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悪人として……  作者: オーエン
1/7

序章 待ち望んだ結果

(注意)

この作品は、主人公に『正義感』などほとんど無く、考え方や行動も人によっては嫌悪感を抱く恐れがあります。

また、行動や思考に非人道的な表現がある場合もありますが、作者の人格とはまったく類似しませんので……あくまで創作物としてお楽しみください。




 とある高層ビルの最上階一室。

 一見して『社長室』ともとれる小さなその部屋には、一人の若い青年が立っていた。

 部屋の主人であり、齢にしてわずか二十代後半程度の若造である。

 だが、この男こそが……わずか数年という短い期間で、この場所へと上り詰めた一人。

 それまで誰一人として成し得なかった、1つの『偉業』を成し得た……唯一の存在である。


 今まで、誰一人として成そうとすることすらなかったであろう。

 『全ての悪人の頂点に立つ』など……。


「よぉ、ボス。準備は整ったぜ! あとは、俺の号令1つで一気にドンパチ開戦ってやつだぁ!」


 部屋の扉を勢いよく開き入ってきたのは、十数人単位の強面な男達。青年の記憶が確かなら、どこぞやの大手マフィアの首領と幹部連中だったはず。

 数年前に取引をおこなってからというもの、懇意にしている仲だ。

 そして、彼らも青年を慕い……とある一大計画を完遂する事の報告に来た。いや、開戦の号砲を青年へと託しに来た。というところか?

 まるで飼い慣らされた忠犬のように、主人の命令を貰い受けに……。


 青年は物憂げな目で窓の外を見ていた。


「……そうか。計画もいよいよ終盤か……」

「おうよ! さぁボス、命令してくれ! アンタの一言で……すべてが終わる!」


 暑苦しい男だ。

 かと思ったが、どうやら首領だけでなく幹部連中も熱量は同じらしい。

 無理もない。

 一世一代をわかつ、そんな歴史に残る大事件を起こそうとしているのだ。昂らぬわけがない。

 期待に満ち溢れた目。


「よくやってくれた」


 青年は優しく微笑む。

 そして、最大限の賛辞を込め……――。


 ……手にした銃の引き金を引いた。


 パンッ……


 薬莢の火薬が乾いた破裂音を響かせ、瞬く間もなく1つの命を消す。


「…………えっ?」


 誰かの口から漏れ出た声か。

 他の者は声さえ出ない。それが数秒と過ぎる。

 足元に転がる、かつてマフィアの首領であった男の亡骸。

 理解してなお、未だにわからないのだ。

 何が起きているのか……。


「さて、君達にいくつか確認したいことがあるのだが……かまわないかな?」

「…………っ!?」

「まず1つ目。「俺の号令1つで一気に開戦」と、彼は言っていたわけだが、もしも今回のように『俺』とやらが開戦前に死んでしまった場合……誰が開戦の合図を上げるのかな?」

「……それ、は……」

「当然ながら指揮権は君達幹部群に引き継がれる事だろう。ならば、今この場で全員を殺したら? 次は誰だい?」

「……っ、……!? ぼ、ボス……何を言って……!? それに、なんで首領ドンを!?」


 また、銃声が轟く。


「質問しているのはコチラだ。必要以上の言葉はいらない」


 また、命が散った。

 眉間に穴を開けた死体が二つ。


「では次の質問だ。この程度の報告作業を行うためだけに……何故、君達組織の重要主格をこの場に集める必要があった? バカ正直に全員集合とは……「一網打尽にしてください」と言っているようなものだとは思わないかね?」

「…………」

「ゲスな勘ぐりを働かせて、チップでも期待したのかい?」

「……っ!」

「あぁ、それと……安心してくれていい。この銃に入っている弾は二発だ。皆殺しなど出来ようはずもない」

「……そ、そう……か。わかりましたぞ! この二人はボスへの裏切りを働いた無礼者だったわけですな! 我々を騙し、ボスの不利益になる様な愚行を犯した裏切り者だった!! ソレをボス自らが処分なさったわけですね!?」


