81・俺たちは新商品を考える
昼食を用意していると、リタリが入って来た。
「ネスさん、昨日の件だけど」
「まあ、座れよ。 凸凹コンビはどうした?」
「皆、呼んできていい?」
俺は笑って頷く。
リタリが外へ呼びに行ってる間に、サイモンが手伝ってくれて用意を終わらせた。
「ネスさんだー」
わーっと子供たちがなだれ込んで来た。
「お邪魔しますー」
王都の少女も一緒だった。
少年のほうはまだ謹慎中らしい。
俺の家は元は兵士の休憩所なので、十人程度は入れる。
「ほら、ちゃんと座れ」
こんなに大勢の子供たちと食事をするのも久しぶりだ。
「いただきまーす」
大声を出してから、子供たちがパンを手に取り、スープを啜り出す。
「え?、俺の癖を続けてたのか」
「うん。 感謝だろ?。 俺たちも野菜作ってるからさ。
土とか雨とかお日様とか、色々感謝してるんだぜ」
生意気になりやがって。
「皆、がんばってるでしょ?」
「ああ」
リタリと顔を見合わせて笑う。
「ネスさん、私、斡旋所やってもいいよ」
「そっか」
俺は少し複雑な顔でため息を吐く。
自分の勝手で子供たちに無理をさせてはいないだろうかと考える。
「トニーがね、食堂へ行くときは送り迎えしてくれるって」
このリア充めっ。 あははは。
この世界の子供たちはたくましい。
幼くても、俺なんかよりよっぽど意志が強い。
獣人や他の種族ともなれば、桁違いに能力が高い。
この子たちの強くて明るい顔が俺の不安な心を癒してくれる。
(この世界に来れて、良かったな)
『ケンジ、本当にそう思ってくれるのか』
ああ、俺は王子に会えたことを女神様にも、向こうの世界の神様にも感謝するよ。
だから、王子。
がんばろう。 出来る限りのことはやろう。
この子たちに恥じないやり方でね。
『うん、そうだな。
せっかく生き延びても、真っすぐにこの子たちの顔を見られないのは哀しいからな』
サイモンを連れて広場に出ると、俺の姿を見つけたロシェが駆け寄って来た。
「ネス様、少しお時間いいですか?」
おお、言葉遣いが丁寧になった。
「お祭りの件でお聞きしたいことがあって」
「いいよ。 じゃ、領主館へ行くから、そこでついでに聞こうか」
ちょうど子狐のところへ行く時間なのだろう。
フフが向こうでブンブン手を振っている。
少し不機嫌そうにロシェが頷いた。
俺はフフと手をつなぐ。
「ピール、大きくなったよ」と自慢話を聞きながら坂を上る。
アラシと共にサイモンが前を歩く。
「ロシェは、ご領主様は嫌いかい?」
フフがよそ見している間に、そう訊くと、少し足が遅くなった。
「……分からないです。 父親と兄のほうは許せないけど」
今の少年領主には何の罪もない話だ。
彼は今度の祭りが成人の儀となる。
成人となると貴族は早めに婚約者を決める。
彼の場合は親が犯罪者となったため、そんな話は出ていない。
「彼の気持ちは知っているんだろう?」
ウザスの貴族の娘だった母親が死んだため、祖父母に引き取られ、ずっとウザス領で育った少年。
父親と長兄が他人に踊らされて犯罪者になって、初めてサーヴへとやって来た。
「祖父母に育てられたせいか、おっとりとしていて。
それでもきちんと貴族らしい礼儀作法が出来る方です。
そのうち、良いご領主様になられるでしょう」
ロシェの評価はそんなに悪くないぞ。 良かったな、少年。
俺はフフの手をもう一度握り、領主館の敷地の中へと足を踏み入れる。
「ピール」
フフが呼ぶと灰色の子狐が駆けて来る。
「うお、デカい」
すでに中型犬くらいの大きさだ。
アラシと比べても少し小さいかなと思うくらいだ。
