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スイカ泥棒の天才

作者: 村崎羯諦

『弊社の遺伝子キットによる才能鑑定の結果、長田弘光様は「スイカ泥棒」としての才能が突出していることが判明いたしました』


 そんな馬鹿な。部屋の中で一人、俺はそう呟いた。自分の目をこすり、もう一度頭から才能鑑定の結果を読み直してみる。しかし、何度読み返したところで、結果通知に書かれている内容が変わることはなかった。あなたには「スイカ泥棒」の才能があります。そんなふざけた言葉が俺の頭の中を、ぐるぐると回り続ける。


 遺伝子配列情報をもとにした個人の才能鑑定サービス。その名前の通り、個人の遺伝子を解析し、その人にはどのような才能があるのかを調べてくれるサービスだ。自分には何か特別な才能があって、今はまだそれを見つけられていないだけ。そんな漠然とした、しかし揺るぎのない確信を持っていた俺にとって、これは俺がまさに望んでいたサービスだった。俺は貯金すべて注ぎ込んで、この遺伝子鑑定を受けた。自分の唾液と身分証明書を郵送し、待つこと三ヶ月。待ち待って届いた才能鑑定の結果が、今俺の手に握りしめられた紙切れだった。


『長田様には「スイカ泥棒」に必要とされるすべての才能が揃っています。スイカ泥棒にとってこれ以上考えられないほどに理想的な遺伝子配列であり、長田様はまさにスイカ泥棒界において数世紀に一人いるかいないかの逸材であると弊社は断言いたします』


 そんな馬鹿げた言葉に続いて、どうしてそのような結論が導き出されたのかがつらつらと説明されている。しかし、俺はその先の文章を読む気にはなれなかった。俺には何か特別な才能がある。そこらへんの凡人とは違う、歴史に名を残すことのできる天才。そう信じていた。ある意味、その予感はあたっていたのかもしれない。だが、なぜそれがよりによって、薄汚いコソ泥の才能なのだろうか。それも、今ではもう、その言葉すら聞くことのない絶滅危惧種のコソ泥なんかの。


 俺は鑑定結果が書かれた紙を放り出し、ソファにどさりと倒れ込んだ。才能鑑定にお金を使ったせいで貯金もなくなったし、自分自身に対する自信すら失ってしまった。後悔と自己嫌悪で頭がいっぱいになり、俺の気持ちは落ち込んでいく。もうこれ以上生きてても仕方ないのかもしれない。生きる気力を失いかけていたその時、突然家のチャイムが鳴る。誰だろうと不思議に思いながら、俺は沈んだ気持ちのまま玄関に向かい、扉を開けた。


「長田弘光だな」


 玄関に立っていたのは、黒いスーツに身を包んだ怪しい男だった。不審がる俺を尻目に、男は威圧的な声で再び問いかけてくる。俺は若干苛立ちつつも、そうですけど何か? と返事をする。


「無駄話は省いて、本題だけを話そう。我々は君をスカウトしに来たんだ。君のような素晴らしい人材なら我が組織にふさわしいと判断してね」


 スカウト? 俺は間の抜けた声で聞き返す。


「そうだ。君を我が組織に迎えるためにやってきたんだ。私が所属する国際犯罪組織集団、通称『国際スイカ窃盗団』にね」


 国際スイカ窃盗団。聞いたこともない素っ頓狂な名前に、俺は相槌も打つことができなかった。それでも男は突然の話だから無理もないさと小馬鹿にしたように笑いかけ、説明を続けた。


「君は三ヶ月前にDNAラボ研究所に自分の遺伝子情報を送り、才能鑑定を行なったはずだ。この研究所は我が組織と裏でつながっていて、組織に必要な才能を持つ人間が見つかった場合にはその情報を横流しするようにしてもらっている。そして、その情報をもとにこうやってスカウトを行なっているんだ。そして、この研究所と提携を結んで十年。今まで見たことも聞いたこともないような優秀な才能をもつ人間が現れた。それが……長田弘光、君なんだ」


 男がゆっくりと手を差し出す。映画のような展開に、頭の整理は追いついていなかった。しかし、そんなのお構いなしに目の前の黒服の男は低く、そして力強い声でささやきかけてくる。


