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07 お札と魍魎

 お祓いの仕事はそれからもぽつりぽつりぽつりと舞い込んできた。


 ホームページもない、おそらく電話帳にちょっと載っているくらいの神社に、どうしてそんなに見たこともないような人々が訪れるのかイチカにはわからなかったが、じいちゃんが死んでしまって、収入というものがついに無くなった身としてはありがたかった。


「どうやってうちを見つけるんだろう?」

『それが()()()というものだ。必要な者には必要な物が現れるようになっている』


 スズシロはあれからも、イチカを依頼人に紹介するときだけ人の姿になった。



「イチくん」


 6月近くになって、サハラさんが声をかけてきた。厄祓いの仕事をするようになってから、土日も潰れるので学校のことは学校で終わらせなければならず、休憩時間にも宿題をやっていたイチカは全然サハラさんに注意を払えていなかった。呼ばれて久々にその顔を見た。


 見るからに暗く沈んでいる。


「相談があるの。神社に行っていい?」

「うん」


 また何か、ユーレイがらみのことがあったんだろうなと見当はついた。黒狗は気づいた時には消えてしまっていたので、もう家に何か湧いてきたのかも知れない。


 放課後、この日は一緒に帰ることにした。昇降口で彼女を待っていると、ヨーヘーが肘でどついて行った。彼女は間もなく一人で現れた。

 以前家に送った時もそうだったように、彼女はイチカの後ろにぴったりと隠れるようにして歩いた。鳥居をくぐったところで、やっと少し離れてほっと息をついた。


「ここ、きれいだよね。何もいない」


 スズシロが足元でフンと鼻を鳴らした。今日は白羽様は見えない。

 6月の日はまだ高かった。イチカは自宅の縁側にサハラさんを座らせて話を聞くことにした。


「どうしたの?」

「また家に変なのが湧いてきたの。イチくんに言ったらきれいにしてもらえるかなって」


『早いな』


 スズシロが口を挟んできた。


『まだ三月も経っていない。霊道でもあるのか?』

「何がいるの?今は」

「また、変な小鬼みたいな。隅っこに固まっているの。あと、女の人の声がする……。前もしてたんだけど、イチくんに相談したら一回収まってたのに」

「ふーん……」


 ちらとスズシロを見る。


『確かに何かついているな。この娘にもついていた。鳥居をくぐって離れたが、また付くだろう』

「お祓いは効くかな?」

「ほんと?やってくれる?」

『家の魍魎はこの娘だけ払ってもだめだぞ』

「どうしよう」

『まあ、(ふだ)でも持たせて家の中に貼らせたらどうだ』

「札?」

「お札?」

『お前は作ったことがないだろう。作って渡してやれ。白羽様に迷惑をかけるな』

「今度、お札を作ってあげるから、ちょっと待っててくれる?」

「本当?助かる!」


 サハラさんはぱっとイチカの手に自分の手を重ねた。ひんやりと冷たい手だった。





 札は思っていたより簡単にできた。お祓いに慣れてきたからかも知れない。お祓いと似たような手順で、何枚か。


「何も書かなくていいの?」

『本当は書いたほうがいい。神威が乗りやすくなる。でもまあ、今回はお試しだ。いいだろう。お守りもこれと同じように作れるぞ』


 手に取ればただの手のひらサイズに切った白い和紙だ。でもうっすらと光って見える。


「この光ってるのがシンイってやつ?」

『そう。それが見えるやつはそう多くない』


 その日学校で、休み時間にサハラさんにちょっと声をかけた。


「できたよ」

「本当?」


 できたばかりの札を渡す。ぱっと見は本当にただの白い紙だから、教室で取り出したところで騒ぎ出すやつはいない。


「南側か東の壁に貼って。なるべく高い位置に」


 スズシロから言われたことをそのまま伝える。


「日光を家の中に入れるようにすること」

「わかった」



 次の休み時間に、ヨーヘーが寄ってきてちょいちょいと手招きをした。窓際に連れて行かれる。


「……佐原咲耶と仲いいのか?」

「え?仲いいってわけじゃないけど」


 ヨーヘーが声を顰める。


「あんまりいい噂聞かないんだ。顔はかわいいけどさ……」


 ちらっと彼女を振り返る。彼女は自分の席で教科書に目を落としている。誰も話しかける者はない。


「へえ……」

「街の駅で見たってやつもいる。まあ、巻き込まれるなよ」


 街の駅というのは、この小さな田舎町からバスで小一時間ほど行ったところにある県庁所在地の駅のことだ。政令指定都市なので、この町とは比べものにならないくらい都会で栄えている。

