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09 同居と仕事

 翌朝、イチカは起き抜けで、姉の昔の服を着た彼女を神社に連れて行ってお祓いをした。そしてお札を袋に入れて持たせた。


「ほんと、ごめん」

「謝らなくていいんだけど。家の人は?心配するんじゃね?連絡した?」

「大丈夫。したした」


 風邪でも引くかなと思っていたが、彼女はすっかり元気になっていた。唇の色も薄紅色で、白い肌によく映えている。


「きれいになった感じする?」


 彼女に憑いていたものがどんなものなのか、神様クラスしか見ることのできないイチカにはわからなかった。何件もお祓いをしてきたけど、本当に祓えたのかどうなのか実際はわかっていない。スズシロもいちいちそんなことは教えてくれない。


 彼女の顔がふと、うつろになった。



「きれいに……そんなの、ならないよ」



「あ、失敗した? ごめん、俺さ、まだお祓い始めて2ヶ月くらいだから……」

「あ! 違うの。ごめんごめん。怖いやつだよね? うん、全然なくなったよ」

「そっか。良かった」

「あのね、イチくんがよければなんだけど、しばらく……ここで暮らしていい? 何でもするから。掃除でも洗濯でも、なんでも」

「へ?」


 突然の話に、耳に入ってきた言葉の意味がどんどん素通りして行った。何? ここで?


「ここに、住ませてもらえない? ほんとに、何でもする。私、なんでもできるから」

「住む? うちに?」

「そう」


 冗談を言っているようには見えなかった。むしろ切羽詰まっている感じ。


「俺はいいけど……家の人は?」

「ほんと⁈ ありがとう! すぐ、勉強道具と着替えとか取ってくるね!」


 彼女はそう言うと、ぱっと身を翻して走って神社を後にした。スズシロが入れ違いにふっと現れた。


『いいな。助かった。今度からあの娘を使え』

「は? 何に」

『お祓いの時の、依頼人の案内だ。(スイ)のスーツがあるだろう。あれを着せればまあ、中学生には見えないんじゃないか』

「えっ! さすがに無理があるだろ」

『ではあの娘に手伝えることなんかないぞ。あの娘の霊格を上げてやるんじゃないのか』

「ていうか、いいのかな? そんな、一緒に住むなんてさ」


 照れて俯いたイチカに、スズシロはまたフンと鼻を鳴らした。


『百年前ならお前たちなんてとっくに働いている年頃だ。家庭を持ち子を成していた者もいた。別に驚くことではない』

「令和では驚くんだよ!」

『まあ、問題になるようならなんとかしてやる。しかしお前たちは幼いな。そんなことも自分の責任でできないとは』

 



 小一時間もしないうちに、サハラさんは大きな黒いバッグに、ぎゅうぎゅうに服やら何やらを詰めて、息を切らして戻ってきた。


「すごく急いだから……足りないかも」

「大丈夫?」

「いいわ。大丈夫。少しだけどお金も持ってきたし。ねえ、それで私、何をしたらいい?」

「あー……と、そうだな……とりあえず、姉のお見舞いに行かないといけないんだ。洗濯物とか引き取って、洗ったのを置いてこないといけなくて。週に何回か、俺の代わりに行ってもらえたら助かる。あと、境内の掃除。これは朝晩。掃き掃除だな。社の中は俺がやるから。それとお祓いとかの手伝いを頼んでもいいかな?お客さんの案内なんだけど、客間から本殿に連れてきてほしいんだ」

「それだけ?」

「あと家事も分担して欲しい。特に掃除。こっちの家もでかいだろ? 大変なんだ」

「それでいいの?」

「やってもらえればかなり助かるよ。今、全部俺一人でやってるんだよ」


 サハラさんはほっとした顔をした。早速家のあれこれの分担を作って、お客さんが来た時のシミュレーションをした。


「イチくん、こんなことしてたんだ」

「サハラさんは?家事とかできるんだ? なんでもできるって言ってたけど」

「サハラでいいよ! さん付けなくて。だってうち、ママもすぐどっか行っちゃうんだもん。一人で何とかしないと、着る服も食べるものもなくて」


 テレビが一階の居間にしかないから、自然と二人でいた。ケーブルをつなぎかけのゲーム機を見つけたサハラが、やりたいと言うから2人でやった。イチカはどきどきしなかったといえば嘘だけど、なんとなく、本当になんとなく、姉ちゃんが目を覚ましたらこんな感じだったかも知れない、と思った。


 ──似てないし、姉ちゃんはもっとこう、いつもせかせかと忙しそうにしてたけど。


「ね。お姉さんて、なんの病気で入院してるの?」

「病気じゃないんだ。意識を無くして、そのまま。ずっと寝たきり」

「え……事故とか?」

「まあ、そう。土日のどっちかと、平日二、三日姉の所に行ってるんだ。明日一緒に行く? ちょっと怖い?」

「行く」

 


 お風呂とトイレが別だから、一緒にいてもそんなにサハラを意識する機会がなくて助かった。

 ご飯の時や、イチカの服をサハラが干してるのを見た時なんかは(洗濯は彼女がやりたいと強く希望した)、なんだか不思議な気分になった。


 そして月曜日が来た。サハラにはじいちゃんが持っていた鍵を渡して、彼女が出たしばらく後からイチカが家を出る。こうしてみると、同居というのはあまり難しいことではなかった。ただ気をつけるだけだ。ヨーヘーや友達が来る時は彼女のものをしまうこと。一緒に出かける時は時間をずらすこと。プライバシーを守り合うこと。


 放課後、病院に2人で行った。受付の事務員さんがちょっと目を細めた。


「えーと、姉の友達……あ、親戚にする?イトコとか」


 面会者用の記入用紙に適当に書いてもらい、病室に入る。

 個室の隅に、黒いモヤがかかっている。イチカに見えると言うことは、神様かそれに近い何かということになる。サハラには見えないんだろうが。


「ここに洗濯物があるから……」


 サハラの方を振り向くと、サハラは病室に入れずにいた。目が合う。彼女は首を横に振る。見えてるのか?


「あー……あの黒いの?」


 こくこくと頷く。あれはサハラにも見えるのか? どういうことなんだろうか。後でスズシロに聞いてみないと。洗濯物を取って、持ってきた新しい服やタオルを入れる。


「じゃーな、姉ちゃん」


 手を振って病室を出るが、サハラはまだ青い顔をしていた。もしかしたら、サハラの目にははっきり見えるようなモノだったのかも知れない。サハラは、ごめんね、と言ってイチカの腕に軽く腕を絡めた。


「こ、怖い。ちょっとこうさせて」

「そんなに?俺には何か黒いモヤにしか見えなかった」

「そうなの?私には……」


 サハラはそこで口をつぐんで、帰りのバスを待っている間、ずっと黙り込んでいた。




 



 



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