第3章
月日というものは、成長するほどに短く感じてしまうものだ。それはきっと、感受性や好奇心といった真新しさが、徐々に失われていくからなのだろう。
もしくは、自身の成長を急ぐあまり「早く大人になりたい」と、生き急いでしまうせいで、長く感じてしまうのかもしれない。
そういった意味では、大人になった者達はその瞬間を生きる事に必死で、それ故に時を『足りない』と感じてしまうのだ。
といっても、確証のある意見ではない。
私が勝手にそう感じて、そうなのだろうと決め付けたのである。
その持論通りならば、今現在の私はとても珍しいケースに立たされている事となるのだが……。
何度も言うように、私は生前……というか、このユウという少年の肉体に乗り移る(?)前の、『私』という一個人の人格と記憶を鮮明に残している。
故に、大人であった私が、子供の肉体で新たな人生を歩み出すというのだ。
この場合の体感時間はどうだと思う?
正解は『早く感じた』である。
もちろん、コレもただ私がそう感じただけに過ぎない……というだけだが。
兄と共に新たに拠点を移した孤児院での数年という生活は、私にとってはあっという間の出来事であったのだ。
だが誤解しないでいただきたい。
私にとってのこの数年は、とても有意義なものであった。こんな幼き肉体であっても……存外にこの世界を知ることは出来たからである。
まずは……この肉体の情報。
「おーい! ユウ! また一人でそんなところにいるのかぁー? コッチで兄ちゃん達と一緒に遊ぼうぜー♪」
この兄が、色々と説明してくれた。
名前はユウリス・アヴェイユ。齢はあの時から数年経過した現在で12歳。昔は泣き虫で兄の後を付いて回るような甘えん坊だったとか……。まぁ、人格形成などどうでもいい。
そして兄の名はハルウェ・アヴェイユ。愛称はハル。
年は私の二つ上で14。性格は出会った第一印象通り……家族想いで勇敢、快活さと優しさを絵に描いたような少年で、この孤児院でも皆から信頼され愛されるカリスマ性を持っている。
今回も、外でボールを使用したスポーツもどきでもするつもりなのだろう。数人の男女がハルを囲んで楽しそうにしていた。
「すまない。……やめておくとするよ」
そう、『していた』。
過去形である。
つまり、今現在は違う。
私という存在を目にし、ハルが私まで遊戯に交ぜようとしたことにより、ハル以外のほぼ全てがあからさまに嫌そうな顔をしたのだ。
ここで、はっきりと告げておこう。
私は、ハルを除いたほぼ全ての人間に『嫌われている』。
もちろん、その理由は私が『バケモノである』ということもある。だがおそらく、最たる原因は……私の態度なのだろう。
必要以上の会話はしない。愛想もない。いつも一人でいる。大人を相手にも上から物を言う。そして何より……私の行動は、他人にとって理解しがたいものなのだろう。
大人子供を問わず、ほぼ全ての人間が『不気味なものを見るような目』で、私という存在を自身から遠ざけようとするのだ。
まぁ……それも当然だ。
人は、自身の理解できぬ存在を受け入れる事など出来ない。そうなるように、わざわざ私自ら振る舞ったのだから……。
「私が交じっては邪魔になってしまうだろうし……」
「邪魔じゃない。俺はユウと遊びたい!」
「……。……兄さん、ワガママを言わないでおくれ。そういう気分じゃないんだ」
「むぅー、いつもそう言って一人になろうとする! 皆で一緒に遊べばきっとすぐに仲良くなれるのにー」
「必要ない」
「必要なくなーい!」
「私には必要ないんだ。……いいから、兄さんは早く行ってあげなよ。彼らが待っているよ」
「ぶー。気が変わったら、いつでも来ていいからなー! ボーッと空見てるのに飽きたら、すぐに来いよー♪」
ふむ、ようやく説得を諦めてくれたか……。
残念ながら……そんなくだらんままごとに付き合ってやる気は毛頭ない。そもそも、彼ら子供らと私とでは、基礎的な体力としてもかなりの差があるのだ。
この事象には、あの放火事件の時から薄々と感づいていた。この角と尻尾が生える前と後とで、どういうわけか肉体に感じていた不自由さに激的な変化があったのである。
