夏休み開始
ーーーとある噂話ーーー
「ねぇ…。まだあの雑魚居るらしいよ?」
「…まだ辞めて無かったの!?」
「高等部の品位を落とすから辞めて欲しいよね!」
「あんなのが卒業生になるなんて耐えられないよ!先輩達は何してるの!?」
とある中等部の教室、女生徒達が噂話に興じている。
よく話している雑談だが、今日はいつもより参加人数が少ない。
「…どうしたの?いつもなら一番バカにしてるのに…。」
「アレ…実は鉄人らしいよ…。部活の先輩に余りバカにするなって怒られちゃって…。」
「は!?何言ってるの!?学園の落ちこぼれがそんな訳無いじゃない!」
「そうそう!仮にそうだとしても、すぐに諦めて凡人に戻るよ!」
「…そっか…そうだよね…。」
「そうだよ!どうせ同情して欲しくてやってるだけじゃない!?」
「ずっと1層に居るし、あり得そう!…それか、中等部の女生徒を狙ってるのかも!!」
「「最悪ーー!!」」
…話をする女生徒を何人かの生徒達が冷ややかな目で見ている。
一般家庭の生徒は怒りを、上流階級の生徒は侮蔑を浮かべて。
その事に気付かない限り、彼女達に明るい未来は訪れないだろう。
ーーー断真視点ーーー
「う、朝か…。夢の中にも滋深が出て来たぞ……。」
結局昨日は夜になるまで説教されてしまった。ゴブリンが現れた事で中断となったが、あの時ほどゴブリンに感謝した事は無い。
滋深に言わせると、オレの行動はかなり危険だったらしい。
オレは1層に潜り続けた事で、いつの間にかダンジョンのモンスターを甘く見てしまっていたようだ。
早めに気付けて良かったと言える。
滋深は帰り際には落ち着いてくれたが、今度は暴走していた時の事を思い出してしまい、帰り道はずっと俯いていた。
オレの事を心配しての事だったから何とかフォローを入れてみたが…殆ど効果は無かったと思う。
もっとコミュニケーション能力が高ければと悔やんだが…明日から頑張ろう。
今日は終業式で、チームでの探索はお休みだ。
滋深は帰省するクラスメイトと遊ぶみたいだし、影山は最近疎遠になっていた友人と話すと言っていた。
オレもやる事が有るし、ちょうど良いだろう。
講堂で校長の話を聞き流しながら考え事をする。
皆やってる事だろう。
教員の列に並んでいる横葉先生も欠伸をしている位だ。
(何で偉い人の話ってのはこんなに長いのかね…。)
暇すぎてしょうが無い時はダンジョンの暴走が起きて、それを鎮める妄想をしたりする。…いや、イメージトレーニングだな。危険に備えるのは学園生として当然の事だ。
ダンジョンの暴走はダンジョンからモンスターが溢れ出てくる現象だ。
物語ではよく題材にされるが、実際に起きた事は殆ど無い。
…ただ、近い将来起こってしまう気がする…。そんな事を考えるのも妄想なんだろうか…。
「では、学園生の諸君。良い休みを。」
「…以上で、終業式を終わります。」
ちょうど式も終わったようだ。
下らない事を考えるのも止めて、帰る準備をするか。
あの不良共も学園内で集会が有るらしい。
素行不良な奴らが集まって何をしているのかは知らないが、絡まれる事は無いだろう。
「良し、と。荷物も持って帰って来たし、用事を済ませるとするか。」
最後のHRもあっさりと終わった。
成績ついてはいつも以上に悪いが、赤点を取ったし仕方無いだろう。
寮に帰って来たし、部活動をしてないオレは学園に行く事は殆ど無い。
…行くとしても保健室に治療を受けに行く位だ。
携帯を取り、電話をかける。
かける先は実家だ。
(異世界人万歳だよな…。こんなモノを開発してくれるなんて。使用できる場所は限られるが、それでも最高だよ。)
