現状把握
核シェルターの中は、一家族数人が
余裕で暮らせるほどの広さだった
間取りで言えば4LDKと言ったところか?
居間と風呂トイレ以外の部屋は4つあるが
その中の1つの部屋は相当広く、要するに倉庫だ。
大切な食糧と機械の予備部品、そして
エタノールが山ほど貯蔵されている
残り3つの部屋の1つは、もちろんタロの
寝室&パソ部屋だ。
更に1つは、古く小さな液晶モニターが並び
操作パネルがある制御室
まあ、それでもほとんど空き部屋のようなものだ
タロの部屋では、机に座るタロのすぐ後ろから、
ミカが肩越しに液晶画面をのぞき込んでいる
「ほら、未だにファイターファンタジーの
サーバーは健在だ
どうやら、東京の中心部は未だに
持ちこたえているらしい。
海外でも、いくつかの都市がまだ無事で、
そこにある企業サーバーはまだ生きている
それに、多くのIT企業が、ソフトウェアや
データベースをフリーで開放している。
企業がストップしてしまったら
ネット世界にとっての
頼みの綱は、俺のような引き籠り連中だ
ミカは、この核シェルターに驚いていたけど、
海外にはもっとすごい奴らがたくさんいるんだよ
特に、アメリカなんか、
こういうパンデミックに備えるのが
趣味の一大ジャンルにすらなっていてね
彼らは、自宅サーバーを立てて、
IT企業たちの遺産を受け継いで守る気でいる。
もちろん、俺もできるだけのことは
したいと思ってる」
すぐ背後の少女の気配に、タロは内心
ひどくドギマギしていた
良い匂いがする
多分、マンションの自分の家で、貯蔵していた水で
身体を丹念に洗ってきたのだろう。
このマンションは、オール電化なので、
電気がストップしてからは
お湯を沸かすことは出来なかったろう
季節は春先ながら、冷たい水で身体を洗うのは
きつかっただろう
いろいろと考え事をしてドギマギを消そうとする
タロ
しかし、ミカの澄んだ鐘のような声が
耳元で囁かれた
「あの、タロさん、ビーグルマップを
見れませんかね?
あのマップは常に新しい情報になってるから
この周りがどうなってるのか調べないと」
タロが言った
「ああ、ビーグルマップは衛星から定期的に
撮影された映像で常に更新されているからね。
後で、俺が君のためにもう一台、
パソを組んであげるよ。
でも、今は一緒に現状把握してみようか」
タロは自らを恥じた。
14歳の少女ですら、まずは身近の
現状把握をしようとしている
自分なんて、パンデミックが起こってから
2,3度ほどビーグルマップを覗いただけだ
どんどんマップを拡大していき、
ついに自分のマンションの
屋上のソーラパネルがくっきりと液晶画面に現れた
マップを移動すると、マンション周囲の道路に
数十人ほどの粒のような人型が見えた
ミカが息を飲んだのが感じられた
マップは移動していって、
マンションから数ブロック離れた
重機のレンタル会社を映した
「奴ら、重機を使って要塞を築いているな。
まあ、さらに向こうに
大型ショッピングセンターがあるから、
このマンションに目をつけることは
ないだろうけど目下の脅威は奴らだな」
やはり、レンタル会社の周囲の道路は、
人型で溢れている
「あの、タロさん...
あそこには、大勢の人たちが
立てこもっているのかも」
ミカは困惑したように言った
タロが彼らのことを”脅威”だと言った意味が
分からないのだろう
しかし、タロは答えることなく、さらに向こうの
大型ショッピングセンターにマップを移動させる
「思った通りだ、大勢がここに籠城している。
見てみなよ、車両を移動させて
バリケードを築いたりしている。
さらに、屋上にHELPの文字と来たもんだ、
米軍か自衛隊のヘリが助けに来てくれるとでも
思っているのかな?」
ショッピングセンターの周囲には、
おびただしい数の人型の群れ
いつか、重機レンタル会社と
ショッピングセンターとの間で戦争が起こるだろう
....お互いに潰しあってくれればよいが
そして、避難場所となっている学校にたどり着いた
「沢山の警察車両がバリケードを作っている、
ここもなんとか持ちこたえているみたいだ。
周囲を取り囲むゾンビの数からして
大勢の人間を抱えているのだろう。
もしもそうだとしたら、
大量の生活物資が必要となるだろう。
警察がいるってことは銃を持っているからな、
恐らくは、この周辺で一番、
組織的で強力な勢力だ。
ゾンビ集団に飲み込まれたり、内部崩壊でも
しない限り、
その内に、大規模な侵略を始めるだろう
さらに向こうの流通センターか、
さっきのショッピングセンターが
狙われるだろうね
まあ、奴らが勢力を拡大したとしても
このマンションに目をつけることは
ないだろうけど」
ミカがボソリとつぶやいた
「マンションの皆、無事かな?
もしかしたらショッピングセンター
に行ったのかも。
チホちゃんとリカちゃんは無事かな?」
二人の心配のポイントは
絶望的なまでにズレていた
ミカは、生存者たちの無事を心配している
タロは、生存者たちを脅威としてしか見ていない
(まあ、今のところそこまで心配していないが
もしも、このマンションに目を付けてみろ。
俺が何の準備もしていないと思ってるのか?
全員、ぶっ殺してやるぜ)
タロにとっては、それは
まったく自然に出た思考だった