 邪推。妄想。

 自身の正当性を疑うことも出来ず、強大な力を前にした者の勝手な推察。

 『事の元凶は死んだ二人にある』『自身は裏切っていないから大丈夫なはず』そういった、自分に都合のいい言い訳。

 圧倒的カリスマで組織を纏め上げた、人望厚きボスが『理由もなしに仲間を殺す筈がない』。そんな、彼らの共通認識が……また油断を生んだ。


 また、鉛玉が一人の頭部を貫く。


「何故このタイミングで油断できるのかな……君達? 私はいつ、「もう銃弾はない」なんて言った? 言葉は正しく理解しなよ。……私は「入っている弾は二発だ」と言ったんだ。過去形じゃないだろう? どう聞いても、現在進行形だろう? つまり、あと一発入っている」

「……ボス、なんでっ!?」

「あぁ……、そういうのはいいから。……それと、殺した理由だったかい? そんなの決まっているじゃないか」


 青年は無邪気に笑う。

 それは無垢な子供にも似た純粋な笑み。


「なんとなく、だよ」


 そう。なんとなく。

 確たる理由などありはしない。

 私怨や計画的な殺人ではない。

 ただ、なんとなく殺したのだ。


 やった事は、トチ狂った殺人鬼と変わらない。


「そうだね。もし、どうしても理由が欲しいというなら……一つ。私が『極悪人』だから……かな」

「……っ! ……っ!!?」

「はは、そんなに怯えないでおくれよ。私は何もおかしな事は言っていないだろう?」


 青年は彼らに背を向け、また窓の外を見渡す。

 うつる景色は、夜の闇と煌びやかに光る街灯。目下には車や人の行き交う交差点。


「悪人が何故、殺しに理由を求める必要がある?」


 殺しに金や私怨を絡めるのは、二流以下の悪人だ。

 だが、『ムシャクシャした』『なんとなく』というのは、悪人ですらない。ただの害虫。


 青年は、『自分が悪人であるから』殺したのだ。それを『美学』と自惚れる気はない。


「悪人であるために殺す。行動に正当性なんてなくてもいいんだ。私の理想とする『悪』は、理由なんていらない」


 楽しげに話すその顔は、やはり笑顔で……。

 ようやく、銃を手にした彼らを、青年はやはり一笑する。


「銃を取るのが遅すぎる。それに……、その引き金を引く覚悟は……あるのかな? 私一人を殺す程度なら、すぐに出来るだろう。……だが、その後は? 私を殺した後は? 世界中の悪党どもから、追われ続ける覚悟はあるのかい? 君らに似て……とても忠実な犬達から……」


 そう、遅過ぎたのだ。

 何もかも。


 もはや彼らに、戦意などありはしない。

 我が身や肉親、それこそあらゆる大切な『つながり』を多く持つ者ほど……悪人には向いていない。

 失う恐怖を知っているからこそ、失わぬ力を求める。それは『正当性』からくる考えである。

 守る為に力を得る、というのは理にかなっている。


 だからこそ、守る力がない今……彼らが引き金を引く事の『意味』はどこにある?

