夏休みの一日
あれから数日が経った。もう夏休みも残り僅かだ。
武器は予定通り林と福良が買う事になり、すぐにカードに代金が振り込まれた。
福良の武器は刃が付いてる事もあってそれなりの金額がしたのだが、全く問題無かったみたいだ。
(流石は上流階級だよな。…影山は一生大事にするとか言ってたが…使うよな…。)
支払われた代金を一生大事にしても意味が無いだろう。
(影山はスキルを覚えなかったみたいだが、レベルは上がったと言っていた。スキルももう少しで覚えられそうと言っていたし、二学期が楽しみだな。)
稀にそう言う感覚を覚える事が有るらしい。スキルを覚えるとか、レベルが上がりそうだと感じ、実際にその通りになるのだ。
影山も似たようなケースだろう。
(オレも色々上がったしな…。)
ついニヤけてしまう。
支援Lv5、クリティカルLv3、偽装Lv2、魔弾Lv3へとそれぞれ上がった。
偽装は道中に使っていただけだが、無事上がってくれたようだ。
強化(改)はレベル2のままだ。進化したスキルはレベルが上がり辛いのかも知れない。
「っと。いかん。これから皆と会うんだ。ニヤけてる訳には行かん。」
声に出して気持ちを入れ替える。
これから『森林亭』で夏休みの宿題だ。
参加者は滋深、林、福良を中心とした女子数人と、オレと…影山だ。
(影山は今日は来れるのかな…。)
無理そうだと思いながら影山の事を考える。
つい先日、影山のチームメイトとも話す事が出来た。
実家から帰って来た所を影山から紹介されたのだ。
何故か福良との仲を取り持ってくれと懇願されたが、丁重に断った…影山が。
その後は取っ組み合いの喧嘩が始まってしまったが、影山は屈しなかったようだ。
その後、森林亭での集まりが彼らにバレてしまい…今に至る。
影山はチームメイトに徹底的にマークされ、殆ど参加できずにいる。
何故影山の『隠密』が見破られるのかは不明だ。
「行くよ!!蘭!!」
「応!!来い!せつ!」
森林亭に行くと、広場から声が聞こえる。
どうやらいつものように、林と福良が手合わせをしているようだ。
二人はあの武器を殊の外気に入ったようで、手に入れてから連日のように模擬戦をしている。
福良の持つ刃部分は柄が短いのだが、魔力を込める事で長さの調整が可能みたいだ。
林の持つ柄部分も長さを変更出来る。
二つに別れた武器の両方ともがサイズ変更出来るのはかなり珍しい。
本来は一度武器屋に預けて整備するべきだが、手放せずに居るようだ。
(本来はこんな場所で手合わせするのはマズいんだがな…。)
オレもやってしまったので強くは言えないが、指定された場所以外での私闘は禁止されている。
この広場は林家の敷地なので完全にアウトでは無いだろうが、道路のすぐ傍だからな…。
「あ!断真君!昨日ぶり♪」
「へっ!もうその手には乗らねーぞ!!」
福良に声をかけられてしまった。…絶対狙っているだろ。
「…おはよう。今日も宜しくな。」
「は!?だ、断真!?」
「隙アリーー!」
無視する訳にもいかずに返事をすると、思った通りの結果になってしまった。
福良…結構イイ性格してるよな…。
「せつ!テメェ!」
「へへーん。油断しすぎだよー。」
追いかけっこを始めてしまった。
…いつもの光景だな。
「断真君、おはよう。」
「滋深か、おはよう。」
滋深と挨拶を交わし、テラス席の隅へと向かう。
有り難い事に、この一角を開放して貰っているのだ。
「諏訪、黒田、…黒守、おはよう。」
他のメンバーにも声をかける。女子はこの六人だ。
呼び捨てにする事は許可を貰った…と言うか、ぎこち無く『さん』付けをしてたら不要だと言われてしまったのだ。
「はよー。」
「おはよう。」
「ハロー。もー、マリカでイイって言ってるのにー。」
諏訪と黒田に続き、黒守が返事をする。
コイツが滋深と普段チームを組んでいる三人目の女子だ。
黒守真理架と言い、底抜けに明るい人物だ。
大和では珍しい、亜人の血を強く引いていて、迫害から逃れる為に大和にやって来たと言う。
明るい笑い声で言われたので返答に困ったが、普通に接してくれと言われた。
大和の外では一部の亜人への差別が残っているらしい。
エルフなどの見目麗しい種族は奴隷狩りに狙われる事もあると言うから驚きだ。
(大和では考えられんよな…。)
大和では初代様達が提唱した『イエスロリータ!ノータッチ!』の標語が広まっている。
幼子達は皆愛すべき存在という意味らしい。
元の意味は違っていたらしいが、現在は調べる事が出来ない。
きっと元の意味も素晴らしかったんだろう。
「ふー。疲れたー!…ちょっと眠くなって来たかも。」
「せつ…寝るならもう教えないわよ。」
福良が寝ようとする所を黒田が注意する。
このメンバーの中では福良と林と黒守が勉強が苦手だ。
諏訪は意外な事に頭が良い。独自の思考回路をしているせいで人に教える事は出来ないが、成績も良いらしい。
「じゃあ、今日も宜しくな。」
「あ、ああ。…いつもありがとうな。」
オレも勉強は出来るので、林に宿題を教えている。
自分の分の宿題は終わっているし、今は講師役だ。
赤点回避の為にずっと勉強を頑張ってきたんだ。我ながら勉強は出来る方だと思う。
滋深と黒田も同様に講師役だ。滋深は黒守に。黒田は福良に教えている。…諏訪は自称監督役だ。
(しかし……化けるもんだな。いや…化けると言ったら失礼か。)