これは餌の魔力の与え過ぎだな。
俺は案内のために出て来たコセルートを睨む。
あ、目を逸らしやがった。
中庭にサイモンたちとコセルートを残し、ロシェと共に少年領主の部屋へと移動する。
「こんにちは、ネスさん」
「失礼します」
正式な礼を取り、挨拶を交わす。
この館の中も護衛の兵士や使用人が増えているのが分かる。
「突然で申し訳ありません。 祭りの件で少しお願いがありまして」
祭りまでもうひと月も無い。
ロシェは、昨日、俺が目を通した書類を出しながら、少年と打ち合わせを始める。
人を雇うことに関しては、この町でも人が増えたので十分に確保できたそうだ。
「あとは屋台なんですけど。
去年と同じというのはどうなのかなと思って。 何か他にありませんか?」
販売されるのは、収穫祭らしく野菜や、家畜の肉などの他に朝捕れの魚も提供される。
去年、好評だったヤシの履物やジュースも教会の子供たちが販売してくれることになっている。
「新しいものをということですね」
「ええ」
真剣に悩んでいるロシェの前に、俺は考えて来たものを出した。
「これは中身の温度が一定になると、それ以上は上がらないように作った鍋です」
試作品なので小さめだ。
それを旅で使っていた携帯用の小さなコンロを出して乗せる。
「実際は屋台に合わせた物を作ってもらいますので」
そういいながら王都で買った油を入れ、温度を調節する。
油自体は存在するのだが、食用というものは珍しいらしい。
そしてその横に、袋に入っている魔鳥の肉を一口大に切った物を出す。
「この袋の中に香辛料を入れて、下味を付けた魔鳥の肉です」
香辛料は南方諸島から買い付けることが出来ることを付け加えた。
そしてそれを熱くなった鍋に入れる。
ぽとんぽとんと数個入れて、しばらく待つ。
ロシェも領主様も黙って見ている。
ざらっとした、どこにでもある紙を出して、その上に揚がった肉を乗せた。
「熱いので気を付けて」
ハフハフと目の前の二人が頬張り、顔を見合わせる。
「おいひい」
急いでロシェがメモを取り始める。
俺は香辛料の配合と、注意を書いた紙を取り出して渡す。
「これは唐揚げという料理です。
油は子供たちには危険なので、出来れば大人が作業して子供たちに売らせる形にしてください」
「あー、お姉ちゃんズルい」
サイモンとフフ、コセルートもやって来て、取り合いになる。
「あ、うまっ、あちっ」
「これは魔鳥の肉ですが、骨が少なめの小魚や、野菜でも美味しいです」
コセルートが酒が欲しいと呟く。
「ええ、酒の肴にもいいですよ」
俺はメモを取るロシェに向かって話す。
「祭りの当日までに練習して、材料ごとに揚げる時間を考えるといいよ」
「えー、私、そんなことする時間ないんですけど」
残念そうにロシェが呟く。
「あ、私でよければやらせてください」
何かやりたかったらしい領主様が手を上げた。
「ご領主様が自ら屋台を出されれば、うるさい連中も静かに食べてくれるでしょう」
新しいご馳走だ。 取り合いだの、割り込みだのは予想出来る。
だけど、貴族様の屋台となれば、おとなしく並ぶしかなくなるだろう。
「数も多くなくても大丈夫。 終わったら終わったと言って店じまいしてくださいね」
数量限定、早い者勝ち。
あとでまた色々と問い合わせが殺到するだろうけどね。
「ありがとうございます、ネスさん」
相変わらず、礼儀もきちんとした好青年だ。
以前より体格も良くなっているのは鍛えている証拠だろう。
これで惚れなかったらロシェの目がおかしい。
チラリと見るとロシェは必死にメモを取っていた。
すまん、少年。
彼女を仕事人間にしちまったのは俺だわ。