すき焼き
無線式カメラは、ACアダプターを仲介して
家庭用電源の100Vの交流を、
低電圧の直流に変換していた
動画を参考に、乾電池を直列で繋ぐための
ボックスと電流を一定値に安定させる為のCRTと
数本の電線を用意する
ちなみに、核シェルターの倉庫には、
機械や電気部品を修理したり作成したりする
材料も工具もすべて揃っていた
居間のちゃぶ台の前に座って黙々と作業をする
タロと、キッチンで黙々と調理するミカ
お互いに悪いところはあった
タロは盗撮した
ミカはノックもせずにプライベート空間に
侵入した
ついにミカが口を開いた
「あの、タロさん、味付けは濃いめがいいですか、
それとも薄めが好みですか?」
タロは答えた
「ミカガスキナホウデヨイ」
再び気まずい沈黙が居間を支配する
タロは、乾電池ボックスをビニールで包んで
防水加工を行い、無線カメラと一緒に
汎用取付金具でドローンに取り付けた
「ワレナガラ、ヨクデキテイルデハナイカ」
ドローンの長方形の胴体の腹の部分に、
背中合わせに並んだ無線カメラ
カメラは、パソコンのコントロールパネルで
向きを180度近く遠隔操作できる優れものだ。
つまり、背中合わせに並んだカメラは
ほとんど死角はなかった
「ソレニシテモ、ナントヨイニオイナノダ」
キッチンから漂ってくる甘い香り
匂いに釣られてキッチンのほうを向くと、
お馴染みの薄水色のアニメキャラプリント入りの
ビッグTシャツにエプロンを締めた
ミカの後ろ姿
タロは、ちゃぶ台の上を片付け始めた
ミカが大きな鍋を持ってきた
ちゃぶ台の上に置かれたそれを、感動した目で
見つめるタロ
「スゴイ、ホンモノノ、リョウリダ...
ダレカノテガタンネンニクワエラレタ
ホンカクテキナリョウリハ、オレヲ
カンドウサセル」
飲み物を取って戻ってきたミカは、
ようやくエプロンを脱いで
タロの真向かいに腰かけた
「あの、ロボットみたいな無感情な声で
独り言をつぶやくのはキモイですよ。
とりあえず、ネットで調べて
頑張って作りました、
どうぞ召し上がってください。
生卵もありますから、お好みでどうぞ」
豆腐に白菜にシラタキに糸コンニャク
そして、白い脂の筋が入った牛肉
2人は手を合わせると、
一斉にそれぞれの取り皿にすき焼きを入れた
...タロの目には涙が浮かんでいた
もう数年間、引き籠りを続けているが、
食事に関してはこだわってこなかった
カップ麺と栄養ドリンクを箱買いし、大量に
備蓄し、昼夜を問わずネトゲに没頭した
2階の雑貨屋で買うか、通販で購入し、
同じ2階のエントランスにある管理室に
届けてもらう
核シェルターからマンションへの出入りは、
PS内の梯子を登って地下1階の
駐車場に出て、何食わぬ顔で
エレベーターに乗った
たまにマンションの住民と鉢合わせする他は、
誰とも接することなく、まるで
亡霊のような生活をしていた
(亡霊であるのは今も変わらないか)
しかし、亡霊にこのすき焼きの旨さを
体験することができるだろうか?
ふいにミカがタロに頭を下げた
「タロさん、本当にすいませんでした!
プライベート空間を尊重するっていう
引き籠りの鉄則を、私は破ってしまいました!
あの時、ちゃんとノックすれば
よかったんです」
タロの中に、寛大なる許しの精神が生まれていた
「すべての罪は、このすき焼きの旨さによって
許されるのだ。
ミカよ、頭を上げなさい、
私は君を許そう。
今夜だけは、2人の罪が許される特別な夜だ」
頭を上げたミカの顔は、痛いばかりに
輝いていた
そして、タロはミカの代わりに
自分自身を許したのだった
やがて、眼鏡が曇ってしまったミカを
タロが指さして笑ったり、
開き直ったタロが、アナルの素晴らしさは
男女を問わない平等さがあると
力説したりして、
幸せな夜が過ぎていったのだった




