり、外で待ち合わせる事が大半だったのだ。


 だからこそ、あのイケメンの洋平の住む城が、こんなに庶民的な物だったとは思わなかった。


 無論、それは夏弥の勝手な偏見なのだけれど。


「――あの」


「え?」


 夏弥が開けた玄関の扉は、閉まる事なく誰かの手によって抑えられていた。

 その抑えた誰かが、突然後ろから声を掛けてきて。


「美咲ちゃん……?」


「早く入って」


 茶髪のショートボブヘア。眉の上でぱっつんと切りそろえた髪は、サイドのみ緩く内巻きにされていて、元々の端正な顔立ちをより良い物に引き立てていた。


 美形男子の洋平の妹だけあって、そこに立っていた美咲の顔もまた美形。

 ファッション雑誌の表紙を飾っててもおかしくないレベルだった。


「久しぶり」


「はぁ。でも今日、お昼にこっちの教室来ましたよね?」


 美咲のセリフに、夏弥は名付けがたい違和感を覚え一瞬口を閉じる。


「――そうだね。そういえば行った」


「たぶんあのバカが勝手に言い出したんですよね。夏弥さんもお人よしというか。とにかく、上がりましょう」


「ああ」


「夏弥さん」と呼ばれ、夏弥はその違和感の正体に気付いたのだった。


 前会った時は確か彼女がまだ小学五年生の頃で、夏弥の事を「なつ兄」と呼んでいて、口調も思いっきり子供っぽかった。あどけなさ満点だった。

 敬語なんて身に付いていない、明るくはしゃぐ元気な女の子だった。

 その上髪の毛は黒髪で長かったし、身長ももう少し低かったのだ。


 狭苦しい玄関前の廊下に夏弥が立ち尽くしていると、美咲は少しためらいがちに夏弥のすぐ脇を歩いていった。


 可愛らしいブレザー姿の美咲が通り過ぎていく。


 その際、甘い桃のような香りが、ふわっと夏弥の鼻を刺激する。


 流行りの香水なのか、好みの物なのか。


 それは曖昧だけれど、夏弥にとってもそれは良い香りのように思われた。


「今日から宜しくお願いします」


 事務的な声が、先を行く彼女の方から聞こえてきた。


「こちらこそ」


 そこに、小学生だった頃の彼女の面影はない。

 そのせいか、夏弥はこれから始まる共同生活が、より一層想像しようのない物であると悟るのだった。



◇ ◇ ◇



 洋平の住んでいたアパート。そこは1LDKだった。


 一人暮らしの時から清潔にしていたのか、もしくは美咲と暮らすようになって整理整頓を心掛けるようになったのかは不明だが、ずいぶん綺麗に片づけられている印象だ。


 そこそこの生活感に、センスの良い調度品や家具。健康的で、丁寧な生活を思わせるインテリアや、ちょっとした観葉植物。ロハス系とでも呼べるかもしれない。

 夏弥はまるで、モデルルームへやってきたような気持ちだった。


「経緯は聞いてる?」


 キッチンスペースと十二帖ほどのリビングの間仕切りに手を当てながら、夏弥はぽつりと問い掛ける。


「経緯。聞いてませんけど、大体予想はつきます」

「あ、あの美咲ちゃん」

「はい、なんですか?」


 それまでむず痒くてたまらなかった夏弥は、美咲に一つだけお願いをしてみる事にした。


「け、敬語辞めてくれないかな……?」


 夏弥の言葉を耳にして、美咲はしばしの沈黙を挟んだ。

 キラキラとした見た目の美咲には似合わない、どこか思慮深く重たげな沈黙だった。


「辞めてもいい、けど」


「あ、本当に? ありが「あたしの希望も聞いてくれたら」


「え?」


 夏弥の言い掛けたありがとうに割り込んで、美咲は交換条件を言いたいらしかった。


「希望って? 何?」


「ちゃん付けで呼ばないでほしいんだけど」


 美咲がその言葉を口にすると、またしても沈黙が挟まった。

 ピンと糸を張ったような黙り合いだった。


「じゃあ、鈴川さん?」


「下。下の名前。呼び捨てでいいから。ちゃん付けとかあり得ないし」


(呼び捨てる……?)


