前哨戦
昨日、奈子と話していた間にいつの間にか諏訪チームと鹿藤チームの模擬戦が行われていた。
森林亭のいつもの広場で行われた戦いは諏訪チームの圧勝で、殆ど福良一人で勝ってしまったらしい。
これで諏訪達を先に強化する事が決まったみたいだ。
何で声をかけてくれなかったかと言うと…。
「ダンマと奈子は熱々でしたからネー。皆気を利かせたんデスよー。」
黒守曰くそう言う事らしい。
…そんな熱々という程では無かったはずだが、皆が居なくなっていた事に気付けなかったのは事実だ。
甘んじて受け入れるしかあるまい。
「それじゃ、今日は変則チームでの戦いだ。ワタシは基本的に手を出さないから頑張れよ。」
今日は鹿藤達のチームと先生、それと影山と一緒にダンジョンに潜る予定だ。
諏訪達を先に強化する代わりに、鹿藤達と一緒にダンジョン探索をする事になったのだ。
護衛するにもお互いの力量が分かっていた方が動き易いという理由だ。
「断真君、久しぶりに一緒に潜るね。宜しく。…でも、僕だけ何だか場違いな気がするんだけど…。」
影山ももちろん一緒だ。
鹿藤達とは一緒のチームを組んだ事が無いらしく、緊張しているようだ。
「影山。今日は宜しくな。煙幕は面白いスキルって聞いてるからな。楽しみだ。」
「う、うん…。」
鹿藤に肩を叩かれて少し萎縮している…。
性格的にも苦手なのかもしれないな…。
「今日は16層から潜ります。先生や断真君にとっては退屈かも知れませんが、お付き合い下さい。…出来れば20層ボスくらいまでは進みたいですね。」
「…ああ。楽しみだ…!」
木万が今日の予定を説明し、君島が嬉しそうに頷いている。
今日はいつものチームでは無いので森林タイプを潜る。
20層まで行くと言ってるが…影山が青い顔をしているぞ…。
元々は無理の無い範囲で進むという予定だったが…。
「影山、心配するな!お前のスキルが有れば楽勝だ。自分の力を信じろ!」
「鹿藤君…。うん!頑張るよ!」
鹿藤に励まされた影山がやる気を出している。
…これは、鹿藤の影響力が強いのか、影山が単純なのか…どっちなんだ?
「断真。下らん事を考えて怪我をするなよ。」
少し考え事をしていたら先生に注意されてしまった。
うまくやっていけそうだし、影山の事は三人に任せよう。
「『煙幕』!皆、今だ!」
「ハァァァァァァァ!!『一太刀』!!…良いぞ!影山!」
「『氷撃』!『氷撃』!ずっと僕達のターンですね。これは素晴らしい…!」
「…ふん!…っは!!…食らえ!!!」
戦いが始まると四人が瞬く間に敵を蹴散らしていく。
影山がすぐに煙幕を使い、鹿藤が敵に突っ込む。
そして木万と君島が端から敵を倒していくという形だ。
20匹近くの敵が見る見る内に数を減らしていく。
(鹿藤の攻撃力が凄いな。エレメントだろうと一撃で倒していく。煙幕の効果も有るとは言え、ここまで強いとは…。)
一直線で敵の真ん中を突き進み、途中の敵を全て斬り倒している。
毎回敵の半分以上を鹿藤一人が倒している。相当な殲滅力だ。
まだオレの強化を施して無い状態でコレだ。強化したらどれだけ強くなるのやら…。
(…そろそろ煙幕が切れるな。)
残りの敵は…六体だ。
三体をこちらで貰おう。
「端から貰っていくぞ!『魔断』!」
先生は完全に見学だが、オレは残敵の掃討を手伝っている。
戦いを効率よく進める為にもこの方が良いだろう。
一発の魔断でコボルト二体とエレメント一体を屠り、皆の戦いを見る。
君島は危なげなく戦っているものの、攻撃系のスキルが無い為時間がかかっているようだ。
普段は壁役として活動する事が多く、敵を倒すのは鹿藤達が担当していたらしい。
(この階層ではオレの強化は使わない予定だし、じっくり見学させて貰おう。)
急ぐ必要など無いし、君島や鹿藤みたいに幼い頃から訓練を受けている人間の戦いは見ているだけで勉強になる。
君島は盾を使っている分、オレの戦いに活かせる部分も多い。
「…ふっ!…ん!!」
最後に君島が攻撃して敵を倒した。
敵の防御の上から力づくで潰した感じだ。
戦い終わった君島と共に、探索の続きを進める。
この調子だと苦戦する事無く進みそうだ。
「……止まれ。……何かおかしい。」
18層の中盤辺りまで進んだ時、急に鹿藤が皆を止めた。
順調に進んでて、今も周囲に敵など居ない。…一体どうしたのだろうか。
「しゃがめ。……少し様子を見る。」
腰まで届く草の中に身を隠し、こちらにも同じようにしろと要求してくる。
素直に従い、辺りを静かに見回す。
(学園生が何人か居るな。18層とは言え、三年生なら普通か。……いや、あれは二年生?…一年生も居るぞ?)
