外界
基本的に、日本で未だにネトゲをしている者は
大都市の安全地帯に住まうものが多い
ゾンビパンデミックが起きると
真っ先に危険になると言われているのが
人口密集地帯なのだが、
なんだかんだと大都市は
ライフラインが堅固なのだ。
複数の連結された電力系統を持っていたり、
災害準備のインフラも人員も整っている
「マジ俺ら勝ち組、東京都民で良かったわー」
「うち、大阪なんやけど、全然停電しないわ。
水道も生きとるし
めちゃくちゃ普通の日常なんだけど」
「地方の人、かわいそう」
「誰だよ、田舎に逃げろって言ってたやつ」
タロとミカは、彼らに調子を合わせていた
しかし、タロはミカに対して
そっとプライベートメッセージを送った
(彼らが強がっているのは今の内だけだ、
真っ先に食料が不足していくのが
目に見えてる。
もうすでに流通は壊滅状態だ
うちのマンションの前の道路は
そうでもないけど、幹線道路に出たら
事故を起こしたり放棄された車が大量に
道を塞いでいるだろ?
車両での移動はもう不可能に近い。
彼ら大都市の生き残り組の
膨大な食糧需要に対して、
供給する手段がないんだ)
ミカから返答メッセージが送られてきた
(この人たち、その事を内心感じていて、
あえて強がっているようにも思います。
私たちは、一応、この人たちと同じ
大都市住みってことで
話を合わせていけばいいんですよね?)
タロはミカにメッセージを送った
(いや、本当にミカには驚かされてばかりだ。
まだ14歳だよね?
その察知能力は超越しているぜ
精神年齢高すぎねえか?)
ミカから返答メッセージが来た
((*´д`*)ノシ 照レルデハナイカ)
タロはふんっと鼻を鳴らした
タロは、Taro_1257、ミカはMika_1257という
普段のハンドルネームでログインしている
しかし、大都市組の中には
「ちんかわむけぞう」やら「S〇X&F〇CKノ介」
などの、もうヤケクソとしか思えない
ハンドルネームの者たちが居た
今、タロをはじめとしたシェルター組は
息を潜めている
その内に、ネトゲ界は、常時ログインしている
少数の固定メンバーだけになってしまうだろう。
その時になって、ようやく彼らはお互いを認識
しあうのだ
粋がる大都市組の中でチャットしてると
物悲しくなる
ミカを連れて、冒険者ギルドから退席した
タロは、海外サーバーのFPSをプレイしようと
提案したのだった
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....もう真夜中だ
準備を整えて一息ついた後、タロは
核シェルターのドアを開けた
金庫のような頑丈なドアがゆっくりと開く
外に出たタロは、
小さなハンドルをグルグル回してドアを閉めた
顔を上げて息を吸ったとたん、
今まで目を背けてきた外界の生の情報が
一斉に五感に流れてきた
まずは鼻をツンと突く腐敗臭、
自分の指先も見えないほどの闇、
一気に口内が渇き、寒気を感じる。
遠くでかすかにエンジン音が聞こえて
タロは眉をひそめた
非常階段を上り、地下2階から地下1階へと、
そしてついに地上階に出た
それでも真っ暗なのは変わらない
頑丈な金属の柵に、何者かが体当たりしてくる
...強烈な腐敗臭
タロは無視して、非常階段を上り続けた
唯一、マンションから外に出るための
1階のドアには、機械的にも物理的にもすでに
何重にもしっかりと施錠してある
地下1階と、1階の駐車場の非常階段は
こことは別でそれも問題ない
タロは自分に言い聞かせた
2階は、雑貨屋とエントランス階、
光量を抑えたヘッドライトを付けて手元を照らし、
シャッターを開けて剥き出しになった
柵状のドアにダイヤル鍵をはめる
続いて、3階のスポーツジム、4階から上の
居住階へと、非常階段を上りながら、
