大迷宮のダンジョンマスター
乗禍との戦いの翌日、オレ達は再び大迷宮へと向かっている。
師匠から呼び出しを受け、大迷宮のダンジョンマスターに任命したいと言われたからだ。
昨日は迷宮から出ると大勢の兵士達に囲まれ、乗禍を倒した事を感謝された。
乗禍の街を守っていた兵士達も乗禍の死が分かったらしく、すぐに降伏したらしい。
恐らく配下か眷属の繋がりも切れてしまったんだろう。
すぐに街を占拠したが、まだ落ち着くには時間がかかるようだ。
ちなみに小迷宮のダンジョンコアは師匠に渡してある。
オリジナルのダンジョンコアは擬似コアのように簡単に扱う事が出来ないので、浄化してからどこか適当な場所に置いておくらしい。
そうしたらいずれ新たな迷宮が出来るそうだ。
「洲君、落ち着いてるね……。私なんて直接は関係無いのにドキドキしてるよ……。」
「奈子…。オレも少し緊張してるが…夢の師匠が軽い感じだったから、どうにも気が緩んでしまってな……。」
夢に出て来た師匠はいつもの軽い感じで、「ダンジョンマスターに任命するから、暇な時に大迷宮に来ると良いよ。」と言っていた。
長年待ち望んでいた夢なんだが…師匠のノリのせいでイマイチ緊張し切れない。
メンバーはいつものチームに先生を入れた8人だ。
もうレベル的には先生とも近いので、これからは基本的にこのメンバーで活動する事になっている。
『森林亭』のウェイトレスがまた減ってしまう事になるが…その辺は調整して活動して行こうと思っている。
(よく見ると、諏訪達も表情が硬いな。……これから大迷宮のダンジョンマスターになるんだし、当たり前か…。)
大和が長年待ち望んでいた悲願だ。
……オレももう少し気合を入れないとな。
大迷宮に入ると、いつもの草原が広がっていた。
どうやら師匠のフィールドへと直接案内されたようだ。
「やぁ、洲君。ようやく大迷宮のダンジョンマスターになる日が来たね。」
「師匠…。今まで長い間ありがとうございました。…これからも宜しくお願いします。」
「うんうん。まだまだ私も引退までに時間が有るからね。それまではしっかりと洲君を導くよ。……それじゃ、こっちへおいで。こっちはコアルームだから、配下の子達はここで待っていてね。」
師匠が草原に突然現れた扉の中へと入って行く。
扉の先は真っ暗な空間で、恐らくそこがコアルームなんだろう。
「皆、ちょっと行って来るから待っててくれ。……大丈夫だよ。師匠は信頼出来る人だ。」
皆が少し不安そうな顔をしていたので、一声かけてから扉へと向かう。
「洲君! 頑張って!」
奈子の応援を受けて扉の中に入ると、真っ白な空間の中央に巨大な水晶がある。
小迷宮と同じように台座から浮いており、ゆっくりと回転している。
オレの背丈を超える大きさで、深紅の美しい宝石のようだ。
「洲君。水晶に触れて、少しじっとしていてくれ。」
師匠の言葉に従って水晶に触れる。
そうしていると、頭の中に何か言葉が響いてくる。
『新規ダンジョンマスターへの権限付与を行います。承認しますか?』
言葉に従って承認すると、頭の中にダンジョンの情報が一部入ってくる。
……膨大な情報の為、何度かに分けて情報を貰うようだ。
「うん。上手くいったようだ。これから何日かに分けて、コアの情報を取得するようにね。別に急ぐ事じゃ無いから、洲君の都合に合わせて動いてくれ。」
そう話す師匠に、今まで以上の親近感を感じる。
このダンジョンコアにもだ。オレが守らないといけない存在だと感じられる。
「分かりました。」
「それじゃ、詳しい説明は皆の所でしようか。余り心配させるのも良くないからね。」
師匠の言葉に従って草原に戻ると、すぐに奈子達に囲まれた。
「洲君! おめでとう! 洲君がダンジョンマスターになったってすぐ分かったよ!」
奈子が興奮気味に話しかけてくる。
「断真が扉の中に入って少ししたら、この草原の雰囲気が良くなったんだー。まるで1層の小部屋みたいな居心地の良さだよー。」
「これで断真君がダンジョンマスターになったのね……。凄いわ。本当に凄い……。」
諏訪が嬉しそうに説明し、黒田が『凄い』と繰り返し呟いている。
感動して語彙力が無くなっているのかもしれない。
「流石はダンマですヨ!」
「断真君が正式にダンジョンマスターになったって事は……ダンジョン探索はどうなるんだろ? 私としてはまだまだ続けたいけど……」
黒守が両手を上げて喜び、福良が今後の事を気にしている。
……そう言えば、今後はどうするんだろう。その辺の事も聞いておかないとな。
「アタイはまだまだ強くなりたいぜ! そうじゃ無いと断真を守れないからな!」
林の言う通り、まだオレ達は一流冒険者にも及ばない存在だ。
魔王戦は作戦が上手くいっただけで、本来の実力では相手の方が格上だった。
次に何か起きた時の為にもまだまだ強くならないとダメだと思う。
「うんうん。向上心が有って良い事だね。その辺りの事も説明しておこう。」
「師匠…お願いします。」
オレ達の様子を見守っていた師匠がゆっくりと説明を始める。
「まず、ダンジョン探索についてだが……今後とも続けて貰う事になる。洲君には最低でも上級クラスになって貰い、『ダンジョンマスター』のクラスについて欲しいんだ。」
「上級クラス…そこまでいけばダンジョンマスタークラスにつけるんですか?」
