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03 転校生と仕事

 ──まあ。姉も幽霊が見えていたらしいし。血筋なのか……。厨二病の世界のことだと思っていた。


「おはよ! イッチ」

「ヨーヘー」

「同じクラスで良かったな!」


 それからは真面目にお務めして、無事に四月を迎えた。

 もちろん、氏神様であるところの白羽様の姿もスズシロの姿も見える。でも前ほど驚かなくなった。


 スズシロはまだしも、白羽様はいたりいなかったり、お社と同じくらい大きくなっている時もあれば、すごく小さくなってお賽銭箱の縁にちょこんと人形のように座っているときもあったりして、気は休まらないが……。


「うわー、イッチとは同じだけど翔太(ショータ)優馬(ユーマ)は2組になっちゃったな」

「仕方ないだろ」

「あっ、見ろよ、若林がいる。あいつさあ、去年、しばらく休んでたの知ってる?」

「ああ。詳しくは知らないけど。手術したのしないのって」

「……子ども、降ろしたらしいって噂……」

「噂だろ」


 クラス替えがあったところで、新しい顔ぶれということもない。2クラスしかない上に、ほぼ10割が小学校からの持ち上がりだ。みんなどこかで一度は同じクラスになったことがある。少子化で過疎地だから。


 そんな中に、一人だけ全然知らない女の子がいた。


 ざわざわと歩き回って声を掛け合うクラスメイト達の中で、静かに席について辺りを目だけで見回している。髪が肩につくくらい。色白で、二重の目が大きい。ふと目が合った。


 ──かわいいなぁ。


「おい、あれ誰? 知ってるか?」


 ヨーヘーも彼女に目を留めたらしい。言いながら肩をどついて来た。


「知らない」

「見たことないな。かわいくね?」


 こそこそと声を潜める。ちょっと周りを見てみると、やはりクラスメイトの数人が彼女に視線を送っては何事かを囁き合っている。彼女の目がどうもイチカの上で止まっているように見える。まさかな。


「はーい、座ってー」


 先生が入ってきて、みんなばらばらと席に着く。出席番号順だ。


「はい、今日から二年生でーす。中だるみしないように、自覚を持って……」


 席は彼女の右斜め後ろだった。本当に誰なんだろう。


「はい、それでは最後になってしまいましたが、転校生の紹介でーす。佐原さん」

「はい」


 彼女がさっと立ち上がった。教室中の視線が集まる。それでやっと、彼女の制服が違う学校の制服だったことに気がついた。似たようなセーラーだが、襟の縁取りの形が違う。

 この小さな町で、転校生なんて珍しい。しかもイチカも洋平も、たぶん他の誰も転校生が来るなんて知らなかった。普通なら狭い村社会の中で、どこに誰が越して来たなんてのはすぐに広まるのに。よほど滑り込むようにして引越して来たんだろう。


「ええと……千葉から来ました。佐原咲耶(さはらさくや)と言います。宜しくお願いします」


 彼女はそれだけ言ってかたんと席についた。


「仲良くな! じゃあ一時限目」


 斜め後ろから見ていると、彼女はなんとなくずっと一人だった。

 そりゃそうだ。8年の義務教育と小さなコミュニティの中で出来上がった関係の中に、美少女だからってぽんと入り込めるなんてことはない。

 特に女子のグループ意識は相当だ。

 どこか都会的で、アイドルみたいに可愛い彼女はさっそく女子グループから外されていた。

 声をかける男子もいない。すぐに女子からヤジが飛んでくるのがわかっているからだ。

 イチカも声をかけられなかった。なんと言っていいかわからないし、今彼女に声をかけたら、相当クラスメイトからなんやかんやと言われるのがわかっている。


 と、彼女が振り返った。ばちりと目が合う。彼女の薄紅色の唇が、物言いたげに開いた。どきんとする。でも何も言葉が出ないままに、彼女はまた前を向いてしまった。


 それから数日が過ぎた土曜日の朝、またスズシロが訪ねて来た。勝手に鍵のかかった玄関を開けて。


「なんか用?」

『お前、態度を改めろ。私は神の眷属なのだと何度言ったらわかる』


 スズシロは居間に上がり込んで、「仕事だぞ」と言った。


「仕事?」

『そうだ。今回の仕事はヤマノケの妨害だ』

「なにそれ?」

『なんだ。どこからわからない?』

「全部。仕事? ヤマノケ? 妨害?」


 スズシロはまたフンと鼻を鳴らして呟いた。昭衛が生きて教えるべきだったな。


『お前の家は代々、この(やしろ)を守り(たてまつ)ることを生業(なりわい)としている。この社を守るということは、この社の領域全てを守るということだ』


 神社というのは普通、一定の間隔で置かれている。それぞれの神社にその神社の力が及ぶ範囲があり、その内側をそれぞれの神社の神々が統治している。これが氏神であり、氏神様の領域にある全てが氏子ということになる。


