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封印帝国

 残照の照り返しが煉瓦歩道を飴色に染めている。神学校の構内を、残照にくっきりと映えた人影が移動してゆく。三人の人物は、人目を憚りながら目指す建物に向かっていた。

 構内の中央にひときわ重厚な造りでそびえる大聖堂の扉をくぐると、三人は聖堂脇の長い回廊を進んでいた。回廊の先は、神学校の最高位幹部の執務エリアだ。突き当りを折れると残照は遮られ、薄墨色の空間が奥まで続いている。

 重苦しい沈黙を抱えたまま薄墨色の空間を進み、三人は目的の場所の前に立っていた。

 気持ちを落ち着けるように大きく息を吸うと、ナディはノッカーを手に取り、控えめに扉を叩いていた。

「どうぞ。お入りなさい」

 扉の内側から響いてきたのは柔らかな女性の声だった。言葉のままに、三人は扉を開けて、中に足を踏み入れる。正面の執務机にゆったりと座り、ナディたちに穏やかに笑みを向けたのは、前校長の急逝に伴ってこの春に就任したばかりの女性校長だ。前校長の娘である彼女だが、それは偶然の事実に過ぎなかった。世襲によってではなく、実力によって彼女はこの地位に就いたのだ。まだ四十前という若さだが、誰もがその知識と実務能力を認めている才媛だ。

「お待ちしていましたよ、ナディさん、ライナさん」

 透き通った声が、執務室に響く。ナディとライナは深々と礼をする。

「お忙しいところ、お時間をいただいて恐縮です」

「き、きょうりゅう……し、失礼、恐縮です」

 彼女とは今回が初対面ということもあり、緊張を隠せないナディとライナだった。

 校長は、一瞬だけ笑みを浮かべるとすぐに真顔になり、

「相談というのは、そちらのお嬢さんのことですね」

 間髪を入れず核心に触れていた。

「はい」

 ナディとライナは即座に返事をすると、屈み込んで、傍らの少女と目線の高さを合わせ、頭部を覆っていたフードをそっと外す。

 露になった少女の容貌にも、校長は驚くことなく、

「おやおや。初めまして、ですね。色々事情がおありなのでしょうけれど、私はあなたを歓迎しますよ」流暢なザグレス語で少女に語りかけた後、面を上げてナディたちに向かい、

「なるほど、これは大問題ですね」

事に直面しても冷静に事実を受け入れている校長に畏怖の念を抱き、ナディとライナは次にかけるべく言葉を見つけられずにいた。

「さて、あなたたちは私に何を望んでいるのですか」

 先刻までの柔らかな声音と一変した、低く、威厳のこもった声に、ごくりと喉を鳴らしてナディは、

「彼女の保護を、神学校でお願いできないでしょうか」

 恐る恐る、声を紡ぎだしていた。

 校長は気難しい表情で、

「それは、難しいですね」

「そんな、どうして……」

 不満げな声を上げるライナを目で制して校長は続ける。

「重要なことですから、隠し事はしません。本音を言わせてもらいます。さて、あなたたちは、あのような《壁》が出来た経緯をきちんと説明できるかしら」

「それは、この子の保護と関係があることなんですか」

 重ねて問うライナを、校長は真っ直ぐに見つめて、

「ええ、もちろん。これから、順を追って今回の一件の神学校としての立場を説明しますから、心して聞いてください。《壁》は、過去におけるキルギアとザグレスの泥沼化した戦争を終結させるため、キルギア側がやむなく仕掛けたもの。キルギアは平和な世界を強く求めていた、と、これは、ありふれた歴史書に記されていること。賢いあなたたちのことだから、それを鵜呑みにしてはいないでしょ。キルギアが《壁》を構築してまでザグレスを封鎖した真の理由はもっと深刻なものなんです。隠し事はしないと言った手前はあるけれど、その真の理由を、神学校の立場から今ここであなたたちに伝えるわけにはいきません。この真実を一般市民に伝えることは、政治的判断が必要だからです。《壁》の機能消失と、そちらお嬢さんとの因果関係は今のところ分からない、となれば、お嬢さんから、《壁》を超えてこちらに渡ってきた時の状況を聞きだす必要がありますね」

