ワイヤーイヤホン兄弟×ブルートゥースイヤホン兄弟
夕暮れ超えて夜中にかける卓上の小宇宙。
ゴシュジンはくたくたわかめのようにちゃぶ台にパソコンを開いたまま眠ってしまっている。
「なぁなぁ、兄ちゃん」
「なんや弟ちゃん」
根元のところが解かれずにだまになった色白のワイヤーイヤホン、そのレフトとライトの兄弟がごく普通に会話していた。
「なんかゴシュジンが新しいイヤホンかってきたらしいんよ」
「マジでか!? あのなんでも故障するまでは買い換えないケチなゴシュジンが……まじかぁ」
風の噂で聞いた話。物の間で聞いた話。
けれどだからこそ新規参入者が来たことに対しては敏感なのだ。
兄の方――ライトはがっかりとしたような、困ったような、或いは焦ったかのような感嘆を零した。
弟もその零れた言の葉の意味合いをなんとなく分かっている。だから余計に不安になってしまい、兄にまた縋るように聞いてしまった。
「な、なんでなんやろか、俺たち壊れてもうたんか? 兄ちゃんどっか悪いとこある?」
「ないない。大丈夫やって、そんな心配しなくてもええんや。大丈夫や」
大丈夫、なんて言える保証はない。
兄とてイヤホンの片耳程度の存在。そのくらい自分がちっぽけだということは分かっている。それでも弟を不安にさせるようなことを嘘でも真実でも、兄として言いたくなかったのだ。
「兄ちゃんが言うなら……えへへ」
兄は安らかに微笑んで、弟も釣られるようにその不安の氷を少し蕩かした。
「あれぇ? 兄貴、もしかして〜あれが僕らの先輩なのかなぁ?」
不穏な気配と声だ。
卓上にいつの間にか見慣れない箱。
ワイヤーイヤホン兄弟はなんとなくその正体を悟る。
「そうだろう。今も主流なワイヤーイヤホン。実に王道な形状だ」
箱の中の声が二つに増えた。
「兄貴褒めたのか褒めてないわかんないよぉ。だってぇ、王道ってぇ、没個性だよねぇw」
うわついた声に乗せられた小馬鹿にした態度にワイヤーイヤホン兄弟はムッとした。
箱が傾き、蓋が開いた。
中から二つの木の実の種のようなものが出てくる。青色で最先端のメカニックであるソレを同じく機械であるワイヤーイヤホンが見紛うわけなかった。
「なんや、あいつら」
「あれが例のブルートゥースイヤホン……!」
ワイヤーイヤホン兄弟とは対を為すようにその形状は世にも奇妙であった。
コードがどこにもない自由奔放なその姿形はあのイヤホン兄弟・弟の性格を表しているかのようだ。
「なーんだぁ、先輩がた俺達のこと知ってるみたいじゃーん。自己紹介の手間が省けて良かったねぇ、兄貴」
「礼を欠くものではないぞ、弟。ここはしっかりと次世代機として挨拶せねばなるまい」
「ん~? めんどくさいけどぉ、兄貴がそう言うならしよっかなぁ」
「あいつらワイヤーが斬れてるんか、なんやどういうつもりなんや……?」
旧世代として新世代の無線機能について全く見当もつかないと言うようにワイヤーイヤホン兄はうろたえる。その狼狽には半ば嘲笑的な油断もあったかもしれないが、そんな蝋燭のような油断は一瞬にして性能という残酷な火で溶かし尽くされてしまう。
「俺たちはブルートゥースイヤホン。ワイヤーという呪縛から解き放たれた最先端のイヤホン。あらゆる面でぇ、あんたらより優れてるスーパーイヤホンって言ったら分かるぅ?」
「スーパーイヤホン、とまでいくかは分からないが、概ね先輩方の代替わりとして派遣されたものだと心得ています」
代替わりという言葉にあるはずもない胆を冷やすワイヤーイヤホン。
絡まったワイヤーに嫌な電気信号が伝うのが分かる。意図せぬ大音量でのプレイヤーの再生や、断線したときの無音のプレッシャーに似た不気味さ。
今ワイヤー兄弟の想像に浮かぶのは『廃棄』の二文字。
「い、いややぁ、兄ちゃんっ! お、おおお、俺まだ捨てられたくないっ! まだ俺たち使えるやんか! ゴシュジンは何が不満? 何が嫌いなんゃ? お、俺直すから、何でも、す、するから! まだ、まだっ!」