「そうだね。洲君の才能が有れば十分なれるはずだよ。クラスは中級、上級に上がるに連れ、本人の希望に沿って選ばれるようになるんだ。勿論適性が有ればの話だけどね。洲君なら中級でギリギリ……上級なら余裕でなれるだろうね。」
中級はギリギリ外れてしまったのか…。
少し悲しいが、上級クラスでなれると言うならそこまで頑張ろう。
「ダンジョンマスタークラスにならないと、迷宮の機能を完全に使えないんだ。だからそこまでは頑張って欲しい。」
「分かりました。」
「注意する点として…探索中は洲君のダンジョンマスターの権限を外して貰う事になる。そうしないと大迷宮の魔物達が洲君を味方と判断してしまうからね。だから勿論死の危険も有る。これからはより注意して探索を続けて欲しい。私もなるべく見守るようにするけど、付きっきりって訳にはいかないからね。」
師匠の言葉に気合を入れ直す。
ここで終わりじゃ無いんだ。こんな所で死んだら目も当てられない。
最後まで気を引き締めていこう。
「十分気を付けます。…これからはより安全に進もうかと思います。」
「うん。それが良いだろうね。次にダンジョン運営についてだけど…基本的には実際にやりながら教える事になる。ただ、今回の件で色々変わってしまってね。ダンジョンマスターはダンジョンと人間の中立に立たなければいけないと教えたけど、今後はより人間側に立つ必要が出て来そうなんだ。」
「人間寄りですか……? そんな事をしても大丈夫なんですか?」
オレとしてはある意味有り難いが、以前人間を優遇するとダンジョンが怒ると言ってた気がする…。そのせいでオレに『刺客』が送られてきたはずだ。
「人間寄りと言っても見かけ上の事だけどね。…詳しく説明しようか。今回の件で、迷宮が拡大し過ぎると不具合が起きる事が分かった。だから今後は大迷宮の拡張を控える事にしたんだ。だけど、迷宮が拡張するのは本能みたいなものでね。簡単に止められないんだ。マスター側で『ダンジョン拡張』を使って計画的に行ったとしても、結局は迷宮を広げる必要が出てくる。
……そこで、人間側にもっと頑張って貰って、迷宮の魔力消費を大きくしようと考えたんだ。より下層に潜って貰い、より敵を倒して貰う。そうする事で今までより多くの魔物を補充し、迷宮の魔力を消費させる。結果的に迷宮の拡張に回せるだけの魔力が無くなり、現状を維持できるという訳だね。」
「なるほど。今までより冒険者達の活動を活発にして貰う為に人間寄りに立つと言う事ですね。そして、その行為はダンジョンの為にもなるから問題は起こらない。」
「そういう事だね。具体的に言えば、攻略本なんかを作って大和に配ろうと思ってるよ。その本に従えば中級クラスまではいけるようにね。上級クラスも増やしたいから、何か考えるつもりだ。……後は報酬も良くしたいね。」
……凄いな。確かに人間寄りと言っても過言じゃ無い。
「そうなると、今まで以上に大和は繁栄しそうですね。」
「洲君の就任祝いとしてもちょうど良いだろう? 今後はルールを破った人間を排除する為に『刺客』を使う事になるだろうね。……ただ、それだと満足しない人間が出てくると思うから、別のダンジョンを見つけてそっちの攻略も進めると良いかもね。
私達の大迷宮は完全に管理された迷宮にして、自由に攻略したい人は別の迷宮へ行って貰う感じだね。大和には複数のダンジョンマスターが居るからちょうど良いと思うけど……その辺りは調整次第かな。」
「分かりました。大和の方にも伝えておきます。」
……これなら人間と不要に戦う必要も無くなるのか。
ダンジョンマスターになれば人間と戦う可能性も出てくると思っていたが、思わぬ方向に進んだな。
ルールを破った人間を排除するのであれば、大和の法律でもやってる事だ。
事前に周知しておけば全く問題無いだろう。
ダンジョン攻略中に命を落とす者については仕方無いと思っている。
覚悟を持って挑んでいるはずだし、いくらオレがダンジョンマスターだとしても気に病む必要は無い。
一般的な考えでは無いかも知れないが、学園ではダンジョン攻略は自己責任だと何度も教えられてきた。
オレが恣意的に手を下さないので有れば問題無い。
しかも今後は攻略方法などを教えるんだ。それで死ぬのなら本人の問題だろう。
(こう考える事自体、学園の教育に染まっているのかもな。大和は大迷宮のダンジョンマスターを長年求めて来た。学園の教育方針もダンジョンマスターが誕生した場合の事を考え、ダンジョンマスターにとって都合の良いように作られてる可能性が有る。)
とは言え、そこに突っ込んだ所で何も良い事は無いだろう。
有り難く利用させて貰うだけだ。
「話はそれ位かな。大和の方で話がまとまったらまた教えて欲しい。」
その言葉と共に、師匠と草原が消えていく。
…早速大和に報告に行かないとな。
「これからも忙しそうだな。」
「そうだね。私達も頑張って支えるから、無理しないでね。」
奈子と一緒に歩き出す。
まだまだ大変そうだが、皆の協力が有れば何とかなるだろう。
遂に大迷宮のダンジョンマスターになる事が出来た。
それも全て皆のおかげだ。その事だけは決して忘れずに頑張っていこう。
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