「君なら歴史に名が残るスイカ泥棒になれる。私たちと一緒に……世界中のスイカを盗んでやろうじゃないか」


 俺は男の真剣な表情と差し出された手を交互に見つめる。歴史に名が残る。そんな魅力的な言葉が残響のように俺の耳にこべりついて離れない。俺はごくりと生唾を飲み込んだ。そして、ゆっくりと手を差し出し、恐る恐る男が差し出した手を握りしめた。



*****



 その日から国際スイカ窃盗団の一員としての生活が始まった。いくら遺伝子鑑定で才能があると言われても、本当にスイカ泥棒としてやっていけるかなんて正直わからない。それに、今まで真っ当な生き方をしてきたにもかかわらず、右も左も分からない裏の世界へ飛び込むことに不安もあった。しかし、スイカ泥棒として働き始めるや否や、そんな俺の心配は一瞬で消し飛ぶことになる。


 俺は組織に入って初めてのミッションで、新人としては異例の20個ものスイカを盗み出してみせた。そしてそれが単なるラッキーではないことを周りに見せつけるように、次々と与えられるミッションでもベテランに引けを取らない数のスイカを盗み出して見せた。スイカ泥棒歴何十年のベテランと肩を並べ、類稀なる直感とセンスで次から次へとスイカを盗んでいく。ターゲットに狙いをつけたが最期、痕跡一つ残さず、気がつけば畑からスイカがなくなっている。静寂の甲虫(サイレント・ビートル)。音も気配もなくスイカを盗んでいくその姿から、俺はいつしかそう呼ばれるようになっていた。さらに、スイカ泥棒の天才である俺は単体プレーだけではなく、チームプレイでだってその才能を発揮した。監視カメラといった厳重なセキュリティで守られたスイカでさえも、俺は仲間たちへの的確な指示や入念な計画によって、完璧にスイカを盗み出すことができた。俺に盗めないスイカはこの世に一つとして存在しない。大袈裟でも何でもなく、俺は国際犯罪組織の中でスイカ泥棒としての確固たる地位を築き上げていった。


「聞いたよ、弘光。アメリカの本部に栄転することになったそうだな」


 アジトの喫煙所で、俺をスカウトしに来た黒服の男、斎藤が声をかけてきた。スカウトした人間がここまでとんとん拍子で出世していくのを見るのは気持ちがいいよ。斎藤の言葉に俺はありがとなと感謝の言葉を伝える。斎藤は俺を組織にスカウトしてくれた恩人であり、共に修羅場をくぐってきた相棒でもあった。俺たちはタッグを組み、数多くのスイカを盗んできた。個人プレーで結果を残していた時に、チームプレーの指揮官をやってみないかと提案してきてくれたのも斎藤だった。俺が指揮官として功績を挙げるようになり、斎藤は代わりに指揮官から外されてしまった。それにもかかわらず、斎藤は不満や愚痴を一切口にせず、俺のアシスタントとして数多くのピンチを助けてくれた。


「アメリカ行きの最後の大仕事、頑張ろうぜ。なんたって相手は、あの支部長ですら盗み出せなかった農家だからな」

「ああ、アメリカの幹部連中へのお土産だと思ってやってみせるさ。まあ、規模が大きいだけで、そんな大した仕事じゃないがな」


 お前なら失敗なんてないだろうよ。斎藤が笑い、俺もそれに合わせて笑った。きっと今までと同じように、困難なミッションを成功させ、華々しい経歴とともにアメリカへ渡る。俺はそんな輝かしい未来を思い描いていた。そして、ついやってきた日本での最後の大仕事。そのミッションの中で、俺は人生史上最悪の大失態を晒すことになった。


 計画は完璧だった。揃えたメンバのスキルも申し分なく、士気も高い。監視カメラの位置、地理情報すべてを調べ上げ、あらゆるシミュレーションから最も確度の高い戦略を導き出した。しかし、俺たちがスイカ泥棒を決行した当日。丸々と肥えたスイカが実った畑には、この時間農協の集会に出席しているはずの農家と、複数人の警察官が俺たちを待ち伏せしていた。こちらの犯行計画が漏れていた。その事実に気がついた時にはもう遅かった。スイカ泥棒の実行犯は警官と農家に捕らえられ、かろうじて彼らから逃げ延びた残りの実行犯も、あらかじめ付近に配備されていた警察官に次々と捕まっていった。司令部と現場、そのどちらもが大混乱だった。それでも指揮官である俺は、その場その場で最善の選択を続け、必死に被害を最小限度に止めようとした。しかし、実行メンバーの大部分が逮捕されてしまい、俺たちは屈辱的な撤退を余儀なくされた。逮捕された人間から、いずれ俺たち組織の情報が警察へと漏れるだろう。それはまさに、俺が組織に入って以来、いや、組織が設立して以来、最大の損害を与えるものだった。



