82・俺たちは様子を見る
俺は領主館を出て、わざと新地区の教会前を通った。
外観はすっかりきれいになって、裏に回るとヤギもどきたちもすっかり太っていた。
サイモンはあまり良い思い出がないので近寄りたくなさそうだ。
「こんにちは」
裏口にいたメイド服のお婆さんが振り向いた。
「まあまあ、ネスさん、サイモン。 お久しぶりね」
ホントに久しぶりだけど、お婆さんが元気そうで良かった。
「あのね、新しい神官さんがいらしてね。 とってもいい男なのよお」
うれしそうに頬を染めて話してくれた。
あはは、それでお元気になられたんですか、良かったですね。
「そんなとこにおられずに入られたらいかがですか」
奥から眼鏡の神官さんが出て来た。
「いえ、通りかかっただけですので」
俺はサイモンとアラシに先に行けと目配せする。
そして「失礼します」と言って、その場を離れようとした。
「ご領主様!」
その時、俺の前にあのドワーフの血を継いだ少年が飛び出して来た。
「すみませんでした!」
地面に這いつくばるように手を着いて謝罪する。
「止めなさい。 人目があります」
そう言って立たせ、建物の中へ入れる。
お婆さんは目を丸くして驚いていた。
俺は大きくため息を吐く。
どうするの、これ。
「書き取りをずっとやらせていたんですがね」
どうやら部屋の中で「ごめんなさい」を百回書くというやつをやっていたらしい。
俺はそのまま教会の中の応接用の部屋へ通されて座る。
「うっ、うっ。 俺、こんなことになるなんて思わなくて」
そうだろうねえ。
王都じゃドワーフなんて見かけないし、この少年は仲間を見つけたと思って、うれしかっただけだ。
「それでも、君のやったことは女性に対する侮辱に加え、営業妨害。 立派な罪だ」
特に女性に対しての罪は重かったはず。
「本当にごめんなさい」
お婆さんがお茶を出してくれた。
少年に同情の視線を向けている。
俺は、彼には落ち着くように言って、パルシーさんの顔を見る。
「教会の件は何とかなりそうですか?」
昨日の夜の話なので、まだ結論は出ていないだろうが。
「こちらの要望は必ず通しますよ」
パルシーさんの口調は強い。
「ではこちらから罰の要請をさせてください」
彼はまだ罪人として領主などに訴えられたワケではないので、ここで処理してしまおう。
「いいですよ、何でも言うことを聞かせます」
パルシーさんが少年の代わりに返事をする。
「では、彼には流刑としてノースターの砦の兵舎へ行ってもらいたいですね」
少年が、ガバッと顔を上げる。
「ノ、ノースター。 いいんですか?」
「あそこは毎年、獣の被害の出る地域です。 彼の『獣の祝福』がきっと役に立つでしょう」
教会とのつながりを切った後になるが、彼にはノースターへ赴任してもらう。
砦の隣には今でもあの温泉宿があり、同じドワーフの血を継いだ少年がいる。
ああ、彼もまだ成人前かな。
「罪人としてではなく、あくまでも私からの派遣になります」
給料も俺から出ることになる。
「管理はパルシーさんにお任せしますので」
では、と立ち上がると、少年は低く礼を取る。
「たくさん勉強して、身体だけじゃなくて心も、もっと強くなってくださいね」
俺は彼の頭を撫でた。
ごわっとした髪が、ノースターの砦の少年との日々を思い出させた。
旧地区に戻るために坂道を下る。
港を見下ろすと、以前と比べると船の数が増えているのが分かる。
「この町に来て、もうすぐ三年か」
『早かったな。 色々あった。 そして、敵が来るのも早い』
自嘲気味に王子が笑う。
噴水広場に戻って来ると、キーンさんが子供たちに剣術を教えていた。
