救出作戦
タロは、特殊部隊のようなスーツを着込み、
ゴーグルを装着したヘルメットを被っている。
装甲付きの手袋をはめて、さらに
分厚いフェイスマスクをつけて
背中にバールのようなものとリュックを
背負っている
その後ろのミカは、長い黒髪を下ろし、
中学校のジャージに着替えていた
ミカにとってそれは、悪夢の地上に
戻るということだ、
様々な記憶がよみがえってくる
それはまるで、世界各地で
同時に起きたように見えた
~長い潜伏期間を経て、世界中に
ウイルス保有者が拡散した後に、
一斉に症状が発現したのだろう~
ニュースはそう告げていた
仕事熱心だった両親は、家に自分を置いて
役所から帰ってこなくなった
キュルキュルと金属音が鳴り響いた
タロが、核シェルターの金庫のような
玄関を開けたのだ
外は薄暗く、早速漂ってきた腐敗臭に
ミカは口元を抑えた
ハンドルをグルグルと回して玄関を閉め、
さらに鍵で施錠した後、
フェイスマスク越しのくぐもった声で
タロが言った
「地上に出たら、2階まで一斉に走るんだ。
動物園の猛獣の檻みたいなもんだ
奴らが襲ってきても問題ないが
不快な思いをしたくないだろ?」
ミカは頷いた
タロの合図で、2人は一斉に
非常階段を駆け上った
どんどん周囲が明るくなっていく
頑丈な金属製の柵が周囲を守っている1階に着く
ちらりと横を見たミカは、
柵の隙間から、こちらに向かってくる
人型を見た。
ボロボロの衣服は、茶色いシミに覆われている。
灰色と緑が混じったようなおぞましい肌の色、
まるで顔に直接貼り付けたような渇いた目と
眼鏡をかけた澄んだ目が合う
柵に何体もの人型が体当たりしてくるが、2人は
すでに上階に登っていた
「柵の隙間は狭いが、万が一、
奴らの腕が入ったとしても
俺たちまで届かないだろう。
7階から地下2階まで
何往復かしないといけないから、
俺たちもさっきのに慣れる必要があるな。
それにしても、太陽の光だ
本当に久しぶりだぜ」
言いながら、タロは柵越しに地上を見下ろした
道路を挟んだ空き地に、
ベンツのRV車が止めてあり、
それは泡消火剤を被っている
白い泡は、かすかに
このマンションの非常階段まで繋がっていた
昨夜、念のために、柵の隙間から
射出距離の長い泡消火器を噴出させたのだ
(周囲の建物を巻き込んで火災が起きたら
厄介だからな。
それにしても、さすがベンツ、炎に晒されても
爆発炎上しなかったな。
選んだ車は間違いではなかったわけだ)
「ベンツ、イズ、ナンバーワン!」
東南アジアなまりの英語でつぶやいたタロを
ミカは訝し気に見ていた
上階に昇るにつれ、腐敗臭は薄くなっていった。
シャッターを開けた、各階の非常階段への
入り口のドアはダイヤル錠で
施錠されている
7階の廊下に置かれた空瓶もそのままだった
「まずは俺が先に出て、君の家の前で
警戒するから、
その間に家の玄関を開けてくれ。
その前に、ダイヤル錠を閉め直すのを
忘れちゃだめだぞ」
////////////////////////////////////////////////
ミカの家に入り、玄関に鍵を掛けて二人は
ハアハアと荒い息をついていた
早速、奥のミカの部屋に行く
壁に掛けられている中学校の制服を無視して
タロは言った
「へえ、いい部屋じゃないか、
引き籠りにしては整然としてるし。
ほう、なんとノートパソコンで
ゲームしてたのか!
カクカクしなかったかね?」
眼鏡を掛け直すような動作をしながら、
ミカは言った
「オプションで、GPU付きにしましたし、
メモリも最大に積んでるから大丈夫でしたよ。
ファイターファンタジーのスコアも
”とても快適””でした
それにしても、さっきから、
まるで初めてマンションの室内に
入ったかのようなリアクションしてますけど、
大家さんなら結構、家の中に入ることが
あるんじゃないですか?」
威風堂々とタロは答えた
「ああ、大家とは言っても俺は
マンションの管理を業者に
丸投げしてたからね。
彼らに払う委託料を差し引いても、
ここを維持してさらに
生活するだけの金は入った。
もちろん、ミカの家に入るのは初めてだ、
本当に、新鮮な感じだ」
ミカは、衣装タンスを開けた
タロは渋い表情でそれを見守っていたが、
次々と無造作に中の衣服を大きなビニール袋に
入れていく風景を見て、安堵したのだった
最後に、ミカは壁に掛けられた制服を眺め
それもビニール袋に入れた
(君は俺の心が読めるというのか?)
タロは密かにガッツポーズをしたのだった
やがて、椅子を背負ったタロと、
大きなビニール袋を背負ったミカは、
無事に地下2階の核シェルターの中に
たどり着いた
しばし、お互いを見つめあい、
2人は勢いよくハイタッチした
タロが興奮気味に叫んだ
「やったぞ、俺たちはやり遂げた!
かつて、人類が遭遇したことのない
未曽有の危機の真っただ中、俺たちは
それをあざ笑うかのごとく
偉業を成し遂げんだ」
ミカもはしゃいでいた
「はい、タロさん、本当に
ありがとうございます!まだまだ、
分解した机とかを運ばないといけないけど、
私たちはやり遂げたんです!」
こうして、異常事態は何も起こらず、
最後に二人がそれぞれ
分解した机を運んで非常階段を降りていた時、
ふいにヘリのローター音が聞こえてきたのだった
ミカとタロは、同時にピタリと動きを止めた。
複数のローター音が重なってゴーゴーと
凄まじい轟音になっている
タロが言った
「自衛隊のヘリか、約束通り、指定避難所に
物資を配達しているらしい。
まあ、このマンションの屋上の
ソーラーパネルを見ても、
それは彼らにとって
回収する労力に見合うだけの
価値はないだろう、心配することはない。
彼らが、人の所有物を勝手に回収する権限が
与えられていたとしても、
もっと実のりあるものを狙うだろうしな。
例えば、工場や倉庫など」
ミカとタロは空を見上げた
金属製の柵越しに、上空に暗緑色の
ヒューイとチヌークの編隊が見えた
それは、生存者にとってはまさに希望、
人類にまだ可能性が残されていることを示す
文明の証
耳障りな轟音を鳴り響かせて、ヘリの群れは
上空を通り過ぎて行った
ようやく、机を運び終え、
核シェルターに戻ったタロは、
ヘルメットと手袋をかなぐり捨てた
息を整え終わったタロを待ち受けていたのは
勢いよくこちらに飛びついてきた
ミカの抱擁だった
「大好きです、タロさん!」