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13 彼女に見えるものと俺に見えるもの

 北柱病院の306号室。サハラを振り返る。彼女は首に下げたお守りをぎゅっと握ってきゅっと口の端を上げた。

 強がっている。ちょっと笑ってしまう。ドアを一応ノックし、開ける。


 やはり、いる。黒装束の。先週より少しはっきり見える。雛人形の男雛が被る冠と同じものを被っているのがわかる。その冠から黒い布が垂れ下がり、顔を覆っている。


「姉ちゃん」


 サハラは目線を下げている。左の手を痛いくらい掴まれた。その手のひらに汗が滲んでいるのがわかる。

 死神は怖い? イチカには不思議と怖くはなかった。自分を迎えに来ているんじゃないと思っているからかもしれない。形の見えないモヤだった時の方が、得体が知れなくて怖かった。


 光り輝く、作りたての札をそっと姉の枕元に置く。ちらりと死神を見たが、死神はやはりぴくりとも動かない。


 ──やっぱりなあ……こんなもので追い払えたなら、誰も死んだりしない。


 と、その時、ふわっとお札が舞い上がった。そして空中を漂いながら、光が喰われるように消えていく。


「ひっ」


 サハラが短く叫んだ。何だこれ?

 姉の布団の上にひらりと落ちてきた札を手に取る。あんなに白く、あんなに輝いていた札が灰色に変色していた。まるで灰をすり込んだみたいに。


「だめ!イチくん、だめ!」


 サハラが弾かれたように病室から飛び出した。死神が怒った?死神は身動きひとつしていない。とりあえず洗濯物を引っ掴み、新しいのを置いてサハラを追った。サハラは病院を出てすぐの、あの日の当たるバス停のベンチでガタガタと震えていた。


「い、いちくん……あの人、誰……」

「え、と、死神だと思ってた」

「あの、ベッドの上にいる人?」

「いや、足元の、隅っこにいる人」

「そんな人、いる?」

「え?その人のことじゃないのか?」

「私、最初から怖かったのは、あの、お姉さんのベッドの上にいる人。隅っこじゃない……」


 はっとした。イチカには神様クラスしか見えない。彼女にはユーレイクラスしか見えない。最初から、彼女とは違うものが見えていたのか……。


「サハラ、どんなのが見える?教えてくれ。俺にはそっちは見えないんだ」





 サハラは家に帰ってから、時々震えながら話してくれた。


「よく、わからないの。今日より、前の時の方がはっきりとは見えた。髪の毛……。女の人で、髪が、なんていうかね、病室中に、張り巡らされているの。だからあの部屋に私、入りたくなくて……。


 俯いている女の人。お姉さんのベッドの上で、お姉さんの方を向いて正座しているの。顔は、髪で見えない。白い着物を着ていて……。何か呟いているの。聞いちゃいけない気がして、聞かないように聞かないようにって思ってる。


 何かにすごく怒っているの。たくさん、幽霊みたいなの見てきたけど、他のはもっと、こう……あっさりしてたの。面白がってるみたいなのとか、何でここにいるのか分かってなさそうな、雑草が生えちゃうみたいに幽霊が留まってるのはたくさんあったけど、あれはなんかね、違うの」


「違う?」


「そうなの。うまく言えないんだけど、『飛び出しそう』なの。すごいプレッシャーっていうか、そういうのを感じるの。何かが渦巻いているの。さなぎ、さなぎみたいに、別なものになろうとしているの」


「今日は、髪の毛が前みたいにはっきりしてなかった。あの女の人も、かげろう越しみたいにぼやっとしてた。でも部屋中に、どす黒いモヤみたいなのがあって、あのお札をイチくんが置いた時、カッてあの人が顔を上げたの。そして、お札を、飲み込んでしまった……」


 サハラはまた体をぶるっと震わせた。


「あのさ、あのね、ごめん、今日、今夜ね、私、一緒に寝ていい?2階で、一人で寝られない……」


 どきっとした。一緒に……。

 ハレか?ケガレか?

 こんなに怯えている彼女を目の前にして、まずそんな事を考えた自分に苦笑した。


「おかしい?だめ?」

「あ。違う。んーと、じいちゃんの部屋で寝たら。襖一枚続きなんだ。俺の部屋と。襖越しに話もできるし、気配もわかるだろ」

「ほんと?お願い!」


 サハラはぱっと居間を飛び出して、2階から敷布団を重そうに抱えて降りてきた。


「じいちゃんの布団でよければあったのに」

「あっ!そうなの……ハハッ」


 サハラはちょっと頬を赤くして笑った。





 スズシロに、話を聞いてみないといけない。


 スズシロが病院に行ってくれたらきっと全部見えるんだから、一緒に行ってくれないだろうか。明日、サハラが学校に先に出たら、頼んでみようかな……。


「イチくん。聞こえる?」


 暗闇の中で、サハラの声がした。二人で10時過ぎまでゲームして、やっと布団に入ったところだった。襖を一枚隔てた向こう側に、彼女がいる。


「うん」

「もう寝る?」

「いや。考え事してた」

「ごめんね。わがまま言って。不思議でしょ、私、すごい怖がりなんだよね。物心ついた時から見えてたのに……」

「やっぱ、慣れないもんなの?」

「ていうかね、大きくなってから怖くなった。子供の頃は、わかってなかったから、血まみれの人を見ても、痛そうだなあとか、お医者さん行くのかなあなんて思ってたけど、今だと、あ、あの人死んでるって分かっちゃうじゃない。うわ、あの人、普通の人に見えるけど、違うって急に気がついちゃったりね。安心できなくなった」

「なるほど」

「だからさ……イチくんのそばに居るとね、人生で一番、ほっとするの」

「そっか」



 正直、これが彼女の告白だといいと思う。



 彼女がその襖をさっと開けて、この部屋に入ってくることを、期待していないとはとても言えない。


「この、神社の中のね、このうちの中にいるとね、自分が普通の人なんじゃないかなって思う」

「普通の人じゃん」

「普通の人は、幽霊見えないでしょ」

「そうだったね」

「ねえ。眠い?」

「うーん……」


 眠くはない。でも眠いふりをしよう。


「おやすみ」

「おやすみ」



 しばらくして、少しうとうとし始めた時だった。


「大事にしてくれてありがとう……」


 小さな声だった。でも聞こえた。


 どういたしまして。


 なんだか照れ臭くて、イチカは寝たふりをした。

















 

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