使用している素材や技術はこの世界のもので、魔道具の一種だ。しかしアイデアを持って来て、実際にこちらの世界に広めてくれたのは異世界人なのだ。
断真家も最近使えるようになったのだ。家のは有線型だが、あの田舎でも使えるなんて本当に驚きだ。
携帯は電話やメール、更にギルドカードと連携してお金の管理が出来る。
ギルドカードは王国の市民証みたいなものだ。
冒険者や商人のギルドカードか、王国の発行する市民カードが使われている。
大和では大体の人が市民カードを利用している。
「もしもし。」
「親父か?オレだよ。」
「……何処の詐欺師だ?ウチに金目のものなど無いぞ。」
「洲だよ。普通に分かるだろ?」
「断真家の掟だ。名前を名乗らない者なぞ何処の手の者か分からんからな。」
「いつの時代の話だよ。そんな事より親父…夏休みは家に帰れなくなった。赤点の補修でダンジョンに潜らないと行けないんだ。」
「………。」
「後……悪いんだけど…小遣いの前借り…出来ない、かな…?」
「……。」
「……。」
(無言かよ…。まぁ…赤点取ったバカ息子が小遣い前借りなんてしたら怒るのも分かるけどな…。)
「…洲。まだ続けるんだな?」
「…ああ。次の帰省には大手を振って帰れそうだぜ。」
「分かった。金は振り込んでおく。……それから、学園で必要なモノはしっかりと報告しろ!この馬鹿息子が!」
「は?何を――」
『ッガチャ。』
(言うだけ言って切りやがった…。訳が分からんが、お金の事は簡単に許されたな…。)
流石に小遣いだけで昨日教わったアイテムを揃えるのは不可能なので、金の無心をしたのだ。
(アルバイトは基本的に迷宮関連の事しか許されて無いし、金策は難しいんだよな…。)
オレのスキル構成では迷宮のバイトは出来ないだろう。
他には魔石を売る方法も有るが…魔石はダンジョンマスターの活動に使いたいと思っている。
だがそろそろ売る事も考えていく時期かも知れない。
(いつまでも学園の支給品を使い続けるのもな…。オレも強くなったしこれからは下層に潜って行く。装備のせいで致命傷を負ったなんて事になったら笑えないからな。)
装備に悩むのはダンジョン探索する者の宿命と言って良いだろう。
好きに装備を選べるなんて王族や一握りの金持ちだけだ。
『ピロン。』
(……ん?早いな。もう振り込んでくれたのか?)
入金を知らせる電子音だ。早速見てみる。
(え?!一、十、百……おいおい。どうなってるんだ?!)
七桁も有る。明らかに小遣いの範囲を超えてるぞ?!
因みに単位は円だが、実際に使われてるのは銅貨や銀貨になる。地球では紙でやり取りしているらしいが、ちょっと狂ってると思う。
1万円が銀貨、10万円が金貨、100万円が白金貨だ。
(…メールか。)
メールも送られて来たのですぐに開く。
『洲へ。
赤点の事は学園から連絡が来ました。今まで頑張って来たのに、残念でしたね。
お父さんからは帰省しないで補修を受けると聞きましたが、くれぐれも気をつけて下さい。
厳しいようなら決して無理はせず、必ず無事に帰って来る事。これだけは守って下さい。
洲の普段の行動についても色々と聞きました。
毎日頑張っているようですが、決して無理はしないで下さい。
…それと、装備についても聞きました。
…学園の支給品で大丈夫と言っていた洲を信じた私達が馬鹿でした。
送金したお金を使って、少しでも良い装備を買って下さい。
絶対に無駄遣いしないで、領収書を貰ったら――
(中略)
――次の休みにはちゃんと元気な顔を見せに来なさい。
母より。』
(家の電話、メールも出来たのか。……説教ばかりじゃ無いか。)
横葉先生から色々と聞いたんだろう。装備の事も知られていた。
(今までは本当に問題無かったんだがな…。)