 別におかしな事じゃない。

 友達の妹を名前で呼ぶ事。そこに大して深い意味はないし、幼い頃から知ってるほとんど幼馴染のような夏弥と美咲の距離感であれば、ごく自然な事だ。


 現に、洋平は夏弥の妹、秋乃を呼び捨てにしている。


「じゃあ――美咲」


 夏弥は試しにそう呼んでみる。だけれど、呼び慣れているかいないかの違いが、如実に夏弥の羞恥心をかき立ててくるわけで。


 そのたった三文字の音は確かに以前から踏んでいたはずなのに、言ったそばから夏弥の頬は紅潮し始めるのだった。


「……なんで顔赤くしてるの? 変でしょ」


「あ、ああ」


 美咲の冷ややかなセリフと目線に、全身の毛穴が開いたような焦りを感じる。

 ただ、そんな美咲の態度から、夏弥が他に感じていた事もあった。


「ソファに座ったらどう? ずっとそこに立ってられると、気になるんだけど」


「じゃ、じゃあ失礼して」


 促され、夏弥はモスグリーンの優しい色合いをしているそのソファに腰掛けた。


 美咲は、窓際へ追いやられたベッドの方に腰を掛けている。

 そのベッドは、おそらく洋平が一年の時から使っているベッドなのだろう。


 夏弥がそう思ったのは、掛布団や枕カバーのカラーリングが、この、今を生きる女子高生の美咲には似合わなそうだと思ったからだ。


(それにしても、ちゃん付け禁止。あと冷たい態度。まぁ女子高生だし、難しいお年頃って奴? いや、それにしても秋乃と同い年なわけだけど。久しぶりの再会で、こういう態度を取られるのは少し予想外だ)


 美咲の様子に面食らう夏弥だった。


 そんな夏弥をよそに、美咲はベッドの上でスマホをいじっていた。

 セーラー服の三角タイを、器用にも片手でゆるゆるとほどく。

 投げ出された彼女の紺色ソックスの両足が、夏弥の視界の端でブランコのように軽くゆれている。

 それは言わずもがな、思春期の男子である夏弥にとってはあまりに目に毒で。


「いきなり押し掛けたみたいでごめんね」


 気持ちをごまかすためにも、夏弥は美咲に話をふった。


「え?」


「いや、今回の件。洋平が提案したのは確かなんだけど、そこに俺も加わったわけ。ちょっと幼い頃から顔知ってるからって、いきなり男子と同居なんて普通イヤだろ? そこに配慮して、ヤツを制止するべきだったのかなと」


「それは別に気にしてない。デリカシー無いなと思ったけど」


「え?」


 スマホをいじりながら、美咲は淡々と述べた。


「女子高生と一緒に生活したい口実なのかと思ったけど」


「え?」


「洋平が言い出したって言っても、拒めたは拒めたでしょ。でも拒まないって事は、つまり夏弥さんもそういう事なんだろうし。まぁ、うん。知ってるんだけど。男子の考えることくらい」


