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チョコレートボックス

作者: 橘 六六六



 冬の寒さや色の無さに解放されて春となった。春は私の家の軒先に薔薇の花を開かせたり、プランターにはチューリップが色合いを重ねたり、蜜を求める蜂や蝶が賑わいを見せたりと庭はチョコレートボックスの様になる。


 チョコレートボックスと言えば、私の妻はいつも決まって机の一番下の引き出しにチョコレートボックスを入れていた。


 デスクワークの多い彼女は時折その箱を取り出して少し蓋をずらしては、秘密の隠れ家でも覗くように見ている。晴れている日には嬉しそうに、雨の日には悲しそうに。


 妻はそのチョコレートボックスを決して私に触れさせてはくれなかった。


 気になった私は、ある日妻に尋ねた。妻が言うにはそのチョコレートボックスは妻が子供の頃に祖母から貰った物で、中のチョコレートはとっくに食べてしまったが箱が可愛いからと取っておいて、その中に大切な物を入れているとの事であった。


 妻は私と喧嘩した時や、仕事で嫌な事が有った時にそのチョコレートボックスを覗いては溜め息を吐いていた。そして私には決して触れさせない事から、私に見られたく無いものが入っている事が伺えた。私はチョコレートボックスの事を考えるが、私に見せられない彼女の秘密を私が見た所で、それは私にとっては良くないものであろうと忘れる事にした。



 春が来れば花が咲き、花が散れば葉が繁り、梅雨の雨が滴り落ちれば夏が来て、葉が落ちる頃には秋が来る。


 私と妻はそれを繰り返していつの間にか白髪の似合う老夫婦へと変わっていた。変わらないのは、あのチョコレートボックスとそれを時折、妻が覗く事だった。


 二人で買い物に出掛けるのにも妻は杖が必要になり、そのうち出掛ける事も少なくなった。その代わりに妻がチョコレートボックスを覗く回数は増えていく。


 いつしか妻は身体を壊して入院し、チョコレートボックスを手離さなくなっていた。そんな彼女の傍に私はなるべく寄り添う様にした。しかしその甲斐も虚しく二度と彼女は戻る事は無かった。


 そして月日は流れ、私の庭は花々彩り、蝶や蜂が飛び回り綺羅びやかになった。私は妻の遺品をまとめる手を止めて見入っていると、懐かしいメロディが流れ出した。彼女がよく弾いていたピアノのメロディ。


 私は音の鳴る方を探した。もう居ない彼女の欠片を探す様に。



 音が鳴っているのは彼女のチョコレートボックスだった。彼女が居なくなるまで、結局開ける事の無かったチョコレートボックス。


 それを開けなかった理由は幾つか有った。恐かった。私と喧嘩をした時も覗いていた彼女のチョコレートボックスには、彼女にとって私よりも大切な物が入っている事が。


 しかしその彼女のメロディは私にチョコレートボックスを開ける様に指示を出した。



 少し硬くなった蓋をペコンと外すと、その中でオルゴールの箱が開いて音が漏れていた。それは私が彼女にプレゼントした彼女の好きなメロディのオルゴール。チョコレートボックスの中はそれだけでは無かった。


 私と妻が二人で写った写真、初めてプレゼントしたブローチ、プロポーズの薔薇のドライフラワー、初めて渡した手紙、初めて旅行に行った時のキーホルダー、etc.


 そして彼女からの手紙


『貴方がこれを見ているのなら、私はきっともう貴方の傍には居ないでしょうね。でも悲しまないでくださいね。私はこの人生を貴方にたくさんの気持ちで満たしてもらいました。たくさん。たくさん。このチョコレートボックスの様に。だから私は凄く人生を満足できたの。ありがとう。』


 私は彼女からの手紙を机に置くと、チョコレートボックスの様に輝く庭を眺めながら


「私のこのチョコレートボックスは空っぽになったけどね。」


そう呟いてチョコレートボックスの蓋をそっと閉じた。



 

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