 中学にもなれば友達同士で買い物に行ったりもするが、こういう言い方で「街の駅で見た」というのは、あまりよくない素行を指すことが多い。


「うん」


 ヨーヘーはパンとイチカの肩を叩いて、自分の席に戻って行った。



 3日後のことだった。サハラさんがイチカにまた声をかけてきた。


「あのね、ごめん。お札がダメになっちゃった……」

「だめになった?」


 サハラは目を伏せてこくりと頷いた。


「見て欲しいの。うちに来てくれない?貼ったところが悪かったのかな?」

「………」


 札のできが悪かったのか?スズシロにも来て欲しい。一人ではわからない。


「わかった。一度家に寄ってから行く。家の前で待っててくれる?」

「うん」


「てことで、来て欲しいんだ」

『ほう。私が邪魔だと思わないのか』

「何で?」

『お前、あの娘が好きだろうが』

「うるさいな……」


 スズシロはクックと笑ったが、ついて来てくれた。好き……好きなのかな?かわいいとは思う。親しくもなりたい。でも、ヨーヘーの言ったことは少し気になった。


 神社からはさほど離れていない、市民住宅が集まっている集落につく。ぼろぼろで、全く同じつくりの平家の家が何軒も並んでいる、そのうちの一軒の玄関に、少女が座り込んでいた。


「イチくん」

「よう」

「汚くてごめんね」


 サハラさんはその古い家にためらいなくイチカを招き入れた。スズシロもそれに続く。見た目通り、家は古く、湿っていて、壁の薄さがすぐに分かる。


「ここに貼ったんだけど。貼ってすぐは何も見えなくなったし聞こえなくなったの。でも……」


 言われて白い指が差した柱を見上げる。お札がべろりと剥がれて、右下の一点でかろうじて柱に付いて揺れている。札を剥がして手に取る。水に一度浸して乾かしたように、ごわごわと皺が寄っている。


 湿気?


 部屋を見回す。狭い居間には、パイプのハンガーラックに女物の服がぎゅうぎゅうにかけられており、小さな鏡台とテーブル、テレビと、サハラさんの教科書が積まれている。こんなに全体が濡れるほど湿気ているわけではない。


「どれくらいでこうなったの?すぐ?」

「貼った次の日、起きてみたら剥がれかけてて……何度も貼り直したんだけど」

「ふーん……」


 イチカが新しい札を貼り直す。ぴたりと柱に付いた。そうそう剥がれないように見える。


「すごい。イチくんが家に入るとみんなイチくんから離れるよね」


 ふいに、サハラさんがイチカの本当にすぐ後ろに立った。


「そう?」

「うん。お札じゃなくて、イチくんにいて欲しいくらい」


 サハラの前髪がイチカのシャツに触れる。どきっとした。


「私、友達いないから……イチくんが、こうして私のために色々してくれるの、すごく嬉しい」


 カッと自分の頬が熱くなるのを感じる。


「こんなこと、相談できるの、イチくんだけなの……」


 フンとスズシロが鼻を鳴らす音が耳に入った。はっと我に返る。


「……俺も色々試してみたいからさ。お札はうまくできなかったのかも知れない。ちょっと考えてみるから。この古い方、もらっていくね」



 

 サハラさんの家を出る。見送りに出た彼女が見えなくなるまで歩いてから、イチカはため息をついた。さっき頭に上った血が、余熱のように体に残っている。熱い。


『若いな』

「うるさいな!どうだった?」

『あの家にいくら札を貼ったところで無駄だ。あの娘かあの娘の母親が魍魎を呼んでいる』

「呼んでいる?」


 スズシロと話しながら歩くのは、(はた)から見ると独り言を言って歩いているように見えるので遠慮したいところだったが、好奇心が勝った。


『魍魎は暗く利己的な人間に憑きやすい。恨みや妬みといった感情はあいつらにとっては居心地がいいんだ』

「じゃあどうすればいいの?」

『心を入れ替えることだな』

「あのさあ……」

『本当のことだ。物理的になんとかするなら、太陽の光をたくさん浴びること。魍魎のいないところで時間を過ごすこと』

「そんなこと?」

『そんなこともできないから(たか)られるんだよ』


 








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