確かに迷宮を舐めてた部分は有ったが、それでも低層なら問題は無かった。
これからは厳しくなりそうだったが、まさかこんな大金を貰えるとは…。
(親父、お袋、…大事に使わせて貰うよ。)
次帰るのは当分先だが、その時には最高の報告をしてやろう。
天井を見上げながら、決意を新たにする。
早速装備を見てみる。
買う時は店に行って実物を見る必要が有るが、概要だけなら寮に置いてあるカタログで簡単に見れる。
学園は大口の顧客の一つなので、結構頻繁に更新されているから参考になるはずだ。
最高級の品になるとカタログに情報は載らないらしいが、今のオレには関係無い。
(やはりピンキリだな。……ッエ!?300万!?そんな金額の品も載ってるのか!?…凄そうだが、見ても意味は無いな。)
金額を見て選別しようとするが…、何が良いのか全然分からん。
武器と防具、どちらを重視すれば良いんだ?防具は何を買うべきか…。
メーカー?個人生産?ダンジョン産?中古?新品?…ううむ。分からん。
初心者用の装備の揃え方とかを誰かに聞いてみた方が良いかも知れない…。
(…ここは影山達に聞いてみるか。)
影山と滋深にメールをする。連絡先の交換はチームが決まった時にしておいたのだ。
滋深は後衛だが、防具については知ってるかも知れない。
話を聞くにしろ知識だけはつけておこうとカタログを開こうとしたら、滋深から電話がかかって来た。
(滋深から…?!電話…か。…出ないとな。)
何気に家族を抜かしたら、初めて女性から電話がかかって来た気がする。
恐る恐る電話を取る。
「も、もしもし…。…あ、断真だけど…。」
「あ…。断真君?…滋深です……。…あの、装備の事でメールが有ったから…。」
(電話だといつも以上に緊張するな…。何を話せば…いや、装備の事に決まってるだろ…。)
「ああ…。アイテムを買って…装備も何とか買えそうなんだ…。全部とかは、無理なんだけど…。…あ!別に、変な事してお金を稼いだ訳じゃ無いから!」
「変な事って…ふふ…。そんなの疑う訳無いよ。ご両親から貰ったんでしょ?」
「あ、ああ。そうだ。それしか無いもんな。」
「うんうん。…良かったら、これから時間有る?せつ達が帰るまでまだ時間有るから、話を聞いたらどうかと思って。…私は後衛だから、そんなに役に立てないけど。」
(せつ…確か福良せつなの事だったな。戦士と言ってたし、ちょうど良いな。)
影山に恨まれそうだが、そんな事も言ってられん。
「いや、十分有り難いよ。頼めるなら是非お願いしたい。」
「うん!それなら街の方に出て来れる?『森林亭』ってお店に居るから、地図送るね。」
「森林亭…。分からないが、すぐに行くよ。地図が有れば大丈夫だ。」
「じゃあまた後でね。」
「ああ。」
電話を切ってすぐに寮を出る。
電話中にテンパって変な事を言った気もするが、気のせいだろう。
(…待て。相手は女子会なるモノをしてるんじゃ無いのか?そこに単身乗り込むって…難易度高すぎ無いか?…い、いや…もう終わってるんだろう。だからこそオレを呼んだんだ。)
電話口から複数の女性の声が聞こえた気がしたが…気のせいだ。
無心で行くしか無い。幸いというか何と言うか、制服のままだし、服装を笑われる事は無いはずだ。
メールを頼りに進むと、大きな公園?の一角に小洒落たお店が見えて来る。
店が建ってるから公共の場所じゃ無いのかも知れないが、結構広い広場だ。
先ほど店の看板も有ったし、あれが『森林亭』だと思うんだが…。
(あ…学園の制服。あれが滋深達…か……。)
滋深と福良以外も大勢居る。どうやら願いは届かなかったようだ。
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