「それって、この子を尋問するってことですか」

 憂い顔で懸念を伝えるナディに、校長はきっぱりと、

「神学校の立場としては、それは避けたいところです。ただ、お嬢さんの身柄をこちらで預かるとなれば、王宮には報告しなくてはなりません。王宮は、政治的判断のみで動くでしょうから、お嬢さんは政治利用されるかもしれない。あなたがたはそれでかまわないのですか」

「それは認めません」

「だめです、そんなこと」

 ナディとライナは同時に異議の叫びを上げる。

 校長はふっと表情を緩め、

「では、私からあなた方に提案があります」

 偉大なる神学校校長からの提案とあれば無碍にはできない。ナディたちは神妙に、校長からの次の言葉を待っていた。

「あなた方が責任を持ってこちらのお嬢さんを保護なさい。条件は、私の許可があるまで、お嬢さんの存在を決して他人に知られないようにすることです。実は、この一件に関しては、既に王宮から神学校に問い合わせがあったんです。神学校ではそういう事実を把握してないか、と。その時点では、ない、と答えておきましたが。けれど、これで《知らぬ存ぜぬ》とはいかなくなりましたね」

 王宮への情報提供者はあの《似非神父》だろうと瞬時に思い至り、最初からここに来るべきだったと、ナディとライナは自分たちの初動のミスを悔いていた。

 憂い顔を浮かべる二人に、一拍の間をおいて校長は言葉を続ける。

「王宮がこの一件を認識したとなれば、神学校としても、王宮と協議して事の対策に当たらねばなりません。ですが、神学校の立場としては、こちらのお嬢さんの所在について、現段階では王宮には知られたくない。と、ここまで言えば、あなたたちへの提案の意味、分かりますよね」そこで、校長はにっこりと微笑み「あなたたちは《聖魔の刻印》を授かり、優秀なパートナーと契約したのでしょう。それなら、任せても安心でしょうから」

 ナディとライナはぎくりと息を呑む。

「あ……あの……」

「どうしてそのことを……」

二人の狼狽を読み取って校長は、

「神学校の校長たるものを侮ってはいけませんよ。皆さん、大切な生徒さんなのですから、日頃の行動はしっかり把握しているんです。あなたたちのことはずっと気にかけていました。今さら、あなたたちが神学校の禁を破って召喚魔法を実践して、パートナーと契約したことを咎めだてするつもりはありませんから安心なさい。もちろん、感心したことではありませんが。ただ、契約の過程であなたたちは大きな代償を払った、その結果として契約が成立したのでしょう。さらには、パートナーの意思によって《聖魔の刻印》を授かった。それは、魔導士としての優秀さの証、そのことに免じておきましょう」

「恐れ入ります」

「ご厚意、感謝いたします」

 自分たちの《掟破り》を見通されていたことに、神学校校長の知られざる大きな力を認識し、ナディとライナはただただ恐縮するばかりだった。

話の区切りがついたところで、校長は、傍らの少女に笑みを向け、

「安心して。この娘たちは信用できる。私が保証するわ」

 凪いだ瞳を校長に向けた後、少女はこくりと頷いていた。

「では、あなたたちには、学内にある寄宿舎を開放します。今は閉鎖されていますから、人目につくことはないでしょう。お嬢さんの存在が知られぬよう、くれぐれも、よろしくお願いします」