*****



「長田弘光。先日我が組織に甚大な損失を与えたミッションにて、現場指揮官であるお前が裏で農林水産省とつながり、今回の犯行計画を漏洩したという告発がある」


 ミッションが大失敗に終わった次の日。日本支部のトップからの呼び出された俺はそんな言葉をかけられた。一瞬俺は、あまりにも想定外の言葉に自分の耳を疑った。現場指揮官としてミッションを失敗させてしまった責任は取るつもりでいたし、そのためならどんな処遇だろうと甘んじて受けるつもりでした。だからこそ、俺自身が敵と繋がっていたという告発は全く考えられない出来事だった。


「そんな馬鹿な! 俺は今までずっとこの組織に対して忠誠を捧げてきました。一体、どこのどいつがそんなデタラメを!」


 支部長の額には深いしわが刻み込まれている。それから「入ってきなさい」と後ろの扉へと向かって声をかけ、外に待機していた人物を会議室の中へ呼び込む。そして、その俺を裏切り者だと告発した人間の姿を見た瞬間、衝撃のあまり俺は言葉を失った。


「さ、斎藤。なんでお前が……」


 斎藤が支部長の横に立ち、じっと俺の目を見つめる。今回の大損害はすべてこの長田の仕業によるものです。氷のように冷たい声が部屋の中に響き渡る。俺の恩人であり、同胞である斎藤がなぜそんなことを言うのか。必死に頭で考えても、その答えは出てこなかった。そんな俺をよそに支部長が言葉を続ける。証言だけではなく、数多くの証拠が残っていること。ミッション当日、斎藤が俺を尾行し、敵側と接触しているのを目撃したこと。支部長が淡々と俺が裏切り者だと判断した理由を述べていく。そこで語られる内容に心当たりはなかったし、俺が裏切り者ではないことは自分自身がよく知っている。そうすると導き出される答えは一つ。俺とペアで行動し、かつ重要な情報などの管理をすべて任されていた斎藤が、俺を陥れたということだった。


「この組織で裏切り者をどうなるかは知っているな?」


 返事を聞くこともなく、俺は後ろから二人の男に両腕を掴まれる。首だけを後ろへ回して確認してみると、どちらも俺とともにスイカを盗んだことのある仲間で、元々は斎藤の指揮下で働いていた奴らだった。俺はそのまま引きずられるように、隣の処刑部屋へと連れていかれる。


 柱に身体をぴったりと押し付けられ、そのまま柱を囲むようにして腕を後ろに回され、逃げられないように手錠をかけられる。斎藤が拳銃を持って俺の前に立つ。最後に言い残したことはないか? 俺を裏切った斎藤が笑みひとつ浮かべないままそう問いかけてくる。


「俺は……お前のことを信じてたよ」

「甘いな。熟したスイカみたいだ」


 斎藤が拳銃の安全装置を外す。拳銃の銃口が俺に向けられる。俺は反射的に、目をつぶった。しかし、不思議と恐怖はなかった。今まで数えきれないスイカを盗んできた大泥棒の最後としては、これもありなのかもしれない。そんな考えがふっと湧いてくる。信じていた仲間に裏切られて死ぬことにはなったが、何者にもなれないような、そんな退屈な人生ではなかった。少なくとも俺はこの組織の歴史に名前が残る、スイカ泥棒の天才だったのだから。そんな考えが頭をよぎった瞬間、俺の身体全体から力が抜け、今まで感じたことのない穏やかな気持ちを感じた。人生を、いや死を受け入れるとはこういうことなのか。俺は一人ほくそ笑む。そして、次の瞬間、俺の耳をつんざくように、けたたましい銃声音が処刑部屋の中に響き渡った。

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