 のちを思えば、百害あって一利なし。

 衝動に駆られて我を見失うほど、彼らも愚かではない。


「…………私はむしろ、そんな愚か者に賭けたのだがね……」


 誰にも届かぬ声で呟いた本音。

 だが、その望みが叶う事はない。


「退きなさい。追う事はしない。君達の好きなように……新たに生きるといいさ」


 牙のない獣に用はない。

 そして、彼らの立ち去った静寂の中で……また青年は待ち続ける。


「よろしいので?」


 冷たく凛と響く女性の声。

 事の終始を、部屋の隅で静観していたのだろう一人。青年の唯一の秘書であり、たった一人だけ信頼できる女性である。

 いつだったか、掃き溜めのような薄汚い路地で拾い、気まぐれに育てた。齢は青年とさほど変わらぬ若輩ながらも、忠誠心は他の誰よりも頭一つ抜けている。


「種は多く撒いておいて損はないだろう?」

「不必要な芽は間引かねば、良き芽を腐らせますよ?」

「ふふ、まだそれほど撒いてないだろう。土も水も腐るほどある。……むしろ、芽が出れば上々の結果さ」


 彼らには、わずかながらも『まだ』期待している。


「私はね、昔から『正義のヒーロー』というものが大好きなんだ」

「はい」

「この世のどんな悪にも屈さず、純真なまま……強大な力をも圧倒する。優しくて強い、見返りを求めず世界に平和をもたらす存在」

「そうですね」

「世界のため、未来のため、星のため、罪なき人々のため、戦い続けるカッコいいヒーローさ!」

「はい」

「…………そんなヒーロー。どこにいるんだろうね? 探したところで見つかりはしないだろう。孤独なヒーローとやらは、世を忍ぶ仮の姿を持っているものだ。ならば……と。私自身が淘汰されるべき『悪』になればいいのでは? そう思って、動き出したのが約十年前。けっこう頑張ったと自負してもいいと思うのだが……まだ足りないのかな?」


 全世界に名を轟かす『悪人』となった今、それでもまだ『正義の味方』は現れてくれない。

 国も政治も警察も、金を積めば簡単に落ちる。

 たとえ、道端で人を殺しても……彼に害を及ぼす者など、もう存在し得ないのだ。


「あるいは……アレかな?」

「と言いますと?」

「やり過ぎちゃったパターン?」

「……やり過ぎ、ですか」

「『悪人』であるために、徹底し過ぎたのかもしれない」

「『やり過ぎなければ悪ではない』とは、アナタの言葉だったでしょうか……。私もその言葉に異論はありませんが」

「だとしても、裏切り者だけでなく……敵味方問わずに、好き勝手処分し過ぎてしまったかもしれない。降りかかる火の粉どころか、道端に燻る火種すら消してしまっては……燃えるものもあるまい」

「……なるほど」


 思い至った疑惑。

 もしかしたら、知らず知らずのうちに『正義の芽』を摘んでしまっていたのではないか?

 一族を皆殺しにするならば、子供だけは生かして復讐の道に誘導する……とか。

 復讐心を『正義』と言い切る事は出来ないが、復讐の的が魔王なら、ソレを勇者と呼ぶことも出来ないだろうか?