「はい」

「ご命、承ります」

 殊勝な言葉とともに恭しく頭を下げるナディとライナに、満足げな笑みを返す校長だった。




寄宿舎は、思いのほか手入れが行き届いていた。学内の施設ということで、閉鎖後も定期的に人の手が入っていたようだ。閉鎖された人気のない寄宿舎に暗いイメージを抱いて

いたナディとライナはほっと息を漏らして、居室に一渡りの視線を走らせる。備え付けの簡素な家具も小奇麗に保たれている。

「とりあえず、何とか生活できそうね」

「そう、ね」

 安堵の言葉を交し合うと、二人は部屋の片隅のソファーに身を預ける。

 開け放たれた窓からは、夕刻の風が涼を運んでくる。差し込む夕日が、異邦の少女の影を刻んでいた。

「この場所、気に入ってくれた?」

 ナディの声に、少女が振り向く。

「だいじょうぶ、問題、ない」

 さばけた口調で応じる少女に、ナディは手招きして、

「あなた、こちら、来る。少しお話し、したい」

 少女は素直にナディたち歩み寄り、傍らに座る。

「わたしたち、ここで一緒に暮らす。だから、仲良くする。あなたのこと、知りたい。質問する、いい?」

「仲良くすること、いい。質問、答える」

 穏やかな笑みを少女に向けてナディは、

「ありがとう。じゃあ、名前、教えて」

「名前、ティア」

「わたしは、ナディ。こちらはライナ、よろしく」

「よろしく、ティア」

 差し出されたライナとナディの手を交互に握り、ティアは次の問いを待つように、真っ直ぐな瞳を二人に向ける。

「以上、質問、終わり」

「え?」

 ナディの言葉に、ティアは、戸惑ったように瞳をくるりと動かす。

「今はそれ以上のこと、必要ない。話したいことがあったら、あなたから話してくれればいい」

 傍らでライナが頷く。ティアの表情がほっと緩む。

 と。扉がノックされる乾いた音が耳に届く。心得たようにナディは扉に歩み寄り、解錠して、

「入っていいわよ」

 と声をかける。

 招き入れられたのは、すらりとした体躯の青年だった。

 ティアの存在を認めた青年は、

「ザグレスのお嬢さん、か。なるほど、俺を呼んだのはそういうわけか」

 不遜な言葉を気にしたふうもなくナディは、

「さすがに察しが早いわね、ガーヴ。事情が分かったんなら協力してもらうわよ」

「承知した。対等なパートナーからの依頼ということで、協力しよう」

 そう言った後、ガーヴはティアに手を差し出し、流暢なザグレス語で、

「俺はガーヴ、今日からこいつらと一緒におまえのナイト役をつとめさせてもらう」

 言葉の流暢さより、砕けた口調に驚いた様子で、ティアはガーヴを見つめる。

「だいじょうぶ、彼、心強い味方。頼りになる」

「態度、大きいこと、気にしない。彼、いつものこと」

 ナディとライナの言葉にティアは小さく頷く。

「ナディとライナ言う、だいじょうぶ。わたし、彼、仲良くする」

「素直なお嬢さんじゃないか。おまえらに見習わせたいくらいだ」

「お生憎さま、あたしたち、あんたと対等のパートナーなんで」

「素直じゃやってけないんです」

 ナディとライナの返しに、ガーヴは不敵に笑んでいた。

 ナディは衝立の向こうのキッチンを見やり、

「さて、と。今宵は顔見せの挨拶ということで」

 キッチンのテーブルにはシチュー鍋が置かれ、その周りには、ささやかな料理が盛られた質素な食器が並んでいる。

「おまえらにしては上出来だな」

「いちいち絡むわね、あんたは。肉を削ぎ落としてシチューの出汁にしてあげようか」

「やれるもんならやってみろ」

「まあまあまあ、今宵は楽しく、ですよ」

 笑顔でライナが締め括る。




「ナイト役、よろしくね、ガーヴ」

「困ったこと、あったらガーヴに相談、いい、ティア」

翌朝、神学校に講義に出席するためにナディとライナは部屋を出て行く。ガーヴとティアの残された部屋に、束の間、静寂が訪れる。ティアは隅の壁にもたれかかって膝を抱え、ガーヴは窓際で外の風景を眺めていた。