 これは、美咲の気持ちそのもので、冗談を口にしているわけじゃない。

 本当に美咲は、男子に冷たい目を向けているらしかった。

 夏弥に限らず、男子という大きな括りに対して冷たいのだ。


 洋平がモテる男だから、という点も大きな理由なのかもしれない。

 甘いマスクにプラスして、洋平は性格が明るく、学年の垣根を越えてモテる男だった。

 そんな兄を持つ妹は、ずっと間近でモテる男の表と裏の姿を見てきたに違いない。

 付き合いの長い夏弥よりも、ずっと間近で。


「経緯は、たぶんあたしのせいでしょ?」


 唐突に、美咲が別の話題に切り替え始める。


「うん。洋平はそう言ってたね」


「はぁ、やっぱり予想通り。でも、夏弥さんはそれでいいの?」


「それでって?」


「妹のあたしが言うのもアレだけど、あのバカの事だからたぶん夏弥さんの家に女の子連れ込むんじゃない?」


「ああ。まぁ机の中を漁ったりはしないとか、ちょっとプライバシーを尊重し合うルールみたいなものは決めてるから、大丈夫じゃないか?」


「へぇ。それで信用しちゃうんだ」


「これでも十年くらいの付き合いだしな。それなりに信用してるつもりだけど」


「人の家に女の子連れ込むって話もあたしはどうかと思うけど。その前にそもそも、洋平が秋乃に手を出す可能性もあるでしょ?」


「いやそれは無いだろ」


「え?」


 夏弥の即答に意外性があったのか、直後美咲はスマホから視線を外した。

 仰向けの体勢のまま、チラッと夏弥の顔を見やる。


「あいつが秋乃に手を出すとか、従妹の女の子に手を出すような感覚でまず無理だと思うし、大体好みのタイプからは程遠いだろ。美咲は、今の秋乃がどんななのか知ってて言ってるのか?」


「どんなって?」


「根暗でオタク気質な陰キャだよ」


「え? そうだったの?」


「ああ。もうそれはそれは」


 夏弥は自分の妹の現在を思い浮かべ、苦笑いをそこに添えてあげるしかなかった。


「そう。なら少しは安心していいのかもね」


 冷たい。終始美咲の言葉には冷気がただよっている。


 夏弥にとって、かつて美咲はちょっとした妹も同義だったのだけれど、それもすっかり瓦解し始めていた。


 久しぶりに顔を合わせた事や、見た目がずいぶん様変わりしてしまっていた事はさておいても、この毛嫌いされてるような態度は、妹の秋乃からもあまり示されたことのない態度だった。



◇ ◇ ◇



 1LDKのこの家には、洋平のベッドが置かれたリビングの他に、もう一つ居室がある。


 そこが美咲の部屋だった。


 美咲が洋式のその引き戸を開けてリビングから出入りすると、彼女の部屋がチラリと垣間見える。


 女子高生の部屋。などと言っても、決して華々しいものなんかではなくて、夏弥の予想している派手さの三分の一にも満たない、地味で素朴な部屋である。


 その部屋の様子全体を夏弥が知るのは、同居する以上もはや時間の問題だった。


 たまたま、夏弥がトイレに入っている間、美咲がお風呂に入ったのだが、彼女は不用意にもその部屋の戸を開けたままにしていた。


(微妙に開けられてる……)


 トイレからリビングへ戻ってきた夏弥は、さっきまで腰掛けていたソファに戻ることをやや躊躇した。


 このままソファに座ってしまえば、嫌でも視界に彼女の部屋が入ってくる。


 年頃の女子高生。それも、小さい頃から見知っている美咲が、久しぶりの再会で素っ気ない態度を取るものだから、余計に気を遣う必要があると思われた。


 このまま、中途半端に開けられた戸のそばに立ち、顔を入れて部屋を覗いてみる事は非常に簡単だし可能なのだけれど、それはきっと美咲の望むことじゃない。


 この前、夏弥が本来暮らしていたアパートの方でも、似たような状況になった事がある。


 その時は、妹である秋乃の部屋を気軽に覗いたりしたが、特に秋乃がその事でキレるような事はなかった。


 自然に「なつ兄? 妹の部屋に何用で?」と喋りかけてきたし、特別不快そうでもなかった。


 でも夏弥は、それを美咲に当てはめるべきじゃないと感じていた。


(閉めよう。この1LDKの家の中で、プライバシーを保つにはお互いの気遣いが必要なんだ。年上の俺がわかってあげないでどうすんだよ)


 夏弥は、そっとその部屋の引き戸を閉めた。

 中は覗かない。


 それからリビングのソファに腰掛けると、甘い桃のような香りがすっと鼻に感じられた。


 美咲はまだ、入浴中だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分の読み込みが甘いのかもしれないが、作者が何を言いたいのかがわからない。続きがもしあるのならば出してもらいたい。
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