次々とドアをダイヤル錠で施錠していく
ようやく最上階にまでたどり着いて、
タロは一息ついた
分厚いフェイスマスクを脱いで
独り言をいう
「各階の非常階段のシャッターは
制御室のスイッチで一斉に開閉できるものの、
それは、各階、個別にはできないからな。
明日、ミカに自分の家に私物を取りに
行ってもらうためだ、頑張るぞ」
タロの姿は、まるで特殊部隊のようだった
ヘッドライト付きのヘルメットを被り、
ライダースーツのような隙間の無い服を着ている。
さらに強化プラスチックの装甲付きの手袋を装着し、
背中に、ダイヤル錠を入れていたリュックを
背負っている他、バールのようなものも背中に
張り付けていた
「実際にどこかの国の特殊部隊が使っていた
スーツらしい。
本当はゴーグルも付けないと
いけないんだけどな」
パラノイアの父親が核シェルターの中に残していた
対ゾンビ用スーツだった
タロは、ズラリと並んだソーラーパネルの
間を縫って
さっきからかすかにエンジン音のする方向へと
向かった
屋上の淵まで到着すると、
真っ暗な地上を見下ろした
数ブロック先でかすかな輝きが見える
「重機レンタル会社の連中、こんな夜中に
エンジン式の発電機を動かして
アーク溶接をしているのか。
必死になって何を作って
準備しているのか知らないが、ご苦労なこった」
タロの表情は険しかった
しかし、自分にはどうすることもできない
やがてタロは非常階段を降りて、
ミカの家がある地上7階に来た。
先ほど、施錠したダイヤル錠を外し、
柵状のドアを開けて
ついにマンションの居住区域に侵入したのだった
ミカの家は幸運にも非常階段のすぐ隣、つまり
マンションの角部屋だった
すぐに、柵状のドアにダイヤル錠を掛け直し
振り向くと、真っ暗で先の見えない廊下だった。
ぞくりとした寒気を感じる
深海のような底知れぬ闇の向こうから、
凄まじい勢いで
敵対者が襲ってくるイメージが沸いた。
そしてそれは妄想ではなく、もはや現実に
起こりうるのだ
タロは流れるような一呼吸の動作で、
マスターキーでミカの家の玄関を開けて中に入った
玄関のドアに背中から張り付くような姿勢で、
そのまま器用に、玄関のカギを掛ける
「他人の家の匂いだ...入居者に黙って
大家が家に入るなんて、大変な犯罪行為だぞ!
まあ、今日の昼前までミカがここに居たのだから、
さすがに誰も入ってきているはずはなかろう。
マジで落ち着くんだ俺!
それにしても、ただ、各階の非常階段の
ドアを施錠しただけで、大したことはやってない
はずなのに、こんなにも疲れるなんて」
独り言をブツブツ言って恐怖を紛らわせながら、
タロはリュックからLEDランタンを取り出した
当然ながら、間取りは熟知している
廊下を歩いて、リビングにたどり着く
「テーブルの上に、何本も水の入った
ペットボトルが並んでいる。
ふむふむ、新品のティッシュの山か...
公務員であるミカの両親も
買い占めしていたんだな」
やがて、念のためにいろんな部屋をチェックした後
ついに奥の部屋のドアの前にたどり着いた
「ミカの部屋...入るべきか否か?
いや、入ろう」
割と几帳面に整理された引き籠り部屋だった
ノートパソコンを
ゲーミングに使用していることへの
批判なぞ吹き飛ばすような、
タロの心をがっちりと捉えて離さないものが
そこにはあった
//// 壁に掛けられた真新しい中学校の制服 ////
タロの中にあった緊張感は一気に飛び去った
フェイスマスクを剥がし、
まるでゾンビのようにヨロヨロと
制服のほうへ向かう
敵対的で絶望的な外界において見出した
光り輝く宝石
冷たい心を温もりが包み込んでくるようだ
タロは絞り出すような声を出した
「怖かったよ...怖かったんだよミカたん...」
そして、顔を制服の胸に埋めて、一杯に
息を吸い込んだのだった