モチベーション
こうして、ロープウェイは完成した
ペントハウスの屋上に頑丈なポールが
建っていて、それはさらに何本もの支柱で
頑強に補強されている
ポールの上段に、主索と言って、レールの
役割を果たす金属製ワイヤーが張られている。
下段には、主索と左右で平行になるように
滑車が2台取り付けられており、
動索と言って、荷物を動かすための
ロープが張られている
動索は、2本のロープの両端を繋いで
輪っかにしたやつだ。
その輪っかが、マンションの屋上と
学園の屋上をエンドレスにグルグルと回るのだ
学園の屋上には、教師と生徒が造った
シーブと呼ばれる大きな回転する
車輪のようなものが据え付けられていて、
どうやら、警察の救助用車両に
据え付けられていたウィンチと
何らかの車輪を使って作ったらしい。
それと、テンションをかけるための
もう一つのシーブの2つの車輪が、
動索ロープをグルグルと、
マンションと学校との間を往復させている
つまり、タロの頭上には、1本の金属ワイヤーと
2本のロープが張られているように見える
そして、平行に走る2本のロープは、
常に、左右がそれぞれ
逆方向に動いていることになる
荷物を行き来させるとき、
主索の金属ワイヤーに
ジップラインで使うようなプーリーを
引っ掛けるのだが、
そのプーリーは、荷物を引っ掛けるフックと、
動索を掴むためのアームが溶接されて
突き出しており、アームの先っぽのクリップを
学校へ向かうほうの動索に付ける
逆に、学校のほうからは、
マンションに向かうほうの動索に
空のプーリーを掴ませておくと、
荷物を積んだプーリーと、空のプーリーが
行き違いに到着するというわけだ
マンションから学校に荷物が届くと同時に、
すぐに次の荷物を送れるというわけ
ちなみに、時間は1時間ほどかかる
1回で運べる荷物は250キロだから、
1トンを運ぶのに4時間かかるということだ
タロが居るマンションの屋上には
水素ガスの気球が滞空していた
そして、技術者ともう一人が
学校へ送る初荷物が到着する瞬間を
待ちわびていた
タロの目には、あまりにも細い
ワイヤーとロープが一旦、ぐわんと落ち込み、
やがてまっすぐに
1200メートル先の学校に伸びていっている
「このワイヤーって径が14ミリとかなんだろ、
ロープも16ミリだっけ?
こんなに細くて持つのかね、
それに結構、たるんでいないか?
まあ、強度的には大丈夫なのだろうが
凄い光景だな」
マッシュルーム眼鏡の技術者が言った
「たるみを持たせないとダメなんだ。
でも、1200メートルの長さに対して
たわみはわずかに30メートルほどだ、
計算上はちゃんと持つから安心してくれ」
屋上でクレーンを組み立てた後、
ミカの操縦するドローンを使って
道を挟んだ民家の屋根付近の電柱に
ロープを渡し、
それを伝ってケンイチは帰っていった
その後、ショッピングモールから
無人のラジコン運搬車によって、
材料が何往復も運ばれてきた
ミカがドローンを飛ばして、引っ張りロープを
数百メートル伸ばしたり、クレーンで何回も
材料を吊り上げたりして
タロとカナエもかなり働いた
ちなみに、運搬車からクレーンのフックに
無人でかけられるように、
荷物を包んだワイヤーモッコの上には、
丸いリングが直立するようにしてあった
クレーンで吊り上げた荷物は、そのまま
ジブを回転させて、主索に引っ掛けた
プーリーのフックに掛ける。
当然、クレーンの旋回範囲内を
主索が走っているし、
プーリーに荷物を引っ掛ける間は
ちゃんと、動索はストップさせる
....話は戻って
屋上に全ての材料を運んだ後でやってきたのは、
ラジコン運搬車によって
けん引された例の水素ガスの気球だった
その2人用座席には、マッシュルーム眼鏡の
技術者と、補充用水素ガスボンベと、
小柄で真っ金金の髪の若者が乗っていた
技術者は言った
「こういう仕事が出来る者で、体重が軽いのは
彼女しかいかなかったんでね。
僕と彼女の二人で、ロープウェイの設置を
するから、十文字さんと君たちは
休んでいてくれ」
そう、真っ金金の髪の若者は、女性だった
彼女は言った
「うっす、自分、内森玲奈といいます。
まだ二十歳ですけど、
ちゃんと仕事はしますんで
よろしく頼みます」
さすがにニッカポッカではなかったが、
作業ズボンと長袖シャツの細身のレイナは
テキパキと動いて
技術者の指示通りに仕事をこなしていった
結局タロは、技術者とレイナとカナエとミカを
屋上に残し、3階のスポーツジムの電源復旧に