ようは、身体の構造が根本から変化したような感覚があったのだ。
これのせいもあってか、女性が使うような細剣を両手で引きずるのがやっとだったハルに対し、私は大人の男が振り回すような直剣を難なく使用できていた。
つまりあの瞬間には既に、私の肉体はハルの筋力を優に越えていたのだ。無論、兄が病弱などということはない。
それが確証にかわったのは、この孤児院での生活をおくっている内に自然と……といったところか。
比較対照が兄一人だけではなく、他の子供とも比べられるようになったというのもあるだろう。
そして、当然ながら私の肉体も時間と共に成長する。
見た目は実年齢よりも少々幼い気もするが、その実、筋力は大人の男も比較対象にならぬほど……。
その辺の石ころを指で簡単に磨り潰した時は、正直、自身でも呆れてしまったものだ。当然だが、他者にバレるようなミスはしていない。
この事実を知る者は私だけだ。
さて、次にこの世界のことだが……。
やはり私の元いた世界とは異なる世界であるらしい。
孤児院の書庫にあった地図を開けば、まず私の知る世界の形とは似ても似つかぬ島の数々。
そして言わずもがな、私を含む『魔族』というバケモノの存在。
住居の造り、食べるもの、衣服の文化、そのどれも私の元からある知識に当てはまらない。
だが、やはり気になる事もある。
文字は全くわからないのに、言葉は通じる。
電気やガスなどの文化はないくせに、軍人はジープで移動していたり……。まぁ、剣や銃火器の存在から、鉄を加工するだけの知識はあるのだろう。
だが、主流は製鉄所などではなく鍛冶屋などの専門的な店になる。
鍛冶屋が車を造るのか? だとするなら、かなり絵面はシュールになりそうだ。
まぁ、そこら辺は大きな問題ではない。
この世界には『魔族』という、創作物の中でしか見たことも聞いたこともないファンタジーな生命体が、当たり前のように存在している。
それに対する人類の武力は?
ここは残念なポイントになるのだが、……この世界に、『魔法』と呼べる存在は確認されていないらしい。ファンタジー世界であるにもかかわらず……。
少なくとも、人間の中にそんな不思議な力を持った者は存在しないようだ。
戦う術は、剣か銃が主流であるとのこと……。もちろん、核などの化学兵器なんてあるはずもない。
対する魔族は、文字通りバケモノだらけである。今の今まで……よく生き残れたものだ。
人々の間では、『魔族』の襲撃を『天災』と揶揄する声もあるらしい。それほどに……この世界の人間は無力なのである。
「さて、どうしたものか……」
私の野望を叶えるためには、邪魔になるものが多すぎる。
たとえ、ハルが強くなるよう育てようとしても、不安分子である『魔族』どもが横槍を入れてくる可能性もある。
だからと言って、それらを無視し事を急いでは……理想的な結果など得られる筈もない。
私の『魔族』という立場を上手く利用できればいいのだが、そもそも彼らに同族意識など存在するのか……。それ以前にコチラの言葉を聞くほどの知能を有しているのか?
以前の狼男にしてもそうだ。お世辞にも理知的とは言い難い。
彼らを纏めあげる黒幕のような存在がいるのならば、話は単純で楽なのだが……。
「やめよう。ここで無駄に悩んだところで、今の私に何か出来るわけでもない」
建設的な思考をとるべきだ。
今出来る最大限の準備は整えておくべきであろう。
まずは……戦力の増強だろうか?
安全の確約されていない環境では、自身の身の安全は自身でどうにかする必要がある。この世界では弱き事は罪だ。
だが単純な筋トレなんかは、この特殊な肉体故に必要性を感じない。無駄な筋肉は機動性の低下を招く恐れがある。
武器防具も……急ぎ必要となる事はないだろう。
そこいらのナマクラより、この角や尻尾の方が鋭さも強度も何故か上なのだ。
この世界の鉄の鍛え方に問題があるのか、もしくは、この角と尻尾の強度が尋常ではないのか……。疑問は尽きないが、狼男に問題なく通用した事から最低限の武力としては問題ないだろう。
ならば今必要なものは、それらを上手く使いこなすだけの『経験』と『戦術』を身に付けることだ。
「…………」
どうやって?
