再び外界へ
昨夜はあまり寝られなかったうえに
早起きしたので、もう眠い。
何よりも地下2階と7階を荷物を抱えて
数往復した後、ミカの部屋を改装したのだ
しかし、真夜中になって、
タロはもう一仕事するべく
マンションの4階にいた
ミカと過ごした1日と、ちんかわむけぞうから
貰った肛門画像、
そして何よりも自衛隊の強権発動が、
タロを行動に駆り立てていた
1階で、金属製の柵に体当たりしてきた
馴染みの人型に、中指を立て、
昨夜よりは怖がることなく
真っ暗な廊下を歩いていた
「相変わらず重機レンタル会社の連中、
発電機を回して何かを作っている、
夕方にビーグルマップで見たところ、
大型ショッピングセンターの屋上から
HELPの文字が消えていた
皆、感づいている...
もう、誰も助けてくれないってことを
俺も、のうのうとしていられないのさ」
自分に言い聞かせるようにぶつぶつと
独り言をつぶやく
ヘルメットを被り、特殊部隊のスーツを着て、
背中にバールのようなものと
リュックを背負っている
「闇を恐れるな、闇と同化するんだ」
4階の廊下は、地上に近いこともあって、
常にかすかな腐敗臭が漂っている。
...決して慣れることのできない匂い
タロは、目指す玄関の前に来た
「402号室の田中さん、
小さな兄弟の息子さんがいて
ドローンのラジコンをプレゼントしてた。
監視カメラに、ドローンを持って親子で
外に出る姿がよく映ってたな」
大家が勝手に居住者不在の家に入って盗みを働く
それは決してあってはならないことだ。
しかし、自衛隊が弱者の救出を拒否したあの
瞬間から、日本は変わってしまったのだ
タロは、マスターキーで玄関を開けると、
真っ暗な家の中に入った
落ち着いて、玄関の鍵を掛け直し、
ズンズンと部屋の中に侵入する
「俺は大家として、彼ら一家に、
幸せと笑いに満ちた
空間を提供できたかな?」
LEDランタンで周囲を照らすと、その痕跡が
残されていた
カラフルな色彩のプラスチック製のおもちゃ、
大きな文字の絵本、ゴムのボール
すぐに目当てのものを見つけた
大切に箱に入れられている一機のドローン、
かなり本格的で高価なものだ
「兄弟で共有だったのだろうな、
子供たちよりも
田中さんのほうが楽しんでいたりして」
自然と笑みがこぼれてくる
「2階の雑貨屋に店主が設置した防犯カメラ、
俺は見逃さなかったぞ!
あれは、新しい無線式のタイプだ。
USBで、ハブとパソを接続することで
複数のカメラを操作できる」
タロは、このドローンと無線カメラを使って、
無人偵察機を制作するつもりだった
ドローンの箱をなんとかリュックに
押し込んで、タロは言った
「田中さん、本当に申し訳ない!
もしも、世界が元通りになって
再会できたら、絶対に新しいのを
買って返すよ。
それも二人ぶんね」
果たせる可能性はほとんどない約束だった
402号室から出たタロは、
どこかウキウキとした気分だった
しかし、真っ暗な廊下には、
容赦のない腐敗臭が漂っている
タロは、フェイスマスクをしていなかった
どこか、気が緩んでいたのだろう、
あまりにも辛くて鼻をつまんだ
「せっかくここまで来たのだから、
401号室の佐藤さんのお宅にも
お邪魔しちゃおう♪」
鼻をつまんだまま、
片手にLEDランタンと一緒に持った
マスターキーを、
401号室の玄関の鍵穴に差し込んだ
すぐ隣には、闇から闇へと続く広い階段
やはりゾクゾクする恐怖を感じる
急いで鍵を開けると、401号室に侵入した
そのまま、廊下を走り、
居間にたどり着いたタロは
鼻をつまむのを辞めて、大きく息を吸った。
このマンションは、
造りはしっかりとしているので、
外の臭気が入ってくることはないはずだ
例え、閉め切ってどんよりとした淀んだ
空気であろうと、腐敗臭よりはマシなはず。
しかし、タロの鼻孔は
焼けそうな刺激を察知した
.....強烈な腐敗臭....
.....本能を直接刺激する危険信号
まるで、冷水をぶっかけられたかのように
全身に震えが走った
" しまった、迂闊だった "
今まで、それは、安全な核シェルターの
あまりにも分厚い
コンクリート越しの世界だった
もっとも危険な場合であっても、
頑丈な金属製の柵がタロを守っていた
世界にゾンビパンデミックが起こって、初めて
剥き出しの身に襲い掛かる危機
タロは今、全身を隙間なく覆って
中にセラミックプレートを装着した
特殊部隊のスーツを着ている。
頭はヘルメットで防護し、
手には強化プラスチック装甲付きの
手袋をはめて、背中にバールのようなものと
リュックを背負っている
片手に持ったLEDランタンが
周囲をほのかに照らす
居間の隣の部屋は、和室だった。
ふすまが開いていて、
巨大な男がまるで揺らめくように
タロを見下ろしていた
タロの視界はグラグラと揺れていた
手に持ったランタンをめちゃくちゃに振り回す。
しかし、彼の生存本能は、
男の姿をしっかりと捉えた
男は首にロープをかけ、
わずかに宙に浮いていた
「佐藤さんか?
なんてことだ、自殺か、自殺なのか?
ゾンビではないんだな!」
この状況で、奇妙な安堵を覚える
「ゾンビは、ウイルスによって感染する、
それは、噛みつかれたり
引っかかれたりすることで
体内にウイルスが侵入する。
それ以外の要因で死亡した場合、
死者はゾンビにはならない」
タロは早口でがなり立て、自分に言い聞かせた
強烈な匂いに、何かがこみ上げ、
口の中に焼けそうな酸味を覚える
「鼻をつまんでなかったら、
すぐに異常に気がついた!
何を調子に乗ってたんだ俺は!
すぐに行動を起こす気になって
いい気になっていたが、このザマだ!
自殺死体じゃなければ俺はどうなっていた?」
こうやって、がなり立てるのも、安堵からだろう
しかし、何かが頭の中に引っかかる
.....確か、佐藤さんは
年老いた母親と同居していたはず.....
引き籠りで、管理業務を他業者に委託して
丸投げしていたとは言え、
さすがにマンションの住民のことは把握している
そして、板を釘で打ち付けていた
洗面所の木製のドアがついに崩壊した
恐るべき力で、打ち付けていた釘が浮き上がり
板が吹っ飛んだのだった