取り掛かった
プールのろ過機を復活させて
カナエとミカと昼飯を食って
ショッピングモールやSS団とネットで
通信したりして
結局、ロープウェイが完成したのは
午後4時過ぎだった
こうして、ショッピングモールからの
最後の運搬の時に持ってきた1回分の荷物を、
このマンションから学校に向けて
渡しているわけだ
マンションの屋上には、タロとカナエとミカ、
そして技術者とレイナの5人が居て
全員が、はるか向こうの学校を見つめている
タロの目には、マンションよりかなり低い
民家の屋根を延々と超えて、
1本の金属ワイヤーと2本のロープが
まっすぐに伸びた先に、ポツンと
学園の校舎群が見えている
ふいに、カナエの持っている携帯電話から
ケンイチの歓喜の声が響いた
ロープウェイ作戦は成功したのだった
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歓喜に沸き立つ3人の女性たちを前に、
タロがつぶやいた
「今まで俺は、この見晴らしのいい屋上から
学校を真面目に観察したことはなかった。
直視するのが怖かったんだろうな、
気に掛けることを避けていたんだ
でも、これからは
この景色から目を反らす必要はなくなる」
タロの隣には、マッシュルーム眼鏡の
技術者が居た
技術者が言った
「宝堂さん、僕はあなたがいい人なのか
わるい人なのかわかりません。
でも、今だけは、僕はあなたを
いい友人だと思うことにします」
タロは言った
「あなたがそれでいいならば
そうしましょう。
それにしても、お二人とも
今日はご苦労様でしたね。
これほど一生懸命になれるなんて
なぜなんです?
これで、あなたたちは何を得られるんですか」
そう、タロの周囲には、ワイヤーとロープを
巻いていたいくつもの空ドラムや
ジャッキがあった
技術者とレイナは、数百メートル巻きの
ワイヤーを、スパイキを使って
ストランドを編み込んで繋げたりもしていた
人海戦術が使える学園と違って
マンションの屋上には数人しかおらず、
まさに獅子奮迅のごとく働いたのだった
技術者が言った
「僕と内森さんが得られるのは
喜びですよ、
そうじゃありませんか?
僕たちによって、学校の避難所は
救われるかもしれないんですよ、
これ以上の喜びはないと思いませんかね?」
2人の男の元に、レイナがやってきた
真っ金金の髪に作業着姿の彼女は、
タロに向かって一礼した
そして言った
「宝堂サンにお願いがあるっす。
自分、このマンションに残って
住み込みで、避難所の物資運搬に
携わろうと思ってます
この屋上を...
もしも構わないなら、ペントハウスを
使わせてもらいたいっす
自分用の食糧とポータブル発電機と
ペットボトルの水を
材料と一緒に持ってきたんで、
あまり迷惑はかけません。
だから、どうかお願いしやす!」
技術者は横目でタロを見ている
タロは狼狽していた
やっぱり肌身離さずに持っていた
ショルダーバッグに手を入れて、
マカロフを握って言った
「まあ、確かに1トンの荷物を運ぶだけでも
4時間はかかるからな...
誰かが専業で、物資運搬に携わるのは
いいことだが....
でも、一応は俺は、あんたたちのボスを
誘拐している立場なんだぜ?
今日は特例で一緒に仕事したけどさ、
そこんとこの状況を忘れてもらっては...」
しかし、レイナは言った
「もちろん、宝堂サンには得られるものが
あります!
というのも、今現在、
あなたの倒錯した性欲と屈折した支配欲が、
黒々とした暴威となって
私たちの大切なリーダーである十文字さんの
身に降りかかっています
自分はその状況にも
居ても立ってもいられないっす!
だから、自分を使ってもらっていいっす」
最初はタロはその意味が呑み込めなかった
しかし、ふいにレイナの覚悟を理解した
タロの瞳が大きく開いた
「あんたたちは、俺のことを
ノクターン主人公だとでも思っていたのか?」
しかし、改めて考えてみれば
無理もないことだった
チ〇チ〇を出したり
女性にビンタをぶちかましたり
カナエに銃を突き付けて誘拐したり
向こうからすればタロは
危険人物以外の何物でも無かった
こちらをまっすぐに見つめるレイナ
細身だがよく働く身体に、
学校の避難者とカナエのためになら
わが身の犠牲をも厭わないという
あっぱれな男気とも言える決意
真っ金金の髪に、人をねめつけるような
細い眉
タロが苦手とする、いわばヤンキー風だが
悪くはない
少し前かがみになって、ようやくタロは言った
「いいよ」




