帰還
肌寒かったのと、臭気に耐えきれなくて
タロは目が覚めた。
まるで、断絶していたものが
再び合わさったかのように、前後の思考が
繋がる
「大丈夫だ、俺は感染していない、こうして
知性を保っている」
気絶したように寝込んだが、
多分長くても30分ほどだろう。
しかし、身体に異常は感じない
若い者ほどゾンビ化するのが速いらしい、
自分の年代だと、感染していたとしたら
とっくに症状が発現していただろう
タロは、ハンドルをグルグルとまわし
目の前の金庫の扉のような
核シェルターのドアを開けた
無機質なLEDの天井照明に照らされた
見慣れた室内が、今や極楽浄土に思える
「ほら、天使のお出迎えだ」
不気味に頭をもたげていた古い自分が
引っ込んでいく。
こちらを心配そうに見つめて棒立ちしている
ミカの姿に、新しい自分が戻ってきた
薄水色のアニメキャラのプリント入りの
ビッグTシャツだけを羽織っている。
長い黒髪に、眼鏡を掛けた大きな目、
その中の黒い瞳はみずみずしく光を反射して、
心配そうに眉をハの字型にしていた
「ミカ、俺にあまり近寄らないほうがいい、
まずはシャワーを浴びるから
話はその後だ」
しかし、そう言った後、タロはガクガクと震え
膝をついてしまった。
目の前にあるのは、細く白い二本の素足、
そして、だんだんとそれがぼやけてきた
急いで駆け寄ってくるミカを片手で制して、
タロは泣き崩れた
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シャワーを丹念に浴びてから、
ちゃぶ台を挟んでタロが言った
「大の男が、中学生の前で号泣して
すまなかったね。
でも、俺は今日、調子に乗りすぎて
もう少しで帰ってこなくなる
ところだったんだ。
その原因は、ついに周囲の状況が
動き始めたのと、
俺の心に刻まれた開かれた肛門の...」
ミカは、不安げに言った
「校門?学校の校門が開かれた...」
タロはブンブンと頭を振った。
あの画像は、自分とちんかわむけぞうとの
男同士の熱い秘密なのだ
「いや、今のは忘れてくれ、とにかく
俺は、今日、初めてあの人型と直接
対峙した。
ミカも最後のほうは、柵に体当たりしてくる
奴らに慣れ切ってしまっていただろ?
でも、それは大変な間違いだ!
アレは本当に恐ろしく強い、生身の人間には
立ち向かうことは難しい」
タロは正直に、今日の出来事を話した
瞬く間に世界中に広がり、あっという間に
人間社会を崩壊させたゾンビパンデミック。
それがいかなるものかを身をもって
初めて理解したのだ
ミカを怖がらせてしまったか?
しかし、視線をあげたタロが見たのは、
眉を吊り上げた怒りの表情のミカだった
「タロさん、一人で行動することに
危機感はなかったのですか?
目が覚めて、居間の電気が付けっぱなしに
なってて、タロさんが居なくて、
私はどんなに心配したかわかります?
タロさんが帰ってくるまで、
私は玄関の前でずっと立って
待ってたんですよ!」
タロは、ハッと頭を上げた
母親は自分を捨てて他の金持ちのところに
行った。
親父は、自分を道具としてしか見てなかった。
その協力者たちも、自分を利用しようとしか
しなかった
ミカは、タロの目の前で
スクっと立ち上がった
「だから、タロさん、一人で危険なことは
しないでください!
今後は、何か行動するときは
私も一緒にやります、
私は、まだ中学生で、引き籠りで、
本当にどうしようもないけど、
何か出来ることがあったら
全力でやりますので!
タロさんが言ってくれたじゃないですか、
私たちはパーティーの仲間だって」
ミカは片腕を突き出すと、小さな握り拳を
作った
タロは立ち上がった
少し上向きに修正された小さな拳に
自分の拳を突き合わせる
「分かった、これからの計画を話そう」
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翌日の朝、タロとミカは、ビーグルマップで
周囲を確認していた
数ブロック先の重機レンタル会社はこの
二日間、夜を徹して何かを作っていた。
しかし、タロは舌打ちした
「見ろよ、奴らもビーグルマップの存在を意識
しているらしい、
上空から見えないように
足場を組んでシートで屋根を作ってるっぽい。
要するに、生存者たちにも自分たちの計画を
知られたくないってことさ。
まあ、有り余る重機を活用するのは
目に見えているがな」
大型ショッピングセンターは
不気味に静まり返っている
定期的に最新の情報に更新されるとはいえ、
衛星から撮った上空映像だと細かい部分は
見えない
「周囲に群がる人型どもの侵入を許してない
ところから判断するに、
周囲の防壁も強化しているのは
間違いないだろう。
どの道、早く無人偵察機を作成しないとな」
中学校のジャージに着替えて準備万端のミカが
後ろでソワソワしている
タロはミカのほうを向いて言った
「マンションには、各階を一直線に貫く
パイプシャフト(PS)ってのがあってね、
給排水管や、ガス管を通すための部屋だ
それぞれの家の玄関と玄関の間に、
金属製の扉があるだろ、
そこを開けてみたことはあるかね?
んで、この地下2階の核シェルターから、
地上3階までのPSはちょっと特別で、
謎の梯子とハッチがあるんだ
ハッチは敷物で隠されているし、PSは
鍵がかけられてて、それは内側から開く
ことができるんだ」
そして続けて言った
「ミカ、絶対に地下1階と地上1階の駐車場の
PSの鍵は開けたらダメだぞ、
絶対にだ」