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19 後片付けと毛布

 サハラに渡した懐中電灯で照らしながら、落ちてしまったブレーカーを上げてみると、部屋はめちゃくちゃだった。テーブルがひっくり返っているし、茶碗があちこちに散らばって、いくつかは割れてしまっている。


 姉の布団も上掛けがどこかに行ってしまって、何より遺体が部屋のど真ん中で倒れ込んでいた。どうしよう。体が固まっている。こんな状態で動いていたのか……。


「……何があったの?」

「俺にも、ちゃんとはわからないんだ。とにかく、戻さないと。手伝ってくれる?」


 サハラに布団を直してもらい、そっと姉を寝かせた。苦しそうに眉根を寄せている。さっきまで穏やかだったのに。それでも、もう何もない。じいちゃんの霊璽も光っていないし、姉の上にも黒いものはない。


 黙々と、部屋を片付けた。


「あの……お姉さん、動いてた? よね」

「そう……悪いものが……憑いちゃって」


 姉が悪いものになっちゃったんだけど。たぶん。

 一通り片付くと、もう夜中だった。何も考えてなかった。サハラには帰って貰えばよかった。彼女は明日も学校なのに。


「ごめん、サハラ。家帰って寝なよ……あ」


 もうバスがとっくに終わっている。歩いて帰ることはできなくはないが、距離がある。


「……帰らないとだめ? ここ、布団ない?」

「何組かあったな……てか、ごめん。引き止めちゃって」

「ううん。いいよ。私も家で一人なの怖いし。怖くない?」

「まあ」


 まあまあ怖い。本当は。もう何も見えないのはその通りだけど、スズシロは「外から何か来るかも知れない」と言った。御霊(みたま)が体の中にない、からっぽだから余計に何か入り込みそうで怖い。でもそれを、のうのうと眠ってほったらかすのはもっと怖い。


「姉ちゃんを一人にできないから、俺、今夜はここにいるよ。サハラはさっきごはん食べた部屋で寝て」

「わかった。ごめんね」


 サハラがお風呂に入ったり、隣の部屋で何かしている気配を感じながら、姉の遺体を見ていた。


 怖かった。


 なんだろうな。白羽様を最初に見た時、怖いと思った。でもあれとは種類の違う怖さだった。白羽様に感じたのは、今思えば畏怖だった。自分の理解の埒外から不意に現れたものに対する、驚き。

 でも姉は違った。()()()()と思った。危機感。どうしてあんなに姉は、自分を憎んでいたのか。


 なあ。姉ちゃん。なんでだ?


 一緒に暮らしていたのも三年も前のことだ。そんなにこまごま覚えているわけじゃないけど、じいちゃんと姉ちゃんと3人でそれなりに仲良く暮らしていたと思っていた。


 ──ほらイッチ、お土産だよー

 ──お、気が利くじゃん

 ──生意気だなー


 どっかに、霊能者として仕事に行って帰ってくると何か買ってきてくれた。その土地のお菓子だったり、流行り物のストラップだったり。まだたぶんどこかにあるだろう。


 ──俺はさ、あんたのことバカにしてる部分もあったけど、好きだったよ。寝たきりになってからも、起きろって思ってた。


「………」


 家族だと思ってた。


「ふ……ぐ………」


 姉ちゃん。


 ──神様が俺にも見えるようになって、姉ちゃんのことわかるようになったと思ったのにな。


 ぼろぼろと泣いた。話したいことがあった。じいちゃんのこと。神様やスズシロのこと。姉ちゃんの霊能力のこと。学校のこと。将来のこと。


 ()()()()


 ──姉ちゃんには、俺はどんな存在だったのかな……。


 ふわりと、毛布が肩に降ってきた。色の違う毛布に(くる)まったサハラが隣に座って、そっとイチカの肩に手を置いた。


 サハラの前で、こんなに泣きたくなかった。


「早く寝ろよ……サハラは、明日……」

「明日金曜日だから。1日くらい眠くてもいいよ。一人で起きてるの、つまんないでしょ。寒いし」

「………」

「何かお話ししよう……」

「うん……」

「お姉さん、なんて読むの? 名前……」

「スイ……」

「いいね、女の子らしくて。綺麗。私の名前、男の子みたいでしょう。昔から嫌だったの」

「……男の子みたいじゃないよ。いい名前だよ。咲耶(さくや)

「そうかな?」

木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)から取ったんだと思った」


 最初に君が、自己紹介した時から。


「コノハナサクヤヒメ」

「知らなかった?」

「知らない」

「すごく綺麗な女の神様。ものすごい美人で、ニニギノミコトっていう、天照大神(アマテラスオオミカミ)の孫の人のお嫁さんになった」

「そうなんだ?」

「でもね、ニニギノミコトは木花咲耶姫が結婚してすぐにお腹が大きくなったから、自分の子じゃないんじゃないかって言い出して、キレた咲耶姫は自分で産屋に火をつけて、火の中で子供を産むんだよ」

「ははは! 何それ」

「ほんと、何それだよな。ぶっ飛んでるよね。神様の子なら、そんな中でも無事に産まれるだろうってことらしいよ」

「それで大丈夫だったの?」

「うん。咲耶姫は海幸彦(ウミサチヒコ)火須勢理命(ホスセリノミコト)山幸彦(ヤマサチヒコ)を産んで、安産の神様になった」

「良かったねえ」

「ほんと……」

「イチくんの名前は? 難しい字だよね、チカの方」

「そう。これね、ニニギノミコトの、ニっていう字なんだ。邇邇芸命(ニニギノミコト)

「イチくんも神様の名前なんだねえ」

「一文字もらっただけだよ」

「咲耶姫かあ。安産の神様か……私、赤ちゃん産めるかなあ……」

「なんで?」


「あんまり早くから、そういうことしてると、ダメだって聞いたことあるから」


「………」


「妊娠は、したことないの。言い訳じゃないけど……でも、だから逆に一生できないんじゃないかなって時々思う……ごめんね、こんな話して」

「……あのね、俺の知り合いが言ってたんだけど」

「うん」

()()()っていうものがあるって。必要な者に必要な物が現れるようになってるんだって。だから、サハラにはまだ、それが必要じゃないだけだよ、きっと」

「うん……」


 サハラは少し赤い目をして頷いた。そして、寒いね、と言って体を寄せた。


「私、私の名前、ちょっと好きになった」


 






 

 


 

 

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