二人の生活
地下2階の核シェルターに招かれたミカは
キョロキョロと辺りを見渡していた
「凄い、このマンションの地下にこんな
場所があったなんて」
忘れずに、制御室の操作盤で
屋上のペントハウスに続く非常階段の
シャッターを閉め直し、タロは居間に戻ってきた
改めて対面する二人
タロはボリボリと頭を掻きながら言った
「そうか、ミカは皆と一緒に
避難しなかったんだね。
あれは2日前だったっけ?
電気と水道が止まって2日間も君は一人で
家に籠っていたのか。
怖かったろうね、でももう大丈夫だよ」
リュックを背負ったまま、ミカは言った
「はい、タロさん...
どうしても私は勇気が出なくて。
タロさんにはいつも怒られてたけど
私は、引き籠りが辞められなくて...
ごめんなさい」
眼鏡越しの大きな目の中の黒い瞳を向けられ
タロは顔を背けてしまった
「ああ、俺みたいな真正の引き籠りから
説教されてうざかったろうね。
でも、もう君に説教したりはしないよ」
そう、偶然の成り行きでMika_1257がこのマンション
の住民だと分かってからしばらくは
Taro_1257は彼女に優しく振舞ってきた
RPGでともにパーティーを組んで狩りをしたり
FPSで戦ったりしてきた
しかし、常にネトゲにログインしているミカを
タロは放っておけなかった
だんだんと、引き籠りは良くないと説教するように
なってきて、ついにミカとタロは決別した
(ああ、俺は親から引き継いだ遺産で好きなだけ
引き籠れる。
でも、ミカは違う、両親は公務員でそれなりに
裕福だとしても、一生引き籠れるとは限らない)
実は冷たくした理由はそれだけではなかった
タロは、リアルで知り合うことになった人間と
深く関わることを、無意識的に避けていたのだ。
30歳の自分と、14歳のミカ
どう考えてもヤバいだろう
タロは言った
「とにかく、ここは安全だからミカは地上の騒ぎが
収まるまでここにいるんだ。
この核シェルターは本当に凄くてね、
水は地下から汲み上げて
貯水タンクで浄化している。
電気も屋上のソーラパネルで大体は賄える。
食料だって、ざっと数十年分はある。
ほとんどが缶詰だけど、カップラーメンとか
パウチ食品だってある。
何よりも、僕は最新のパソコンを何台も
無駄に持っているから
ネトゲもやりたい放題さ」
他に、マンションの2階に雑貨屋があって
3階にスポーツジムもある
タロの親父はもともとは核戦争に備えて、
このシェルターを作った。
冷戦が終わって核戦争の危機が遠くなると、
今度はゾンビパンデミックに備えるようになった
放射能と比べると、ゾンビなぞ
難易度が数段階も落ちる
とにかく、2重のシャッターで閉めておけば
マンションに侵入されることも、雑貨屋の商品を
盗まれることもない
アメリカ国防省のホームページの情報によると
ゾンビウイルスは、ゾンビ本体からしか
感染しないらしい。
人間の身体から離れてしまうと、
それらは死滅してしまうのだ。
つまり、放射能と違って
大気や水の汚染を心配することはないわけだ
「タロさん、私を助けてくれて
本当にありがとうございます」
こちらに向けて勢いよく上半身を下げるミカ
長い髪がふわりと舞って床に向けて垂れ下がる
(俺は散々迷ったあげく、
ミカに一通だけダイレクトメッセージを
送った。
もしも、どうしようもなくなったら
ペントハウスのチャイムを押せってね。
俺はミカからシャットアウトされていたと
思っていたが
ちゃんと読んでくれていたんだな)
ミカを見つめるタロ
タロは思い出したように、急いでキッチンに走ると、
食料と飲み物をもって戻ってきた
居間には、小さなちゃぶ台が一つと、座布団しか
なかった
座布団にチョコンと座って黙々と出された食べ物を
食べるミカ
しばらく無言だったが、ふいにミカの大きな目から
涙が零れ落ちていった。
眼鏡を外し、顔を俯かせ、肩を震わせる
タロは言った
「俺とミカのパーティー再結成だな!
今思えば、俺たちはぴったりと息も会ってたし
二人ともレベルの割には強かった」
タロの言葉にミカは頷いて見せた
消え入りそうな小さな声でミカは言った
「はい、またよろしくお願いします」
正直、ダイレクトメッセージを読んでくれるとも
思ってなかったし、マンションの住民集団と共に、
学校に避難してもう二度と会わないと
思っていた
しかし、これは現実だ
(ゾンビ映画の主人公たちは、大体が
他のメンバーの失態によって危機に陥る。
もしも主人公一人なら楽勝で生き残っていただろうと
何度思ったことか)
しかし、溜まっていた感情を一気に吐き出して
目の前で泣いている少女を前に、
タロの中には後悔の念なぞひとかけらもなかった