「…………まぁ、そんな過程で生まれた『正義』など、純真であるはずもない……か。やっぱり養殖ではダメだ。ヒーローは天然モノでなければ」

「そうですね」

「……ふふ、そっけないね」

「はい。アナタの志などに興味はありませんので」

「これはまた、バッサリと……。ははは」

「アナタ様の目的がどういったものであろうと、私の目的が変わることはありません。私がアナタの命令を遂行することも、その手段として協力しているに過ぎません」

「相変わらずクールだねぇ……。まぁ、無駄な情を持ち込まれても面倒だし。だからこそ、君は信頼できる」

「使い勝手のいいコマとして」


 言葉を途中で奪われてしまったが、青年は特に憤りを覚えることもなく不適な笑みで応える。

 二人の関係は実に単純だ。

 使う者と、使われる者。

 互いに不満を覚えることもなく、きっとこの関係が変わることはない。


「そう言えば、先日の件はご苦労だったね。君が不安要素を処分してくれていたおかげで、会議もスムーズに進めることができたよ」

「いえ、例には及びません。数匹ほど目障りな害虫を駆除したに過ぎませんので」

「なにか褒美をあげよう。……何度目かも忘れたが、また同じ事を問おう。何が欲しい?」


 そう。何度も聞いた問い。


 褒賞なくして、人は動かない。金のために働く者も然り、褒めてもらうために努力する子供も然り。

 昔の言葉で『御恩と奉公』というものがあるように、受けた恩は返さねばならない。それが人情というものだろう。

 彼女は彼のためによく働いてくれている。

 ならば、同等の対価を与えねばなるまい。

 幸い、金に余裕はある。世界的な地位もある程度は確立している。一般的に実現可能な願いならば、何でも叶えてあげる事が出来るだろう。

 そして、彼のそんな問いに……

 やはり……彼女は決まってこう返すのだ。


「必要ありません」


 ——と。


「何度でも言わせていただきますが、私は私の目的を達する手段として行動しているに過ぎません。褒賞などお門違いというものでしょう」

「私の命令でも、かい?」

「アナタ様の命令に従うのも、私の手段と通ずるものがありますので」

「一度くらいはワガママを吐いてくれてもいいんじゃないのかい? ふふ、この言葉も何度目だったかな……」

「何度聞かれても、私の答えは変わりません。私の目的はただ一つ——」


 表情一つ変えず、彼女は淡々と当然の如く言葉を紡ぐ。


「アナタ様と共にありたい。ただ、それだけです。アナタが私を不要としない限りアナタの側にいたい。その為に、私は私の利用価値を高めているに過ぎません」

「無欲だね……」

「……そうでしょうか? 私は私以上に欲に忠実な人間を見た事がありません」

「ふむ」

「欲を満たし続ける為に、今の私は生きています。それ以外は些事にすぎませんので」

「……まぁ、そう捉えることも出来なくはないね。常に手中にある褒賞を失わぬ為に動く。…………うん、悪くない答えだ」

「いえ」

「だが、今回くらいは……もっと分かりやすい、君のワガママを聞いてみたかったものだ」

「……困らせないでください」


 淡々と応える彼女に、また笑みをこぼす。

 彼女のソレは『愛』や『信頼』といった曖昧なものではなく、きっと『依存』や『執着』といった……呪いのようなものだ。

 かつて空っぽだった少女は、彼という『使ってくれる者』がいなければ自身に存在価値など無い、と。


 ずっと側にいたい。

 だが、けっして「捨てないで」とは言わない。

 自身は『物』であり、所有者に取捨の選択を強要するなど以ての外なのだ。

 彼の妨げになるのであれば、自身の命すらも容易く切れ捨てられる。


 それが、彼女である。


「そういえば、今夜は聖夜だったね」

「悪い子にはプレゼントはありませんよ」

「はは、全くだ。あの御老人は……一度も我が家に現れてはくれなかったな。私が悪い子になったのは、きっとそのせいだな。そうだ、そういう事にしよう♪」

「責任転嫁ですか」

「悪人の特権だろう? まぁ、今更どうでもいいがね……」


 優しい笑みは消え、虚ろな視線は窓の外へと。


「助けてと叫んでも……ヒーローは来てくれないんだ。この世界は、そういうものなんだよ。きっとそういうものだったんだ。…………だから、もういいかなって」


 手にした銃には、鉛玉が1発。


「…………」

「はは、そんな寂しそうな顔をしないでおくれ。……君一人を置いて先立つ気なんてないさ」

「……っ!」

「私は臆病者だからね。ひとりぼっちで閻魔に会う度胸なんてあるはずもない。……共に来てくれるかな?」

「……、はい。……はいっ、もちろんです」


 突き付けた銃口の先……。

 最後の最後に見せてくれた少女の顔は、優しさと喜びの中で綺麗な笑みを咲かせていた。


「私も、すぐに行く」


 引いた引き金は硝煙を纏い、穿つ凶弾は……赤い大輪を咲かせる。


「あー、あー……、聞こえているかね、諸君?」


 自身の服に取り付けておいた通信機。

 これは、部下の全員へと送られるメッセージである。


「楽しい遊戯はこれにて終了だ。あとは各員……勝手に生きるといい」


 机の引き出しから、また一丁の銃を取り出す。

 マガジンには大量の弾薬。


「皆殺しなど出来ようはずもない、か」


 嘘は言っていない。

 あの銃『だけ』では、残った者達を相手することなど出来なかった。

 ただ、「替えの銃はある」と言わなかっただけ。


 セーフティを外し、遊底を引き、銃口を自らの頭に押し当てる。

 すぐ側にある『死』を前にしながらも、……不思議と恐怖はなかった。引き金に触れる指が震えることもなく、自然と心は落ち着いていたのだ。


 今は亡き、少女の骸。

 美しきその頰に優しく触れ——


「…………メリー、クリスマス」


 世紀の大悪党は、乾いた音と共に……永遠の眠りへと落ちていった。


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