もちろん、イメージトレーニングは何年も行っている。原理的に可能であると部分的実証もしてある。
だが、圧倒的に経験が足りない。
子供や一般人を相手に、本気の殺し合いを申し込むわけにもいくまい。第一に、こんな子供に本気で相手する者もいないだろう。
これは困った……。
「子供というのは、ままならんものだな……」
ようするに、情報収集以外にやることがない。
気軽に町の外へ出られれば良いのだが、「子供一人で町の外へ出てはいけない」などというありがた迷惑な規則のせいで、私に許された行動範囲は町の内部のみ。
そして情報収集をしようにも、こんな小さな町で得られる情報などたかが知れている。
そんな時、とある少女が興味深い事を言っていたのを思い出した。
『綺麗な……お星様』
お星様、か。
不思議な少女であった。
風貌は他の子供と変わらない小娘であるが、言っている事が電波的であるため、誰もまともに取りあおうとしなかった印象が強い。
私とハルがこの孤児院に来る直前に、この孤児院へ引き取られたらしく、おかれた環境としては私達と似ているようだ。
魔族によって滅ぼされた町の生き残り。
それ故か、ハルは懇意に接っそうとしているようだが、少女は頑なに他者を避けているのだという。
「きっと、わかり合えない」と……。
ふむ、中二病か?
自身を特別視する事を愚かだと罵るつもりはないが、力なき貧弱な身で何を強がっているのだろうか? 弱者は弱者らしく群れていればよいものを……。
だが、私の興味を引いたあの言葉……お星様、だったか?
晴れ渡った夜空ならばわからなくもないが、あの時……時刻は昼間であった。月は愚か、星など見える筈もない。しかも、その視線の先は空ではなく……何故か私を見て吐かれた言葉だったのだ。
不可解である。
あの瞬間は、どうでもいいと一蹴してしまったが……
もしかすればあの言葉、何か別の意味が存在するのではないか?
「見る。……見える、か」
目を凝らすとは、よく見るという意味だ。
言葉としての使用例としては、既にある視界の場景に対し注意して観察する……なんて使われ方をするわけだが……。
私はよく目を凝らす事にした。
中空を……。
その中にあるかもわからぬ、少女の言う『お星様』とやらを……。
不可視のものをただ、じっと……。
きっと、そこには『何か』があるのだと、まともな根拠すらない言葉を疑いもせず……。
「……」
数分、時間を無駄にしたか。
そもそも、探そうとしているモノの形状が不確定である。今、そこに存在しているかすら定かでないのならば、探すだけ無駄であるだろう。
「ならば、見える者の手を借りる方が手っ取り早い」
思い立ったらすぐに行動する。
もし、少女が私を拒否したならば、この話はここまでとし、次の選択を模索するとしよう。
思考を中断し、あの少女を探すため孤児院内へ入ってみると、……存外すぐに見つかった。
学校の教室のような造りをした『勉強部屋』なる部屋の隅、複数の女子に囲まれているようだ。
「アンタ、ハルくんに失礼だって自覚あんの!」
「ハルくんは優しいから、アンタみたいな子にも話し掛けてくれてるのよ!」
「ソレを、あんな横柄な態度で返すなんて、ホントありえない!!」
「…………」
ふむ、聞き耳を立てるつもりはなかったのだが、聞こえてきた事柄からするに、……一方的なイジメとも言えないのか?
あの小娘達は、ハルの善意に対する少女の対応に異を唱えている、といったところだろう。
まぁ、当人達からすれば大きなお節介以外の何ものでもないのだろうが……。彼女達は少なくとも、ハルに対する『善意』で少女を責めている。
だが少女は……
「……いらない」
迷惑でしかない様子だ。
その態度は彼女達の火に油を注ぐだけである。
なんてしょうもない事案で言い争っているのだろうか……。
他者に対する他人の態度など、自身には微塵も関係あるまい。
幼稚だな。
「アンタみたいな奴がいるから、迷惑なのよ!」
「ハルくんに近付かないでよ!」
「いなくなればいいのに……」
随分と嫌われているようだね。
自業自得なので、私から何か言うつもりはない。
だが――
私の交渉には……彼女達の存在は少々邪魔だな……?