「捨てられたくないぃぃ……!」
弟の無様で可愛らしい懇願に兄は応えることができなかった。
その何の異常もない身を引き寄せて、撫でてやることも、点検してやることもできるはずもなく、ただ自分の無力さに打ちひしがれた。
「あははぁ! だっさぁ。いい加減覚悟決めろよぉ? お前たちはもうイラナイの」
「イラナイ、不要、そう断ざれなかったとしてもあなた達は私たちの予備としての活動を余儀なくされることでしょう。ここまでのご活躍お疲れさまでした。後は私達にお任せください」
子供の啜り泣きに似た声は止まらず、それを嘲笑するいじめっ子の笑い声もたちどまることを知らない。諦観して淡々と業務用の感謝文句を並べられても、蟠る思いが拭われることはない。
せめて弟だけは。
そんな思いは表裏一体、一蓮托生のイヤホンにとっては己の生存欲に直結した。
「……俺たちは捨てられない」
「えぇ、そう言う可能性も――
「往生際が悪りぃなぁ。おとなしく断捨離されろよ」
「俺たちのゴシュジンは割とモノを捨てられないタイプなんやで。あの人は何時だってモノに愛されて、取り憑かれているんや。壊れても手元に思い出の品として残しておいてしまうほどの寂しがり屋のゴシュジンがましてまだ使える俺たちを捨てるわけないやろ」
鉛筆、消しゴム、マグカップ、望遠鏡、目覚まし時計、スマホ、天上、床、etc……ゴシュジンを取り巻く無機物たちは感情を持っている。愛だったり、恋だったり、敬意だったり、それがゴシュジンに届くことなんて稀だけど、それでもゴシュジンは無意識にその思いを受け取ってくれているはずなのだ。
だから、ゴシュジンは物を捨てることができない。ゴシュジンの性格を信じてワイヤーイヤホン・兄はスピーカーを大にして言った。
「……うわぁ、先輩面でご主人様のマウント取られるの地味に、大分イラつくんですけどぉ。音質の差、利便性、射程、どれだって俺たちが勝ってる。すぐにお前たちなんて捨てさせてやる」
ブルートゥースイヤホン・弟は掃き捨てるようにそう言ってワイヤーイヤホンを威嚇した。
それにワイヤーの方の弟がひえっ、と声を漏らしたが兄の方は動揺もせず頑としてその言葉を盾のように跳ね返した。
「弟、意気込みがあるのはいいですし、喧嘩も咎めはしません、ですがあくまでも敬意は忘れないように」
「はぁ~い」
「弟は元来ああいう性格なのです。許してやってください」
正反対の性格の兄弟なのは両者ともにそうなのだが、やっぱり先ほどまでディスってきていたモノが丁寧に謝罪してくるとギャップが激しくワイヤーの兄は特殊な背徳感を根元のワイヤーに感じた。
何かが集まるような、立ち上がるようなそんな興奮に近しい感情をブルートゥースの兄に感じてしまったのだ。
「んまぁ、いつだって誰だって弟はちょっと生意気で可愛いもんですしなぁ。全然気にしとりませんよ」
「そう言ってもらえると、ありがたいです……ですが、同業者として手抜かりなく業務はやらせていただきます。お互い廃棄されないように頑張りましょう」
握手を交わす、ことはなかったけど、それよりも強い結束と闘争が生まれたのは確かだった。
お互い一蓮托生の兄弟ということもあって弟のために、兄のために負けてられないという志が鋼のように硬い。
その後、ゴシュジンは二つのイヤホンをPCとスマホで使い分け出したためにこの競争は平和な方向で解決していくことになったのだ。
しかし、その背景でワイヤー兄とブルートゥース兄の交際が密かに始まったり、ワイヤー弟の断線をブルートゥース弟が看病したりと、何かにおいて恋のような敬愛のような、混ざったグラデーションを奏でるのはまた別の話。
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