 開け放たれた窓から吹き込む風がカーテンをそよりと揺らす。

「あの……」

静寂を破ったのはティアだった。

「ガーヴさんっていうんですね。ガーヴさんは二人とどういう関係なんですか?」

振り向いたガーヴの視線がティアを捉える。澄んだ光をたたえた瞳にティアは引き込まれていた。

 ガーヴはゆったりとした口調で、

「やつらとは対等のパートナー、それだけだ」

「対等のパートナー、ですか」

ティアの表情を読みとってガーヴは、

「納得がいかないようだな」

「いえ、そういうわけじゃあ……ただ、バランスが取れていないっていうか、ガーヴさんのように高貴そうな人がナディさんたちにあれこれ言われているのが不思議で」

「ナディとライナは俺が認めた対等のパートナーさ。助けられたのがあいつらだったのは幸運だったな。あいつらを信じていれば悪いようにはならないだろう」

「そう、ですね」

 それきり、ガーヴは口を閉ざし、再び沈黙の時間が流れる。そんな時間を嫌って、ティアは、

「ガーヴさんは、わたしのことに関心はないんですか?」

「おまえがどこの誰かなど俺にとっては重要じゃない。俺にとっておまえはティアという名前の一個人だ。個人のことをあれこれ詮索する気はない。お前が話したいというのなら聞くのにやぶさかではないがな」

「ナディさんとライナさんともそんな関係なんですか?」

「あいつらは特別だ。俺が認めたパートナーだからな」

「お互いに信頼し合っているんですね、うらやましいです」

 と、ふいにガーヴの表情が翳る。

「どうしたんですか、ガーヴさん」

表情の変化の不自然さを訝り、ティアが問う。

 ティアの問いにも数拍反応せず、ガーヴは険しい表情で宙を見据えていた。

「ガーヴ、さん?」

「ん……ああ、すまない」

 隙を見せたことがないガーヴにはあり得ない不自然さだった。

「何でもない。考え事をしていただけだ。気にすることはない」

 それきりガーヴは口を開こうとはしない。澱みの生じた空間で、ティアは居心地が悪そうに身じろぎしていた。

 片やガーヴは、何事もなかったかのような表情を繕いながら、苦々しい思いを押し殺していた。一瞬だけ、意識を掠めていった邪悪な気配。その気配の正体にガーヴは心当たりがある。ガーヴ自身はもとより、ナディとライナ、ティアにとっても好まざる事態をもたらす元凶であることは間違いない。遅からず、その元凶と対峙するだろうとガーヴは確信していた。




 昼下がり、ティアは窓際で外の風景を眺めていた。柔らかな日差しとは裏腹に、ティアの内心は穏やかではなかった。寄宿舎でナディたちと暮らし始めて数日、狭い空間で行動を制限されていることにストレスを感じ始めていたのだ。ナディとライナは、いつものように講義に出席していて留守だ。留守中のお目付け役であるガーヴの姿は見当たらないが、どこかで行動を監視していることは肌で感じる。

 高い塔に幽閉されて嘆く囚われの王女。そんな物語を聞いたことがある。けれど、自分には頼みの王子様は存在しない。上空を高く飛ぶ鳥の影が窓の外を動いて行くのを目で追うことしかできないティアだった。

 影が雑木林を超えて消えるのを見届けた時、別の影が、雑木林の中を通っている小道から現れる。地面に映し出された影は、人間のものだった。一瞬、警戒したが、影の主が小さな男の子だと分かると、興味を覚えて、ティアは影の主を目で追っていた。

 小道の袂で、男の子はティアのいる部屋を見上げていた。ティアと男の子の視線が重なる。男の子の視線はティアに注がれたまま離れない。ティアが興味を持ったのと同じように、男の子の方もティアに興味を持ったようだ。ティアが軽く手を振ると、男の子は手を振り返してくる。男の子がいる場所は、寄宿舎の玄関を出て小道を少し辿ったところだ。そうすることが当然のように、ティアは部屋を抜け出して玄関から小道を辿っていた。

