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望遠鏡×宇宙


 私は空を見る者。

 私は星を知る者。

 私は虚空に想う者。


 名を天体望遠鏡――これは()()()の名ですか。

 では別名をアルクAⅢ――これも製品名にしかすぎませんね。


 なら、私はただの望遠鏡。呼び名など必要ないのかもしれません。

 今はもう空だけを見上げる身ですから。


 それも正しくはない。

 今も昔も、ゴシュジンが私を愛用したその時も、私はずっと空の果てにある宇宙だけを見ていたです。今に限ったことではないのですよ。


 私は見ていたのです。ずっとずーっと。彼の方だけを。


 私の宇宙さん。

 彼方にて星々を纏う黒き麗人。

 私の愛する彼だけを。


 昔話をしましょう。

 私が初めて宇宙を見上げた時はどこかの草原にゴシュジンのお父様が私を開封した時でした。

 私はどうやら誕生日プレゼントというものだったらしくゴシュジンには痛く気に入られていました。


 今のように思い出す過去も、感情もなかった私には振り返る記録としてしかそのことを覚えていませんが、ぼんやりと今もゴシュジンのことはお慕い申し上げています。


 しばらくゴシュジンの興奮した笑い声が草原に響き、それをお父様が柔和に見守られていました。

 それからワクワク、ドキドキ、ソワソワのご対面ですよ。

 ゴシュジンは私を通して宇宙を覗き込まれました。私も同じくして黒き天幕に()()()()()()()()


 ゴシュジンの滑らかな温もりが私の胴をギュッと掴まれて、もう片方はレンズの方へ。

 思わず上ずった音が出そうでしたよ。錆びてもいないのに喘ぐわけには行かないのでその時はグッと堪えて立っていました。


 情欲に塗れた天体望遠鏡でしたね。最低、と宇宙さんに罵られてしまうかも……


 けれど本当に。あの時のなんと素晴らしきことか。あの一瞬で生涯私は心をこの視線のように宇宙に奪われてしまったのです。


 体に捻じ込まれた幾つものパーツと曇りなきレンズが砕けたかと思いました。

 それほどに彼との邂逅は私にとって衝撃的で、初恋のようだったのです。


 誰にも伝わるはずないその運命をゴシュジンの感嘆だけが賛美してくださいました。

 まるで天使が私達、観測者と観測対象の理に適った恋慕を祝福するように。


 私はそれから定期的に空を見上げることになりました。

 決まって時間帯は夜。ゴシュジンの手元を離れてから初めて『朝』という時間帯を知ったので『夜』という時間帯さえも私は知らなかったのですが。


 ともかく暗い上方を見ればそこには彼がいることだけを知りました。

 ベランダで、公園で、草原で、海辺で――あぁでも曇りの日には雲が私たちの逢瀬を邪魔して、叶わなかったです。いつも気ままに動き彼の傍に出たり、消えたりする彼を私はきっと羨みながら、殺意を抱いていましたね。


 私だけの彼。

 それをあんな美しくも光もしないモヤに隠されては消去したいと思うのは普通ではありませんか?


 そうは思えどこの身は天に昇ることも、浮かぶこともない。

 三本の脚をどっしりと大地に突き刺して観測するに留まるのです。


 私は嫉妬で雲を射殺すことは叶わなかったけど、その寂しさを宇宙さんへの愛に変えて視線に乗せました。


 何者かが彼を無暗に奪うというのなら、私はそれへの憎悪を無尽に膨らませて愛にして注ごうか。

 きっとどの星よりも高いケルビンで迸る愛だと自負していたのです。

 そうであるから私の愛はきっと宇宙さんが身に着けるどの星よりも明るく輝く、と信じて疑いませんでした。


 それから数年が経ち、数十年が経ちました。


 ゴシュジンは大きくなったり、小さくなったりと不思議な生き物でした。

 ぷるぷるだったのがいつの間にかしわくちゃに。姿が変われど私のすることはやっぱり見上げることなのできっとそんなに大したことではなかったのでしょう。

 

 そうして、ゴシュジンがいなくなってからは私は最初にゴシュジンが私を設置してくださった草原に佇んでいるばかりでした。人は来ず、数千年が経ちました。


 数千年もたつと三脚も砂岩が崩れるように儚く壊れて、私はとうとう視線を定位置から逸らしたのでした。久々に宇宙さん以外のモノを見た気がしました。

 崩れ落ちた私の体、見るにはもう限界を迎えてそうなひび割れたレンズ。


 私はもう寿命を迎えるのでしょう。それでも天使は最後まで私に愛する権利を授けてくださいました。傾き地につくばうようになってしまった体は数千年の間に巻き付いていた植物のおかげで39度の角度を保っていたのです。それは空と大地、地平線の見える絶妙な角度でした。


 今まで見たことのなかった宇宙さんの色の移り変わり、明けと宵にのみ存在するあのグラデーションは私が生まれて来てから一度も見たことのない素晴らしい微笑みのような色でした。


 

 私は空を見る者。

 私は星を知る者。

 私は虚空に想う者。



 結局私の恋はきっと三千年の片思いに終わることでしょう。

 彼は私のことなど知りはしないことでしょう。

 それでも、お慕い申し上げます。

 私に光を与えてくれたのはあなただから。


 嫌われても、この恋を醜いと言われても。

 私は未だ届かぬあなたをお慕いしています。

 

 あぁ、崩れていく。

 最後のレンズもあの半円の月のように。


 雨。雲の間から空の光。

 まるで悪戯に気まぐれに、私を祝福するかのようでした。


 私は嫌いだったのにあなたは最後まで気まぐれで、ロマンチストのようですね……


 夕暮れの陽光と宵闇の星空の重なる時。

 星と太陽の光を振りまく黄金の雨が私の恋心ごと私を流していく。


 螺子は折れた。機体は錆びた。レンズは割れた。

 足元の茂みにゆっくりと人口の体が同化していく。



 ――最後まで、愛して――います――



 ガラガラ。

 

 天にも届かない音は雨に掻き消されて、雲間に奪われてしまった。

 



千里先が見えたところで届かないのなら、盲目に変わらない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 色々なシチュエーションと、無機物同士の組み合わせもさることながら、それぞれ独特の性格の違いがあって実に興味深かったです。 インパクトがあったのは、やはりしゃもじと炊飯器でしたが、個人的にこ…
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