殺そうか?
いや、ハルがいる手前……こんなくだらぬ理由で問題を起こすのは、得策ではあるまい。
少なくとも……白昼堂々、殺ってしまうのは愚策だ。
「すまない。君たち」
「っ!?」
「アンタは……」
「ハルくんの――」
「私の事はどうでもいい。実はソチラのお嬢さんに少々用事があるのだが、譲ってはいただけないだろうか?」
突然現れた私という存在に、あからさまに狼狽えている少女達。
ただ一人、私の用がある少女だけは……変わらず暗い瞳で下を向いているが、反応などどうでもいい。
「なに? こんなの連れていってどうするつもりなの?」
「ソレを君らに説明する必要があるだろうか?」
「……っ、先に話してたのはアタシ達でしょ!」
「だから「譲れ」と言ったのだが、君達は言葉の意味すら理解できないのかい?」
「なっ!?」
子供相手に理解力を求めるのは間違っているだろうか?
だが、コチラとしても無駄話を延々とする趣味はないのだ。
「年下のくせに……」
「ハルくんの弟だからって、調子に乗るんじゃないわよ!!」
「何故そこでハルの名が出るのか理解に苦しむが、要するに……交渉に応じるつもりはないと?」
「誰が、アンタの言うことなんて――」
「では諦めて、『奪う』ことにしよう……」
行動は、一瞬。
おそらく、そこにいる誰の目にも追えなかったであろう程の速さで、私の白尾は目的の少女の身体を絡め取った。
そのまま傷を付けぬ程度に袂まで引き寄せる。
……ん? 予想していたよりも、随分と軽いな……。
「な、なにっ、今の!?」
「待ちなさいよ! まだ、アタシ達の話は終わってな――」
「おや、止めるのかい?」
止める。
つまりは、私の行動を意図的に阻害しようとしているってことだ。
家畜のエサにも劣るような無価値な自尊心なんぞの為に、私の貴重な時間を……まだ奪おうというのだ。
……虫酸が走る。
「――ひぃっ」
「な、なにっ!? 何なのコイツっ」
「……っ!?」
少々、殺意を込めて睨み返しただけなのだが、萎縮してしまったらしい。
先程までの強い当たりはどこへやら、急にしおらしく矛先を納める小娘達。だが、謝罪の言葉などはないようだ。
これだから、子供は嫌いだ。
「では、彼女は借りていく。返すかどうかは事の進捗にもよるが、構わないね?」
もちろん、疑問系の言葉であっても質問ではない。
彼女達に「NO」という答えは与えないのだから。
怯える少女達を嘲笑い、終始無言のままの少女を抱え、まるで連れ去るような形でその場を後とすることなった。
◇◇◇
人の目を盗むとはよく言ったもので、他者の目の届かぬ死角を私はよく好む。
善意や悪意を問わず、他者と関わること自体を煩わしく感じてしまう私には、一人でいられる空間というものが何よりも尊い。
それは、生前から変わらない。
そして隠れスポットは複数所持しておく方が何かと便利でもある。
今いるのはその一つ。孤児院の裏手。
日が差し込まぬ薄暗い木陰の中。
他者を連れ込むのは初めてだ。
「急にこんなところまで連れてきてしまってすまないね」
「……」
「どうしても、君に聞きたいことがある」
「……なに……」
「……ふむ。そう警戒しないで頂きたい。君が素直に答えてくれるなら、危害を及ぼすつもりはないんだ」
「…………っ」
おや、事実をのべただけなのだが、あからさまに警戒されてしまったようだ。
「……アナタも、お兄さんの事で……私を責めるの……?」
「……」
すごく嫌そうな顔だ。
まぁ、先程のような光景が何度も続いているようだし、そんなもの彼女でなくともうんざりするだろう。
そして、私はその元凶の弟ときた……。
彼女がそう思うのも無理はあるまい。
「生憎、君の行動や態度に一々目くじらを立てている程、私も暇ではない。というか、正直どうでもいい」
「……え」
「君自身には興味がないんだ」
「……きょうみ、ない……?」
「そう。君が何をするかなんて、私には微塵も関係ないんだ♪ ただ、とある事を聞きたいだけ」
「……、……なに」
「君が前に話していた、『お星様』というモノについてだ」