『氏子というのは何も人間に限ったことではない。妖怪、付喪神、霊体、動物、木。魂をもつ()()だ。ヤマノケは妖怪にあたる。ただかなり神に近い妖怪で、厄介なんだ。今白羽様の領域にヤマノケが入り込もうとしているが、あれは山に滞った悪い気の塊が神格化し始めたもので、入ってくれば災厄がある。結界を張ってこの領域に入らないようにしなければならない』

「何それ……じいちゃんそんなことやってた?」

『やってなかった。ヤマノケはそうそう来るものじゃない』

「そうじゃなくて、そんなさ、結界とかさー……」

『本来なら、節分に正月の祈祷をして春節に春節の祈祷をして、と節目節目でちゃんちゃんと神威を張り巡らせば、ヤマノケに目をつけられるようなことは起こらないんだ。ある意味お前のせいだ』

「え……」

『お前はぼんやりしていたもんだが、昭衛は何も見えない分、ちゃんと神社と自分の祈祷の意味を理解していたぞ』


 そんなこと言われても。


 伊邇は流石にむっとして、頭の中でひとりごちた。

 

 ──俺の年で神主の家だからって神社の仕事をあれこれやってるだけでも褒められて然るべきじゃないのかよ。じいちゃんだって、俺にそういう作法は教えようとしてなかった。


「神様がいるんなら神様がなんとかすりゃあいいだろ」

『アホか。人に危害を加えるものが入ってきたくらいで白羽様になんとかさせようなんておこがましい』


 なんだそれ。そのための神様じゃねーのか……。


『昭衛が死んだから仕方がない、私が教える。いいか、神社の裏手のつづらのなかに『(ケガ)(ナワ)』がある。それを三方の入り口に張る』

「何それ」

『ぐだぐだ言うな。言う通りにしろ。「穢れ縄」には我々は触れられない。お前が張るしかないんだ』

「え、今?」

『当たり前だろう。午後になればヤマノケの力は強く、術のかかりは悪くなる。今でも遅すぎるくらいだ。夜明けとともにやるのが普通なんだ』



 時計は午前7時をさしている。まじか……。


 イチカは学校に行くまでに掃除が終わっていればいいと思っていた。でも、考えてみればじいちゃんは5時くらいにはもうやっていた。そういうものなのか……。


 神社の裏の、蔵ともいえない小屋の中を見てみると、本当につづらがあった。結構大きいやつだ。中を見てみる。ぼろぼろの縄が何束もぎっしり入っていた。


「三束でいい」


 スズシロが入り口から声をかけた。どうやら本当にこの縄に近寄れないらしい。


「着いてこい」


 白い狐は飛ぶように走り出した。着いてこいって……徒歩かよ! とても追いつけない。しばらく走ったが、スズシロが見えなくなってしまって、ぜいぜい言いながら立ち止まっていたら、急にスズシロが目の前に現れた。


『お前は根性がないな』


 言いたいこと言いやがって。この縄だってかなり重い。イチカはどうでもよくなってとぼとぼと歩き出すと、スズシロも同じペースで先導し始めた。やれやれ。


 やがて狐は森の前で立ち止まった。


『まずここに一本張れ。「ひとひろ、ふたひろ、みひろはん」と言いながら張るんだ』

「何それ」

『ここが結界であると宣言しなければならない。この木からあの木に渡せ』


 さっぱりわからないが、言う通りにする。呪文がかなり恥ずかしい。これじゃ明らかに変な人だろ。明け方の誰もいない時にやるというのは、たしかに有効かも知れない。誰かに見られる確率が低い。


 あとの2箇所も同じように張る。移動がえげつない距離になったが、どちらも1箇所目と同じような森の入り口だったので誰にも見られずに済んだ。


『よし、あとは家に戻って粗塩で清めて、白羽様にご挨拶すればよい』

「あんなんでいいの?」

『まあ、穢れ縄があるうちはな』

「切れたらだめなの?」

『いや。縄が無くなってもしばらくは結界が残るから、その間にヤマノケはよそに行くだろう』

「じゃあなくなっても平気じゃん」

『お前の家の裏手の穢れ縄が全部なくなったら、ということだ。今回三本使っただろう。もう手に入らない』

「そうなの? 特別な縄なの?」

『ああ。何しろもう土葬ではなくなったからな』

「………」


 どういう意味?


『穢れ縄とは、死体を入れた棺桶を墓場まで運ぶときに縛った縄だ』

「ちょっと! 先に言えよ! めっちゃ素手で触っちゃったじゃん!」







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