木剣のぶつかる音がする。
クロが俺を見つけて駆けて来るのが見えたので、俺は鞄から皮ボールを出す。
【おおお、玉だああ】
うれしそうにじゃれつこうとするのを、俺は足ですっと避ける。
ガウガウとクロが吠え、子供たちが気づく。
「あー、俺もやるうう」
剣術の訓練ではなく、見学をしていた小さな子供たちが駆けて来る。
俺がポンッポンッと肩や腰にボールを移動していると、クロに飛びつかれた。
こらっ、反則だぞ。
「あははは、気を付けて遊べよ」
「はあい」
今度は子供たちとクロで、ボールの取り合いが始まった。
サイモンとアラシもそれに混ざっている。
キーンさんが俺の側にやって来た。
「何ですか?、あれは」
「この町で流行っている皮球遊びというものですよ」
流行らせたのは俺だけど。
器用に子供たちが手を使わずに皮のボールを蹴っている。
「面白そうですね」
俺たちは微笑んで子供たちを見る。
「飽きたら返してくれればいいですよ。 では」
そう言って、俺は家に戻った。
リーアのいない家は何となく物足りなく感じる。
彼女の笑顔が見たくなった。
「あと二日、我慢だ」
今はやれるだけの事をやる。 そう決めたから。
王子は広い机の上に魔法紙を拡げた。
『ケンジが言ってた複合の花火を考えてた』
ああ、俺は王子にナイアガラだっけ、滝みたいな花火や、たくさん連続で上がるのはスターマインなんかのイメージを伝えてみたんだっけ。
それを王子が再現しようとしてくれてる。
俺は王子の邪魔しないように、昼寝でもするかな。
『構わないよ。 何かあれば起こす』
うん、ありがとう。
誰かの声がする。
【ねすー】
「ああ、おはよ」
【まだ暗いの。 朝じゃないの】
うん?、王子も寝ちゃったのか。
どうやらサイモンはユキがベッドに連れて行って寝かせてくれようだ。
王子は花火の魔法陣を描きながら寝落ちしたらしい。
手元に広げられた大きな紙には、あの砂族の遺跡の魔法陣のような、重なり合う魔法陣がある。
「すごいな、これ。 やっぱ王子は天才だ」
感心して眺めていると、風が動く気配がした。
俺はとっさに念話鳥を出す。
「こんばんは」
「ラトキッドさんか」
「キッドでいいっすよ」
チャラ男はむず痒そうに頬を掻く。
外は真っ暗で、俺は夕飯を食べ損なってお腹が空いた。
「飯、食べますか?」
「いいんすか?」
キッドはうれしそうに微笑んだ。 こいつは本当に食べることが好きだな。
こんな時間にアレだけど、昼間、領主館で作った揚げ物の残りを揚げてしまう。
ついでに作ってみたかったジャガイモもどきを薄切りにして、見様見真似でポテトチップスも作った。
軽く塩を振って出す。
「うは、うまいっす」
揚げた鶏肉と野菜を薄めのパンに挟んで出してやった。
「この油の具合がなんともー」
チャラ男は考えながら噛みしめている。
根っからの料理人だから、もう違うメニューを考えているんだろうな。
キッドは食べている間はあまりしゃべらない。
食後のお茶になって、やっと俺の顔を見た。
「ガストスさんの話は聞かれたっすか?」
「ああ」
俺はキッドが何を考えてるのかを窺う。
「あと三日っすか。 ネス様は、どうするんすか」
「どうもしない」
ガストスさんもただでは来ないと思うんだよな。
現役を引退したとはいえ、爺さんは非常に兵士たちに人気があった。
「もし傭兵の中に爺さんがいたとしたら、たぶんこちらとは敵対はしないと思う」
「様子見ってことっすか」
それしかないだろう。
「たとえ、軍用船がウザスに来たとしても、しばらくはあっちも様子見だろ?」
調査という名目なのだから、調査するんだろう。
こっちはその間にやることをやるんだよ。