「……っ!?」
急に目の色が変わった。
どうやら、この話題には彼女も多少は興味をひかれたらしい。
だが、いまだに警戒のいろは残る。
「……ばかに、しに……きたのっ……?」
「あの言葉が偽りならば、そうなるだろうな」
「……っ! うそじゃ、ない!」
「では、証明していただきたいものだな。その『お星様』とやらの存在を」
「うそじゃ、ないもん……。でも、誰も……見えないって……。本当なのに……うそつき、って……」
「ソレは他の人間の言葉であり、私の意見ではない」
「……っ!? でも、アナタも……見えないんでしょ……」
「そうだね。でも――」
少女の身体を無理矢理引き寄せる。
こういう、何を言っても通じぬ馬鹿には、態度で示す他ない。
「それは、今現在の話だ」
他者に見えて、私に見えぬ道理などあるまい。
『ある』のならば、見えるのだ。
「勝手に貴様のモノサシで、私の限界を決め付けるな」
「……っ!!」
「今この場に、『ソレ』は存在しているか?」
「……ある」
「色は?」
「……たぶん、白」
「形や大きさは?」
「……火花みたいな、小さな点」
「数は一つか?」
「……ううん。……いっぱい」
なるほど。確かにその情報からなら、夜空に光る星々を連想させる。
彼女が言うには、そこら中に光の粒が広がっているのだという。
「要するに、ソレはいついかなるときも、この世界に溢れているのだね?」
「……うん。……でも、アナタの周りにある『お星様』は……他よりも、ずっとずっとキレイで……」
「ん? ソレは、人から発せられるモノなのかい?」
「ううん。他の人には……そんな事、なかった」
「私からは出ていると?」
「……違くて……。……たぶん、集まってる?」
「疑問系か……」
「こんなこと……今までなかったから、わからないの……」
特例ということか。
「……」
「……」
「君の言葉に、嘘はないんだね?」
「……っ。やっぱり、信じてくれないの?」
「嘘は、ないんだね?」
「……ない。……全部、ホントのこと……」
「なら信じよう」
「っ!? ……なん、で」
「私が何を信じるかは、私の勝手だろう?」
私の行動は私が決める。
誰を信じ、誰を疑うのかも、すべては私自身だ。
他者にどうこう言われる筋合いはない。
「ありがとう。知りたい事は以上だ。もう行ってくれてかまわない」
「…………」
さて、既にその場に存在するって事ならば、あとはコチラの問題だけだ。おそらく、見ることに何らかのルールのようなものがあるのだろう。
霊感などという非現実的な条件でなければいいが……。
とりあえずは、見ることだけに集中してみる事にしよう。
「…………」
「…………」
「……おい」
「……なに?」
「私はもう用済みだと言ったのだが……いつまで、ここにいるつもりだい?」
「……邪魔は、しない」
そう言って、少女は少し離れた木陰へ移動し……何も言わずコチラをじっと見ていた。
私もこの程度の些事で集中力を欠くほど落ちぶれてはいない。
彼女の存在に特に文句があるわけでもなく、言葉通り彼女も邪魔することなくただ私を見ているだけだったので、結局それから日が完全に落ちるまで……その奇妙な時間は続いたのだった。
◇◇◇
《……あの人は、ぼくらを見たいのかな?》
《……あの人は、ぼくらを知りたいのかな?》
《……せかいは、あの人を求めてる?》
《……せかいは、あの人を恐れてる?》
《……ぼくらは、どうする?》
《……ぼくらは、どうする?》
《……やさしい彼に、力を貸してあげる?》
《……残酷な彼に、力を貸してあげる?》
《……せかいを救うかもしれない》
《……せかいを壊すかもしれない》
《……あの人は、とっても悪い人なんだって》
《……ほんとうにそうかな?》
《……あの人は、とってもワガママなんだって》
《……ほんとうにそうかな?》
《……どうしよっか?》
《……どうしよっか?》
悩んでいるのは、フリだけ。
『ソレら』は既に、答えを決めている。
声もなく……
音もなく……
『ソレら』は優しい光を纏い――
愛おしき『一人のバケモノ』へと……