林は森林亭の制服なるものを着ている。
殆どメイド服のような格好で、スカートも膝までの短さだ。
戦闘が終わってから着替えたんだろうが、薄ら化粧もしている。
あの母親の血を引くというのも頷けるほどの存在感だ。
「な、なんだよ…。あんま見るなよ…。」
「あ、ああ…。すまない。」
何とか冷静を保ち、勉強を教える。
こんなに女子の近くに座るなんて…未だに慣れない。
「断真君。今日こそはどう?いつも蘭を構ってばかりだから、たまには別の女性を相手にした方が良いと思うよ♪」
「いや…。まだ許可が出ないんだ。…てか、その言い方、わざと言ってるだろ…。」
「分かる?いやー、断真君相手なら気軽に話せそうだよ♪」
福良に声をかけられる。この短い間に習慣になりつつ有る話だ。
別に色っぽい事では無く、手合わせしようと誘われているのだ。
オレもやってみたいが…病み上がりの為に今は安静にしている。
保険の先生は明日辺りまで様子を見て、適当にダンジョンで試して来いと言っていた。
体の調子は問題無いが、回復魔法も万能では無いので無理は禁物らしい。
「うーん。そっかー。残念…。」
「せつ、いつもフラれてるよねー。超ウケる。」
「はにゃ?」
諏訪が福良をからかう。
これもいつもの事だな。
それからも少し騒ぎながら勉強を続けていると昼になった。
林は店の手伝いをしている所だ。
勉強の合間でも忙しくなったら席を外している。その為に中々宿題が進まないで苦労しているようだ。
武器の為だから仕方無いとは言え、宿題が終わるのか不安になる。
「…いらっしゃいませ。…先生だ、宜しく頼むな。」
「おーっす。今日もタカリに来たぞ。」
林が先生を案内して来た。
先生がタカリに来るのもいつもの事だ。
…いや、正確には貸してるのだが…ちゃんと返してくれるよな…?
先生が金欠になったのはオレが武器を壊したせいなので、武器の代金から幾らか貸したのだ。
学園から武器の金額が支払われれば、オレにも返って来る事になっている。
(あの時の先生の喜びようは凄かったな。気付かない内に胸に抱えられてしまったし…先生、結構グラマーなんだよな…。)
「……断真君?」
「じ、滋深?」
凍えるような視線を向けられている…。
…オレの考えがバレてしまったのだろうか。
「せつ…また見てるの…?」
「食べ終わったらすぐかよ。ホント夢中だなー。」
黒田と諏訪が福良に声をかけている。
…また武器を見ていたようだ。
「ふふ。だってー♪ この牛かわいいんだもん。…それに、この切り口がまた良いよね。」
牛とは斧の部分にある星座だ。
幾つかの点の集まりを俯瞰して見る事で、本来の姿が浮かび上がる技法らしい。
オレも知らなかったが滋深から教えて貰った。
「ホントだよな。…とてもアタイじゃ出来そうに無いな。」
林もやって来た。どうやら店も落ち着いて来たらしい。
切り口とはオレが切断した部分の事だ。
戦斧は特殊な素材で出来ていて、『不壊』の効果も僅かに付いてるらしい。
それが綺麗に斬られている事が驚きだったらしく、福良と林はよく切り口を見つめている。
もちろんオレが斬った事もバレていて、そのせいで頻繁に手合わせを申し込まれているという訳だ。
ちなみに買った剣の事も知っているので、恐らく剣に強化をかけられると言う事もバレてるだろう。
「夢中だったからな…。マグレみたいなものだよ。」
複数強化は恐ろしい強さだったが…もう二度とやりたくない。
一発の攻撃毎に瀕死になるんじゃとても使えないだろう。
「っへ。例えマグレだろうとお前はやってみせたんだ…!アタイも負けていられねーぜ!」
「わたしも…流石にコレは出来そうに無いなぁ…。断真君には色々と教えて貰わなくちゃね♪ …だから、回復したら手合わせしようね?」
林と福良に声をかけられる。
福良は天然なのか知らないが、距離感が近くてよく驚かされてしまう。
「あ、ああ。」
「へぇ…。せつにも出来ないなんて…。断真君、攻撃力ならクラスでトップクラスね。」
「少し前まで『落ちこぼれ』って呼ばれてたのにねー。二学期からはモテモテだぞー?ウリウリ。」
黒田と諏訪も話に参加してくるが…。
「諏訪…。脇を突つくな。」
「えー。減るもんじゃ無いし良いじゃん。」
諏訪の軽さには未だに慣れないな。
このメンバーの中でもかなりのお嬢様らしいが…信じられん。
「オー!ハーレムですネ!私も断真なら考えマスよ!?」
「断真君はずっと頑張っていたもんね。……ハーレム作るのも、仕方無いと思う。」
黒守…変な事言うなよな…。滋深が本気にしてるじゃ無いか…。
「勘弁してくれ…。まだまだ強くならなきゃいけないんだ。そんな余裕は無いよ。」
真のダンジョンマスターになる為にはコアまで到達しなくてはならない。
まだまだ先は長いんだ。
「断真君、無茶はしないでね…。」
「ああ。ありがとう。」
滋深の言葉にいつものように返事をする。
皆と居ると騒がしくて楽しいけど、ゆっくり出来ないのが難点だな。
そんな贅沢な考えを抱きながら、夏休みの一日を過ごした。
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クラスレベル
支援Lv5
スキルレベル
強化【進化】Lv2、クリティカルLv3、偽装Lv2、魔弾Lv3
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