森林
「…ここが『森林』か。まさか、こんなに早く来る事になるとはな…。」
ダンジョン11層、初の森林型の階層へと足を踏み入れる。
保険医に言われた安静期間も終わり、久しぶりのダンジョンだ。
3層で軽く試したが異常は無かった。ようやく本格始動だ。
11層はまだ早い気もするが…敵の足はそこまで早く無いと聞いた。
帰還石も有るし、大丈夫だろう。
(二学期に入る前に一度見ておきたかったんだよな。)
周囲を見渡すと、今までとは違い天井が高い。
太陽こそ無いものの、青い空がどこまでも広がっており、いくつかの雲まで見える。
『森林』タイプではあるものの、11層は殆ど草原といった感じだ。
どこまでも続く…かは不明だが、目の前には草原が広がっている。
数百M離れた所でモヤがかかったように視界が悪くなり、そこまで遠くは見渡せない。
色々と隠したい事があるオレにとっては喜ばしい限りだ。
『森林』では敵がそれぞれ縄張りを持っていて、その縄張りに入ると敵が襲ってくる。
中には徘徊している敵もいるが、数は少ないらしい。
そして天井が高いのは幻術などでは無く実際に高い。その為飛行系のモンスターの脅威度は増している。
(指弾もそこまで遠くには飛ばせない。ここまでのような戦い方は難しいだろう。)
10層までは天井が低かったので、飛行タイプはそこまで脅威では無かった。
スピードが速いので油断は出来ないが、慣れれば何とかなる程度だった。
だが、これからは全く別物だと思っていた方が良いだろう。
(空気も悪く無いな。…誰かと来ても楽しかったかもな…。)
今回はソロで潜っている。
色々と内緒にしている事が有るので、誰かと一緒だと気を使うからだ。
滋深や影山に声をかけたとしても、他の友人も付いて来そうだしな…。
「っと…。来たな。…ゴブリンか。」
森林以降も迷宮で出てきた敵は出現する。『グリーン系』と言われる緑系のカラーリングに変わって出てくるのだが…。
(ゴブリンは元々緑色だし、分からんな…。)
それでも敵の強さは段違いだ。
しかもゾロゾロと八匹ほどの集団で、魔法使いや弓使いも出て来た。
「ちょうど良い。ゴブリンは『森林』最弱。初戦の相手としてはちょうど良いだろう。」
独り言を呟きながら、強化をかける。
そのまま敵と戦いを始めるが…。
(…?…違和感が。)
体が思い通りに動かない。
初撃はそこまで問題無いのだが、二発目、三発目、回避、防御…と戦いを続ける内にどんどん鈍くなっていく。
(強化が…うまくかかっていない……?)
すぐに『強化』の効果が切れてしまう感じだ。こんな事は初めてだ。
(低層では一発で倒してたから気付かなかった。……これは、マズいぞ…。)
咄嗟に指弾(魔弾)に切り替える。
だが、不運は尚も続いた。
(クソ…。誰かに見られてる…。いつの間に来たんだ!?)
少し離れた場所に学園の生徒が立っている。
いつ現れたか知らないが、今はジッとこちらを見ている感じだ。
そのせいで弱めの魔弾しか撃てない。
牽制程度の効果しか出せず、徐々に劣勢になって行く。
(勘弁してくれ…。早く消えてくれ…。)
ゴブリンの攻撃を何とか防御して行くが、数に押されて段々と厳しくなって来た。
(…仕方無い。このままでは本当にヤバくなる。怪しまれるかも知れないが、そんな事は言ってられない。)
覚悟を決めて強めの魔弾を放つ……だが、既に敵の手中にハマっていたようだ。
『ギャギャギャ!』
『ギャッギャッ!』
(『まだ…』 !!)
魔弾を撃つ直前に敵が魔法を放って来た。
…魔法を撃つタイミングを狙われていたようだ。
「ウッ!!ッガ!!」
魔法を食らい、そのまま周りのゴブリンに殴られる。
「え……。コレ……、本気でヤバく無いか…?」
知らず、声を出してしまっていた。
まさか…、こんな所で終わる訳には……!