 ティアが歩み寄ると、男の子はにっこりと笑顔を見せて、

「空の色だ」

 そう言って手を伸ばし、ティアの髪に触れる。

 発した言葉の意味は分からなかったが、敵意がないことは分かる。ティアは腰を屈め、目線の高さを男の子に合わせる。

「お姉ちゃんの髪の色、綺麗だね」

男の子の屈託のなさにつられてティアはにっこりと、

「あなた、わたしのこと恐くないんだ」

 男の子は、戸惑ったようにティアを見つめる。ティアは哀しげに男の子を見つめ返し、

「わたしの言葉、分からないんだね」

 そう口にして、そっと男の子の頭を撫でていた。

 と、二人に近づいた別の影が、

「お化け屋敷の見学か、坊主」

 男の子は驚いたように声の主を見つめる。ティアは不満そうに頬を膨らませて、

「驚かせないでください、ガーヴさん」

「すまなかった、驚かせたつもりはないんだが」

 言いつつ、ガーヴはティアに倣って腰を屈めると、男の子に、

「残念だったな、ここはお化け屋敷じゃない。ちゃんと人が暮らしてるんだ。言っておくが、俺たちは幽霊じゃないぞ、ほら、ちゃんと触れるだろう」

 男の子は、ガーヴの体をぺたぺたと触ると、

「ふーん、なんだかつまんない」

 不満げな言葉を口にしていた。

 会話の内容は分からなかったが、いかにも子供らしい男の子の表情の変化に、自ずと笑みを漏らすティアだった。

 男の子はティアの手を取り、感触を確かめるように握りしめる。それから、おもむろにガーヴに視線を送り、

「おねえちゃんも幽霊じゃないんだよね。なんでこんな髪の色なの?」

 男の子の問いかけに、ゆるく笑んでガーヴは、

「髪の色、気に入ったのか」

「うん。だって綺麗だもん」

「そうか。じゃあ約束だ、おねえちゃんの髪のこと、誰にも喋っちゃだめだぞ」

「どうして?」

 ガーヴが瞳の奥に灯した妖しい光に一瞬の戸惑いを見せたものの、男の子は、無垢な言葉を発していた。

「坊主だって大人に秘密にしたいことはあるだろう。そういうことだ」

 ガーヴの瞳が、深く男の子の瞳を捉える。と、男の子は睡魔に襲われたようにがくんと頭を垂れる。ガーヴは男の子の頭をそっと撫で、

「悪いな、坊主。さよなら、だ」

 男の子はゆっくりと頭を上げる。開かれた瞳は、憑かれたように焦点を失っていた。

 何かを促すように、ガーヴは、男の子の背中をぽんと叩く。男の子は、一瞬だけ、ティアに視線を向けると淡い笑みを見せていた。それは一瞬のことで、男の子はすぐに表情を失い、そのままティアとガーヴに背中を向けてもと来た道を辿っていた。

「あの子に何をしたんですか、ガーヴさん」

 ティアの声音には不審感が滲んでいた。

「俺たちのことを記憶から削除した」

 冷徹に言い切るガーヴに、ティアは言葉を失う。

「理由は分かるだろう。キルギアとザグレスは友好的といえる状態じゃない。おまえの存在が公になれば、よからぬ輩が騒ぎ出すかもしれない」

「あの子には敵意なんてなかったのに」

「あの坊主や、ナディ、ライナのような奴の方がおそらく少数派だろう。それが現実だ」

「そん……な。だったら、こんなところになんかいたくないです! わたしをザグレスに返してください。わたしは、望んでキルギアに来たわけじゃないんです」

「できるならそうしたいところだ。こっちに渡ってきたルートが開かれているのなら、逆ルートで帰ることも可能だろう。だが、こっちに渡ってきた時の状況が分からないことにはそのルートを辿れない。状況を話してくれれば、おまえの望みに協力できるかもしれない」

「ザグレスに返してくれるのなら何でも話します」

「まあ、そう急くな。俺一人で事は決められない。ナディとライナにも相談しないとな」

 真摯な瞳でガーヴを見つめた後、ティアは無言で頷いていた。

 二人の間に生じた淀んだ空気を押し流すように、さわさわと梢が揺れる。



                                      続く


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