制服の襟章の色で何年生かはすぐ分かる。
見慣れた色だし見間違える事は無いはずだ。
(ん……?一年にしては…老けすぎてるな…。これは……。)
一人二人ならそこまでおかしく無いが、皆老けてるように見える。
これは学生というより…。
「…チンピラが学生服を着ているようですね。狙いは……?」
木万の言う通り、アイツらは学園生なんかじゃ無い。
もっと年上のやつらだ。
まさか学生服を着ているなんて…。
「…あっちは学園生みたいだな。…何か渡しているようだが。アレは…。黒い粉かもしれんな。小さい紙の包みに入れて渡されていたと言う話だし。…アレだけの事が有ったのに、まだ止められない奴が居るとはな…。」
先生がやや呆れたように話す。
魔物化する恐れが有ると周知されてるのに、まだ手を出す奴がいるとは…。
…力が得られる事に目が眩んだんだろうが、その先には破滅しか無いぞ…。
「…しかも、渡してる量が多いですね。…どうやら、学園生を兵隊にしようとしているのかも知れません。」
木万が吐き捨てるように言う。
もしそれが事実なら胸糞悪い話だ。
黒い粉に頼る学園生は愚かだと思うが、学園と争うなんて考えは少しも無いはずだ。
それが、魔物化して操られるとしたら…。
「…影山。『隠密』かけてくれ。…五人程居るな。先生も手伝ってくれ。」
鹿藤が静かに話す。
僅かに声が震えていたが…怒りの表情を浮かべている。
…どうやらキレそうになってるようだ。
「『強化』をかけ直す。敵は生きたまま捕らえろよ。」
オレの超強化は精神的な耐性も上がるようなので、少しだけでも忍耐力を上げて欲しい。
「…ああ。腕の一本くらいで済ませるさ。」
影山に隠密をかけてもらい、全員位置に移動する。
敵を攻撃出来る位置まで来ても、全く気付かれる様子が無い。
(凄いな…。対人だと圧倒的な性能だ。)
実際はそこまで万能でも無く、特に隠密持ちが居るとバレている場合は対策も立てられるようだ。
だが、今回のような奇襲には打ってつけのスキルだ。
「今だ!!」
影山の合図と共に、目の前の敵を気絶させる。
…『ユニット強化』を使われていると言う話だが、動きは全くの素人だった。
「ヒ、ヒイイイイ!ぼ、僕は知らない!この粉も渡されただけなんだ!」
「…大丈夫です。話を聞くだけですから。」
黒い粉を渡された人物は影山に引き止められている。
彼には詳しく話を聞き、総番達の悪事を暴いてやろう。
「……それで、復鬼の部下達を連れてきたのか。」
「はい。あのまま放置する訳にもいかず、連れて来ました。これ以上時間をかけると戦力は広がる一方です。すぐに動くべきかと思います。」
あの後風紀委員の応援を呼んでチンピラ共を回収した。
風紀委員は今見回りを強化しているようなので、すぐに見つかった。
現在は乾先輩に木万が報告している所だ。
風紀委員で使う会議室らしく、大勢の風紀委員が集まっている。
「…確かに。街のゴロツキ共も日に日に数を減らしている。…逆にこちらに援軍はほぼ無し、か。…そろそろ動き始めるか。」
「それでは…!」
「ちょうど復鬼完次の拘束についても認められたところだ。今後は我々も攻勢に打って出る。…まずは、敵の集まっている氷炎フィールドまで出向き、復鬼の取り巻き共を減らしていく。」
「氷炎……やはりそちらへ出向く事になりそうですか…。」
乾先輩の言葉に木万が顔を強張らせる。
21層以降だと潜れる人間は限られる。モンスターと取り巻き両方を相手取るとなると、三年でも厳しいかもしれない。
「安心しろ。先生方が何人かフォローにまわってくれる。アイテム類もかなりの予算を割いてくれるようだし、むしろレベルアップするチャンスだぞ。…ただ、先生方が協力するのはモンスター相手だけだ。チンピラ共は皆が相手するんだ。」
乾先輩の言葉に、さっきとは打って変わって皆が喜ぶ。
アイテムにはオレが以前使っていた『強化』や影山の『隠密』のような効果を持った物も多い。
基本は使い切りなので学生が常用出来る物は限られるのだが、今回はお金の心配をしなくて良いようだ。