「ふむ……。どうやらここまでか。勝手ながら助太刀させて貰うぞ。」
必死にゴブリン達の猛撃を防ぐ中、そんな声を聞いた。
…どうやら、遠くで見ていた生徒みたいだ。
長髪の男子生徒で、制服の襟の色からして三年生だ。…しかも風紀委員の腕章も付けている。
(助かった…。いや、見られて無かったらこんな事にはならなかったんだが…。)
だが自分の判断が全て裏目に出ていたのは事実だ。
結果こそ全てだ。素直に反省しよう。
…あっという間にゴブリン達を片付けてしまった。
風紀委員は実力者揃いと聞いていたが、どうやら本当だったみたいだ。
「ありがとうございます。お陰で助かりました。」
(11層の敵を瞬殺か…。二刀を使っていたが剣筋が殆ど見えなかった。相当な実力者だぞ。)
一瞬で五匹倒し、返す刀で三匹を瞬殺した。
ほんの僅かな時間に倒してしまったのだ。動きを追う事は出来たが、剣までは追い切れなかった。
「二年生が一人で11層に居たので気になってな。…失礼だが見学させて貰っていた。勝手に手助けに入ったが、文句は無いだろう?」
「はい。本当に助かりました。」
「最初は無謀な愚か者かと思ったが、君の動きは…。…ああ、すまない。僕は乾だ。学園の三年生で、風紀委員をしている。」
(乾って…士族でも有数の大家じゃないか…。)
道理で強い訳だ。
学園でもトップクラスの実力者だぞ…。
「オレは――」
「知っている。断真洲君だろ。鉄人として日々修練を欠かさない、勤勉な生徒として有名だよ。」
三年生も知ってるのか…。鉄人と呼ばれるのには抵抗が有るが、仕方あるまい。
「君の強さも知っている。一学期の頃の強さだがね。……色々有ったみたいだが、無理はしないようにな。…出口まで送ろう。」
「は、はい…。」
こうなっては11層に留まるのは危険だ。
先輩の申し出を有り難く受けよう。
(『色々有った』って言ってたが…結構バレてそうだな…。)
それでも致命的な所まではバレてないはずだ。
精々、ある程度強くなった、と思われているくらいだろう。
二人でダンジョンを歩いていると何人かの生徒とすれ違う。
…オレの事を知ってる生徒も居るみたいだ。何度もオレと先輩の顔を見返している。
(…何でこんなに学園生が居るんだよ。)
今までは皆が帰省中という事もあって、誰かと遭遇する事は殆ど無かった。
それ以前も1層をメインに活動していたので静かなものだったのだが…。
「…今日は特に人が多いな。学園が始まる前に勘を取り戻したいんだろう。10層が封鎖されているから中等部の生徒も多いな。…今日は見回りを増やすか。」
やはり多いみたいだ。…だが、10層が封鎖?
「10層が封鎖されているんですか?」
「知らなかったのか?数日前からボス部屋が常に開放状態になっているんだ。しかもボス部屋は一部の床や天井が損傷していたらしい。あそこでは相当な激戦が行われたはずだ。」
先輩の言葉に驚く。
恐らくは『黒牛』戦の影響だろう。
ボス部屋が開放状態なんて初めて聞いた。
しかもダンジョンが傷付いていたのか…戦闘に夢中で全然気づかなかった。
ダンジョンは中途半端な攻撃で傷付ける事は出来ない。
傷付ける事が一流の証とまで言われているんだ。
更に、普通なら傷付いてもすぐに修復されるはずだ。それがされてないとなると…。
(あの『黒牛』は相当無理して用意したのかも知れないな。)
10層で出せる魔物の許容量を超えた事で、一時的にダンジョンの機能が麻痺してるのかも知れない。
古代の記憶にそんな内容が有った気がする。
「誰が戦っていたのかは知らないが、是非風紀委員に勧誘したいよ。…君は何か知ってるか?」
「……いえ、10層が封鎖されてるのも今知った位ですし…。」
「そうか。まぁ何か気付いた事が有れば教えてくれ。」
「はい。…本当にありがとうございました。」
「…もう出口か。じゃぁ、気をつけてな。」
先輩は軽く手を上げてから去って行った。
(バレて…無いよな?)
少なくとも今日出会ってからは変な事はして無いはず。
(大丈夫なはずだ。…それより、問題は『強化』だ。)
明らかにおかしかった。
ボス戦で無理した影響なんだろう。
(保険の先生に……聞いて良いのか?これがスキルの過剰使用によるものだとしたら、保険医は気付く可能性が高い。色々質問されたらマズいかも知れない。……まずは横葉先生に聞いてみるか。)
下手に検査されるのも出来れば避けたい。
『偽装』で隠せるはずだが、検査を受けた事を滋深に知られたらまたややこしい事になる。
(余り嘘を重ねるのも避けたいしな…。)
幸い一斉検査は一年一回だ。
任意の検査は学期毎にあるが、今までも受けたり受けなかったりだ。
不審に思われる事は無いだろう。
普通は皆受けるのだが、いつも変わらないので見るのが嫌だったのだ。落ちこぼれで良かったと初めて思えた。
(黒田や諏訪もオレに隠し事が有るのは気付いているだろうし、今まで通り黙っていてくれるだろう。)
「それなら、スキルの無理な使用が原因だろうな。暫くは戻らないだろう。」
横葉先生の元へと相談に行くと、思った通りの返事が返ってきた。
「スキルの過剰使用なんて良くある事だが、そこまで行くのも珍しいな。立派な冒険者に育っているようで、先生は嬉しいぞ。」
…先生的には嬉しい事らしい。
一流冒険者にとっては良くある事かも知れないが、オレはまだ学生なんだけどな…。
「…分かりました。その内戻るなら静かにしてます。」
当分はまた1層かな…。
誤字脱字報告ありがとうございます。
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