使い過ぎると中毒症状になったりするから、そっちを心配した方が良いのかも知れない。
先生が相手の捕縛に協力しないのは風紀委員にとっては大した問題じゃ無いらしい。
それだけ風紀の仕事に誇りを持っているようだ。
「それと、改めて紹介しておく。今回の作戦には二年の有志も参加して貰う事になっている。彼ら…断真君と影山君と…諏訪家や滋深家の御令嬢達六人だ。彼らには横葉先生が監督につく事になっている。」
少し離れた位置に座っている奈子達も同時に立ち上がる。
本当は近くに座りたかったが、鹿藤チームとして行動していたので、オレ達は会議室の中心近くに座らされている。
「…乾さん!鑑定結果出ました。」
オレ達の紹介が済んだ所で、会議室に一人の男が入って来た。
腕章をつけてるから風紀委員みたいだが…。
「…なるほど。皆、喜んでくれ。今回捕まえた敵はスキル4〜5個相当を所持していたようだが…進化などをしたスキルは精々一つで、スキルレベルも1か2が上限だ。……つまり、敵は殆ど素人だ。剣の腕も大した事無かったようだし、皆なら十分対応出来る。」
…なるほど。
『鑑定』スキル持ちが来ていたのか。
さっき風紀委員に引き渡したばかりだと言うのに、素早い事だ。
(チンピラ達はスキル数こそ多いものの、動きは全くの素人だった。武術の訓練も受けた事が無いんだろう。…それに引き換え、風紀委員は学園の精鋭…大和のエリート達だ。間合いに入れば楽勝だろう。)
注意すべきは遠距離からの攻撃くらいだ。
勿論皆も分かっているだろう。
その後は注意事項を幾つか教えられ、解散となった。
注意事項と言っても当たり前の事で、定期連絡を取れるようにしておくとか、単独行動はしないと言った事だ。
「よし、そんじゃ断真、影山。男同士、次の作戦の打ち合わせでもするか。」
「そうですね。今回の作戦の打ち上げも兼ねて、パーッと行きましょうか。」
会議が終わると鹿藤に肩を組まれる。
隣では影山が木万に両肩を掴まれている。
「え…?あ、ああ……。」
「あ、あの…。僕、いつの間にか取締りに加わる事になってるんだけど…。」
咄嗟の事に、つい頷いてしまった。
隣では影山が顔を青くしている。……そう言えば、元々は関係無かったな。
影山に同情しながら部屋の外まで連れていかれると、諏訪達が待ち構えていた。
「さっき、『次の作戦の打ち合わせ』とか言って無かったー?断真はウチの子なんだけどなー?」
「…今回の打ち上げって言ってるのに、先生も誘わないし…。もしかして、そう言う趣味でも有るの?」
諏訪と黒田が呆れたように声をかけてくる。
黒田の言葉に驚いて、思わず鹿藤から距離をおいた。
「洲君はこっち。…忘れちゃダメだよ?」
その瞬間に奈子に腕を掴まれた。
…流れるような連携技だ。
「…ッチ。気付かれたか。」
「…貴女方の所に断真君が入っても、戦力過多になるかと思ったんですけどね…。…それと、おかしな事を言うのは止めて下さい。」
鹿藤達も食い下がったりはせず、悪態を吐きながらも諦めてくれるようだ。
「…仕方無い。断真、今日は途中で終わったし、続きはまたな。…影山は貰っていくぞ。」
「影山君のサポートが有れば氷炎フィールドも何とかなりそうですね。」
「え?…やっぱり、僕も参加するの…?」
鹿藤と木万に肩と腕を掴まれ、影山が連行されて行った。
「…影山の事は安心してくれ。絶対に守ってみせるから。」
君島がかけてくれた言葉を信じ、影山の事は任せよう。
「さーて、余計な奴らが居なくなった事だしー。断真には知らない人について行かないように教育してあげないとねー。」
「そうね。鹿藤君達には気をつけてってあれだけ言ったのに、流されるまま連れて行かれそうになっちゃうんですもの。」
諏訪と黒田が笑顔で迫ってくる。
…オレも人の事を考えている余裕は無さそうだ。
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